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あんな事があったのに、外山は翌日には何事もなかったかのように明るく挨拶をしてきた。
「先輩、おはようございます」
ここでいつもならするりと腕を絡ませてくるのだが……、今日は少しだけ距離を感じた。物理的にも精神的にも。
まぁそうだよな……。明るく見せていたって、それは平気なフリをしているだけで本当に平気なわけじゃない。分かっていたのにお前の笑顔を見て一瞬だけどほっとしてしまった自分を殴りたいと思った。
そこまでは分かってもその先が分からない。結局俺はお前をどうしたかったのか……。お前とどうなりたかったのか……。
お前は誰かに渡さなくちゃいけなくて――。誰かに渡す? 誰に? 本当に渡さなくちゃいけないのか?
最近はこんな事ばかり考えているが、いくら考えてみてもどうする事が正解なのか分からない。
――失敗するのが怖いんだ。
だから俺はお前に甘えて、普段通りに挨拶を返す事しかできなかった。
「はよ。今日はあちーな」
その後が続かない。いつもなら煩いくらい外山がしゃべりかけてくるのだが――。
「おはようー」
普段通りにしようとしてもどこかぎこちなくなってしまう俺たちに、天の助けとばかりに後ろから声をかけてきたのは小津さんだった。
小津さんのほわんとした雰囲気が俺の心を和ませる。
「小津さん、おはようざいますっ」
俺は元気よく挨拶をするが、小津さんの表情はすぐに曇って、
「――中村、こないだはその……ごめん」
ややあって、こないだのあの事を言っているのだと分かった。泣いている小津さんとぶつかった件だ。だけど、小津さんに言われるまですっかり忘れていた。ずるずるといつまでも引きずってしまうと思っていただけに、自分でも驚いた。
小津さんにフラれて、本当にぜんぜん悲しいだとかつらいという感情はなかったのだ。
「あーいえいえ。ぜんぜんっすよ」
「――ありがとう」
ほっと安心したように笑顔を見せる小津さんに、俺も笑顔を返した。
小津さんと俺のふたりの会話に外山は入れず、俺のスーツの裾をちょこんと握った。そうする事の意味もなんとなく分かったが、それに対して何か反応してしまう事はできなかった。多分頭を撫でてやるだとか、そこまでしないにしても微笑みかけたりすればいいんだろうけど、小津さんの前でそんな事はできない。なんだか親の前で恋人といちゃつくような、そんな感じがしたからだ。
だけど外山は一度だけぐいっと握っていたスーツの裾を引っ張って、振り向いた俺の額めがけて頭突きをしてきた。実際は身長差から鼻にぶつかったわけだけど。
ゴチン!! という大きな音がして、地味に痛い。
「んなっ??」
「謝りません……。先輩が……中村先輩が悪いんだ……っ」
そう言って外山は走って行った。
俺は追いかける事もできずに、真っ赤になってズキズキと痛む鼻を撫でさする事しかできなかった。
「こら、ここは追いかけるとこでしょう? きみたちの間に何があったか知らないけど、外山泣いてたじゃないか。外山は中村に似て根性だけはある。そんな外山が泣くなんてよっぽどの事だと僕は思うよ。中村、考える事も大事だけど、こういう時は自分の心に従って?」
小津さんに背中を押され、俺は外山を追いかけた。
頭では色々な事を考えて、結局どうすればいいのか分からなかった。
小津さんの事が今も好きだけど、それは少しだけ形を変えたように思う。さっきだって小津さんの事を『親』のように思っていた。
いつも傍でにこにこと笑っていた外山の存在がいつの間にか大きくなっていた。だけど俺は自分がそんなに移り気な性格だとは思いたくなかった。それに外山はとにかく可愛いのだ。俺なんかには勿体ないくらい性格もいいし、可愛い。だから外山が俺の事を好きだなんて何かの間違いに違いなかった。そう思って自分の心にブレーキをかけてしまった――。あぁそうか、そうなんだ。
「ホント、俺ってどうしようもねーな」
もう苦笑するしかない。
外山があんな風に俺の元を去って、次もまた無かった事にしてくれる保証なんかないのに、呆然と見送ってしまった。
おまけにこうやって追いかけられたのだって、小津さんに背中を押されたからだ。
本当に俺はダメなヤツだ。お前を守ると言いながら、自分が傷つかないようにお前を傷つけていた。
それでも……こんな俺でもまだ好きでいてくれるなら……今度こそ――お前に手を伸ばす事が許されるだろうか。
「先輩、おはようございます」
ここでいつもならするりと腕を絡ませてくるのだが……、今日は少しだけ距離を感じた。物理的にも精神的にも。
まぁそうだよな……。明るく見せていたって、それは平気なフリをしているだけで本当に平気なわけじゃない。分かっていたのにお前の笑顔を見て一瞬だけどほっとしてしまった自分を殴りたいと思った。
そこまでは分かってもその先が分からない。結局俺はお前をどうしたかったのか……。お前とどうなりたかったのか……。
お前は誰かに渡さなくちゃいけなくて――。誰かに渡す? 誰に? 本当に渡さなくちゃいけないのか?
最近はこんな事ばかり考えているが、いくら考えてみてもどうする事が正解なのか分からない。
――失敗するのが怖いんだ。
だから俺はお前に甘えて、普段通りに挨拶を返す事しかできなかった。
「はよ。今日はあちーな」
その後が続かない。いつもなら煩いくらい外山がしゃべりかけてくるのだが――。
「おはようー」
普段通りにしようとしてもどこかぎこちなくなってしまう俺たちに、天の助けとばかりに後ろから声をかけてきたのは小津さんだった。
小津さんのほわんとした雰囲気が俺の心を和ませる。
「小津さん、おはようざいますっ」
俺は元気よく挨拶をするが、小津さんの表情はすぐに曇って、
「――中村、こないだはその……ごめん」
ややあって、こないだのあの事を言っているのだと分かった。泣いている小津さんとぶつかった件だ。だけど、小津さんに言われるまですっかり忘れていた。ずるずるといつまでも引きずってしまうと思っていただけに、自分でも驚いた。
小津さんにフラれて、本当にぜんぜん悲しいだとかつらいという感情はなかったのだ。
「あーいえいえ。ぜんぜんっすよ」
「――ありがとう」
ほっと安心したように笑顔を見せる小津さんに、俺も笑顔を返した。
小津さんと俺のふたりの会話に外山は入れず、俺のスーツの裾をちょこんと握った。そうする事の意味もなんとなく分かったが、それに対して何か反応してしまう事はできなかった。多分頭を撫でてやるだとか、そこまでしないにしても微笑みかけたりすればいいんだろうけど、小津さんの前でそんな事はできない。なんだか親の前で恋人といちゃつくような、そんな感じがしたからだ。
だけど外山は一度だけぐいっと握っていたスーツの裾を引っ張って、振り向いた俺の額めがけて頭突きをしてきた。実際は身長差から鼻にぶつかったわけだけど。
ゴチン!! という大きな音がして、地味に痛い。
「んなっ??」
「謝りません……。先輩が……中村先輩が悪いんだ……っ」
そう言って外山は走って行った。
俺は追いかける事もできずに、真っ赤になってズキズキと痛む鼻を撫でさする事しかできなかった。
「こら、ここは追いかけるとこでしょう? きみたちの間に何があったか知らないけど、外山泣いてたじゃないか。外山は中村に似て根性だけはある。そんな外山が泣くなんてよっぽどの事だと僕は思うよ。中村、考える事も大事だけど、こういう時は自分の心に従って?」
小津さんに背中を押され、俺は外山を追いかけた。
頭では色々な事を考えて、結局どうすればいいのか分からなかった。
小津さんの事が今も好きだけど、それは少しだけ形を変えたように思う。さっきだって小津さんの事を『親』のように思っていた。
いつも傍でにこにこと笑っていた外山の存在がいつの間にか大きくなっていた。だけど俺は自分がそんなに移り気な性格だとは思いたくなかった。それに外山はとにかく可愛いのだ。俺なんかには勿体ないくらい性格もいいし、可愛い。だから外山が俺の事を好きだなんて何かの間違いに違いなかった。そう思って自分の心にブレーキをかけてしまった――。あぁそうか、そうなんだ。
「ホント、俺ってどうしようもねーな」
もう苦笑するしかない。
外山があんな風に俺の元を去って、次もまた無かった事にしてくれる保証なんかないのに、呆然と見送ってしまった。
おまけにこうやって追いかけられたのだって、小津さんに背中を押されたからだ。
本当に俺はダメなヤツだ。お前を守ると言いながら、自分が傷つかないようにお前を傷つけていた。
それでも……こんな俺でもまだ好きでいてくれるなら……今度こそ――お前に手を伸ばす事が許されるだろうか。
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