11 / 19
②
しおりを挟む
自分から逃げたくせに追って来る気配のしない事に傷つき、涙が止まらない。
涙で滲んで良く見えなくて、誰かとぶつかってしまった。
「すみませ……」
泣き顔を見られたくなくて顔を伏せたまま、それだけをなんとか口にして立ち去ろうとした。
だけどなぜか抱きしめられて、驚き顔を上げると僕を抱きしめていたのは中村だった。
「中……村……?」
「どうしたんすか?? 小津さんどっか痛いんすか? 何でこんな……」
慌てる中村に何て説明しようもなくて、「何でもない……」って答えるのが精一杯だった。そんな誤魔化しが通用するわけないけど空気を読んでそっとしておいて欲しかったのに、中村はいつまでも僕の事をその腕から解放してはくれなくて。
「何なんすか? もしかして例の彼氏ですか? ひどい事されたんすか?」
中村には望月くんと付き合い始めた事を報告していた。わざわざ言うのもどうかとも思ったけど、中村とはこれからもいい先輩後輩でいたかったから報告だけはしておこうと思ったのだ。
「ち……ちが……」
違うとはっきりと言う事ができなくて、大粒の涙がぽろぽろと零れていく。
「そんなんなら……俺が貰う。小津さんを俺に下さい。いいっすよね?」
中村の真剣な表情にときめきではなく、胸の痛みだけを感じていた。
ただただ痛かった。
平気なフリをする中村に僅かばかりの未練が見えたから望月くんとの事を報告したのに、またこんな風に中村の事を振り回してる。
そんな価値なんて僕にはないのに――。
「ごめん……ごめん中村。僕は、それでも僕は――っ」
言い終わる前に誰かに中村の腕の中から奪われた。
もしかして? と期待に胸がドキドキと煩いけれど、誰だか確かめるのが怖い。
「小津さん……」
僕を抱き寄せたのはやっぱり望月くんで、いつもよりずっと低い声で僕の名前を呼ぶ。
――どうして? あの子はどうしたの?
追いかけて来てくれた事が嬉しいのに、不安で不安でしょうがない。
僕が何も言えないでいると望月くんは全身を使って中村から僕の事を隠そうと深く抱き込んだ。
「あんた誰?」
望月くんの声は今まで一度も聞いた事のないような尖った声だった。
「お前こそ誰だよ。もしお前が小津さんを泣かせたヤツだっていうなら俺も黙っていない」
「俺は美咲の恋人だ。今は誤解があっただけで、俺は美咲を悲しませるような事は絶対にしていないし、これから先もするつもりはない」
『美咲』……付き合いだして初めて呼ばれた。
こんな時なのに望月くんの独占欲のような名前呼びが嬉しくて心が震えた。
思わず望月くんの腕の中でスリスリと頬を寄せてしまった。
「こら……今はそんな可愛い事しないで?」
そう言いながら頭のてっぺんにキスされて、いつもの優しい望月くんの声に安心して涙もどこかへいってしまった。ただひたすら頬が熱い。
「はぁ……。そうっすか。まぁ小津さんが幸せならいいんすよ。じゃあ、また会社でよろしくっすよ、せーんぱい。恋人さんと仲良くっすー」
それだけ言い残して中村は帰って行った。先輩だなんて殆ど呼んだ事なんてないのに、中村に気を遣わせてしまった。
本当ごめんっ。今度ちょっと豪華なランチ奢るから許して欲しい。
僕はどうあっても中村のお姫さまにはなれないけど、中村にも中村だけのお姫さまが早く現れる事を祈ってる。
後輩として大切に思っているよ。
僕の精一杯として離れていく中村の後ろ姿に頭を下げた。
*****
実はあの女の子は道を尋ねられただけで、目的の場所はあの場所の近所ではあるけど分かりにくい場所だったから連れて行こうとしただけだった。待ち合わせ時間にもまだ余裕があったからすぐに戻れば大丈夫だと思ったらしい。
あの時僕の涙を見て誤解させてしまったと分かったけど、彼女をそのままにして僕を追いかける事はできなくて、道案内を済ませた後必死になって追いかけてくれたって事だった。だけどいざ見つけてみたら他の男の腕の中にいて頭が真っ白になってとにかく奪い返さなきゃって思ったらしい。
全ては僕の誤解だった。
僕の方が先にあの場所にいて、道を訊かれたなら同じ事をしていた。
少し考えればその可能性にも気づけただろうに、自分の考えのなさに恥ずかしくなる。
誤解は解けたものの涙でぐちゃぐちゃのままではデートどころではないと、望月くんに自分のアパートに来ないかと誘われた。
望月くんのアパート……。それってそういう事だよね。
今日は最初からそのつもりでは来ていた。だから何の問題もないんだけど……。
それにさっきみたいに誤解しちゃうのは身体を繋げていないからだと思うし――。
僕はこくりと頷いて望月くんのアパートに行く事を了承した。
