おじさんと呼ばれて

ハリネズミ

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3 心の痛み ①

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 あれから何度か中村からスマホに連絡があったけど、全部無視した。
 どうせ月曜になれば会社で顔を会わせなくてはいけないのだ。その時にこちらから先に帰ってしまった事を詫びればいいと思った。
 色々な事がありすぎて、プライベートな時間まで中村と話をしたくなかった。あのノリで何かを言われたら今はうまく流せる自信がない。休みの間に気持ちを落ち着けて、それでいつも通りになって、それからでないと。

 それに――と見つめるのは手の中の彼の連絡先。
 少しくせのある走り書き。彼の文字。
 文字を見るだけで彼の事を想って心がささめく。

 ――だけど、連絡を入れるつもりはない。
 またあの時のように場違いな自分に失望したくはなかった。


*****

 どんなに悩んでいても、どんなに来るなと思っていても朝はやってくるもので、あれから3度目の朝を迎え今日は月曜日、会社に行かなくては。

 少しも整理できていない気持ちのままのろのろと身支度をして、適当に朝食を済ませる。
 会社へ向かう足どりは重く、僕の心はそれ以上に重かった。

 なんとか重い足を動かして会社に着けば、一番会いたくなかった人に会ってしまった。
 中村は僕の姿を見つけるとすぐに駆け寄って来た。
 何を言われるのか怖くて胸がドキドキと煩い。知らず身を固くさせる僕の腕を掴み、強引に男子トイレへと連れ込まれてしまった。脚が縺れてついて行くのがやっとだった。
 こうなるともう中村の存在が恐怖でしかなくて、何を言われるのか何をされるのか……身体の震えが止まらない。
 こんなはずじゃなかった。
 中村に僕の方からいつもみたいに、なんて事はないんだとへらりと笑って終わりのはずだった。それで悪夢のようなあの居酒屋での事をきれいさっぱり流せるはずだった。

 僕は自分でも気づかないうちにこんなにも傷ついていたようだ。
その上また傷つけるような事を言われるかと思うと息ができないくらい苦しくなった。
 中村の事が得体の知れないモンスターに見えて、怖くてこわくてしょうがない。

 恐怖の色で支配された瞳で中村を見つめると、中村は一瞬ものすごく傷ついた顔をしてがばりと頭を下げた。

「さぁせんしたっ!!まさかあんな事になるなんてっ……」

 え? 謝るって事は……僕の事が嫌いだからあの場に連れて行ったんじゃなかったって事?

「……」

 それでも中村の青ざめたような顔が怒っているようにも見えて、怖くて僕は何も言う事ができなくて黙っていた。続く中村の謝罪の言葉。

「あいつらが小津さんに失礼な事を言うなんて思ってなかったっす。俺もあの場にいた全員を知ってるわけじゃないっすけど、それでも木場きば――あ、ツレなんすけど、あいつが連れてきたヤツだからやってくれるって信じてたから。なのに――俺がトイレに行って戻ってみたら小津さんいないし、木場から何があったか聞いて……本当にすみませんしたっ」

 と、もう一度深々と頭を下げた。

 『うまく』という言葉にひっかかりは覚えるが、こうやって謝ってくれているところをみると、本当にこないだの事は中村の本意ではなかったようだ。
 なんだ……嫌われていたわけじゃなかったのか。
 そうか――。あの場に誘ってくれたのはやっぱり中村の気遣いで、悪気はなかったのか。少しだけ心が軽くなった気がした。
 そりゃああの場で色々と言われてしまった事やあのニヤつく顔を思い出すとまだ情けない気持ちになるけれど、目の前の中村の本当に申し訳なさそうな顔を見てしまってはこれ以上何かを言う気にもなれなかった。
 酒の席での事だしいつまでも気にしていてもしょうがない。中村の謝罪を受け入れて、そしていつも通り。

 ぎゅっと握りしめていた拳が僅かに震えたままだった事に僕は気づかないフリをした。
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