コンビニくんと忘れ物

ハリネズミ

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恋が雪のように降り積もる

前編

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 俺の兄貴は男と付き合っている。
 初めて聞かされたときはびっくりはしたけど、それだけだった。
 そう言うと語弊があるかもしれないけど、あのときの俺には兄貴の恋人が誰だとか、性別さえも大した問題ではなく、兄貴が心から楽しそうにしていることが嬉しくて、他のことなんてどうでもよかった。


*****

 小さいころから兄貴のあとを付いて回る俺は所謂お兄ちゃん子というやつだった。とにかく兄貴のことが大好きで、兄貴のあとばかりついて回っていた。
 兄貴はいつも元気いっぱいでスーパーポジティブな人だったから、一緒にいると俺まで元気になれるような気がしたのも理由のひとつだったかもしれない。困ったときや不安になったとき、見上げると兄貴の二カッと笑う笑顔があって、俺はいつも安心して笑うことができたのだ。
 兄貴は俺にとって『理想』や『お手本』であり、俺に『答え』をくれる存在だった。
 兄貴のようになりたくて、傍にいるだけではなく兄貴の真似をするようになったけど、結局は兄貴の劣化版にしかなれなかった。血の繋がった兄弟だけど、元々のデキが違うということだろう。兄貴はその明るさだけが目立つが、勉強もスポーツも人並み以上にできるスーパーヒーローなのだ。そんな完璧な人間と同じだなんて、俺なんかがなれるわけがない。


 兄貴が高校三年で俺が一年の冬、兄貴は俺の知る限り初めての大きな失敗をした。余裕で合格安全圏内であったはずの大学に落ちたのだ。
 どんなことにも絶対はないと言うけど、兄貴の普段の成績や事前模試の結果から言っても学力不足で落ちたわけではなかった。
 じゃあなんによるものか――報告を受けた両親が口にした『運が悪かった』というのも違う。運のせいにしてしまえば方々丸く収まったのかもしれないけど、運なんかに左右されるはずもないのだ。

 100%受かると思われていた大学に落ちてしまい、両親の期待に応えられなかったことを兄貴は申し訳なさそうにしてはいたけど、自分が傷ついたり落ち込んでいるのは隠すように笑っていた。だけどちっともうまく笑えてなんかいなくて、兄貴の笑顔に俺は初めて不安を覚えた。
 両親も同じなのか、心配して普通の受験生にはやらせないようなこと、気分転換にバイトをさせてみたり、兄貴の場合学力はなんの問題もないと分かっているから、塾も勉強をさせたいというよりも自信を持たせる為に通わせた。

 だけど、どれだけ時間が過ぎようとなにも変わることはなく、取り繕うようにして笑う兄貴と、兄貴がそう振舞う以上こちらからはなにも言えない両親と俺と。偽物の明るさの元、暗く沈んだ日々は淡々と過ぎていくだけだった。

 すべての原因は兄貴自身にはないのに。勉強不足でも運のせいでもなく、普段は風邪なんかひかないくせに、よりにもよって兄貴の大事な入試直前に風邪をひいた俺のせいなのに誰も俺のことを責めない。
 かと言って自分から謝ることもできない自分が情けなくて、兄貴の真似をして明るく振舞うことで兄貴に本当の笑顔が戻れば――だなんて、兄貴の劣化版でしかない俺にそんなことができるわけがなかった。


*****

 季節は巡り、なんの改善も見られないまま兄貴は二度目の受験にも失敗した。
 また一年、苦しい日々が続くのかと兄貴にも両親にも申し訳なくて胸が張り裂けそうになったけど、ある日を境に兄貴に嬉しい変化が起こった。兄貴の笑顔に嘘がなくなったのだ。
 俺の頑張りが届いた――というわけではなく、普通に考えてバレンタインの日に兄貴が持ち帰った小さな箱のおかげではないかと思う。その証拠に、明らかに貰い物を思わせる可愛く綺麗にラッピングされた小さな箱を机に飾り、何日もニヤニヤしながらそれを見つめているのだ。
 あの日教室で、兄貴にチョコでもくれる子がいたら――とあずまと話していたことが現実となった、ということだろうか。

 そうであっても違っていても兄貴の変化が嬉しくて、以前の俺たちに戻ったみたいに小さな箱について揶揄い交じりに訊いてみると、兄貴は照れながらも恋人ができたことを教えてくれた。
 兄貴の笑顔を取り戻したのが自分ではなかったことに少しの寂しさは覚えるものの、心からよかったと思えた。これでなにもかもうまくいく、根拠なんてないけど俺はそう確信していた。

 緊張の糸が切れて、堪えていた涙がぽろりと零れた。そして「ごめんなさい……」と小さく言葉が零れ出た。
 風邪をうつしてしまったこと、兄貴になにもできなかったこと、色々な想いを込めてやっと謝ることができた。
 兄貴は一瞬キョトンとしてすぐに二カッと笑って、ぐしゃぐしゃと力任せに俺の頭をかき混ぜるように撫でた。
 俺は「いたいいたい」なんて、大して痛くもないくせに大袈裟に痛がって、ふたりして顔を見合わせて笑った。

 ――長かった冬もようやく終わりを告げようとしている。


 そして俺の予想通り、三度目の正直とばかりに兄貴は見事希望大学に合格した。兄貴に笑顔が戻った後も、まだ少しだけ心配していた両親もやっと安心できたようで、それから俺たち家族は元通りの明るさを取り戻していった。

 俺もギリギリだけど兄貴と同じ大学に合格して、春から兄貴と俺、そして俺と同い年だという兄貴の恋人とめでたく同じ大学に通うことになった。


 俺たち家族にとって恩人とも言える兄貴の恋人とは、いったいどんな人なんだろうか。






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