涙で滲んで良く見えなくて、誰かとぶつかってしまった。
「すみませ……」
泣き顔を見られたくなくて顔を伏せたまま、それだけをなんとか口にして立ち去ろうとした。
だけどなぜか抱きしめられて、驚き顔を上げると僕を抱きしめていたのは中村だった。
「中……村……?」
「どうしたんすか?? 小津さんどっか痛いんすか? 何でこんな……」
慌てる中村に何て説明しようもなくて、「何でもない……」って答えるのが精一杯だった。そんな誤魔化しが通用するわけないけど空気を読んでそっとしておいて欲しかったのに、中村はいつまでも僕の事をその腕から解放してはくれなくて。
「何なんすか? もしかして例の彼氏ですか? ひどい事されたんすか?」
中村には望月くんと付き合い始めた事を報告していた。わざわざ言うのもどうかとも思ったけど、中村とはこれからもいい先輩後輩でいたかったから報告だけはしておこうと思ったのだ。
「ち……ちが……」
違うとはっきりと言う事ができなくて、大粒の涙がぽろぽろと零れていく。
「そんなんなら……俺が貰う。小津さんを俺に下さい。いいっすよね?」
中村の真剣な表情にときめきではなく、胸の痛みだけを感じていた。
ただただ痛かった。
平気なフリをする中村に僅かばかりの未練が見えたから望月くんとの事を報告したのに、またこんな風に中村の事を振り回してる。
そんな価値なんて僕にはないのに――。
「ごめん……ごめん中村。僕は、それでも僕は――っ」
言い終わる前に誰かに中村の腕の中から奪われた。
もしかして? と期待に胸がドキドキと煩いけれど、誰だか確かめるのが怖い。
「小津さん……」
僕を抱き寄せたのはやっぱり望月くんで、いつもよりずっと低い声で僕の名前を呼ぶ。
――どうして? あの子はどうしたの?
追いかけて来てくれた事が嬉しいのに、不安で不安でしょうがない。
僕が何も言えないでいると望月くんは全身を使って中村から僕の事を隠そうと深く抱き込んだ。
「あんた誰?」
望月くんの声は今まで一度も聞いた事のないような尖った声だった。
「お前こそ誰だよ。もしお前が小津さんを泣かせたヤツだっていうなら俺も黙っていない」
「俺は美咲の恋人だ。今は誤解があっただけで、俺は美咲を悲しませるような事は絶対にしていないし、これから先もするつもりはない」
『美咲』……付き合いだして初めて呼ばれた。
こんな時なのに望月くんの独占欲のような名前呼びが嬉しくて心が震えた。
思わず望月くんの腕の中でスリスリと頬を寄せてしまった。
「こら……今はそんな可愛い事しないで?」
そう言いながら頭のてっぺんにキスされて、いつもの優しい望月くんの声に安心して涙もどこかへいってしまった。ただひたすら頬が熱い。
「はぁ……。そうっすか。まぁ小津さんが幸せならいいんすよ。じゃあ、また会社でよろしくっすよ、せーんぱい。恋人さんと仲良くっすー」
それだけ言い残して中村は帰って行った。先輩だなんて殆ど呼んだ事なんてないのに、中村に気を遣わせてしまった。
本当ごめんっ。今度ちょっと豪華なランチ奢るから許して欲しい。
僕はどうあっても中村のお姫さまにはなれないけど、中村にも中村だけのお姫さまが早く現れる事を祈ってる。
後輩として大切に思っているよ。
僕の精一杯として離れていく中村の後ろ姿に頭を下げた。
*****
実はあの女の子は道を尋ねられただけで、目的の場所はあの場所の近所ではあるけど分かりにくい場所だったから連れて行こうとしただけだった。待ち合わせ時間にもまだ余裕があったからすぐに戻れば大丈夫だと思ったらしい。
あの時僕の涙を見て誤解させてしまったと分かったけど、彼女をそのままにして僕を追いかける事はできなくて、道案内を済ませた後必死になって追いかけてくれたって事だった。だけどいざ見つけてみたら他の男の腕の中にいて頭が真っ白になってとにかく奪い返さなきゃって思ったらしい。
全ては僕の誤解だった。
僕の方が先にあの場所にいて、道を訊かれたなら同じ事をしていた。
少し考えればその可能性にも気づけただろうに、自分の考えのなさに恥ずかしくなる。
誤解は解けたものの涙でぐちゃぐちゃのままではデートどころではないと、望月くんに自分のアパートに来ないかと誘われた。
望月くんのアパート……。それってそういう事だよね。
今日は最初からそのつもりでは来ていた。だから何の問題もないんだけど……。
それにさっきみたいに誤解しちゃうのは身体を繋げていないからだと思うし――。
僕はこくりと頷いて望月くんのアパートに行く事を了承した。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる