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「──ん」
目覚めると、熊野はオレのことを後ろから抱きしめていて、首の辺りに顔を埋めていた。あの日とは違い、目覚めて一人じゃなかったことが嬉しくて、思わず「くふふ」と小さく笑いが漏れる。
「目が覚めたか。身体は大丈夫か?」
すぐに背後から声がかかる。どうやら熊野はすでに起きていたらしい。しっかりした声だった。
「……はい。ちょっとダルいだけで痛いとかもないです」
熊野の方に向き直り、そう言ってはにかむように笑いかけると、熊野も笑い返してくれた。けれどすぐに少しだけ眉尻を下げ難しい顔になる。
「どうかしましたか?」
「いや、うん。あーっと……夕、一つ確認なんだが──」
「はい、なんでしょう?」
「きみは男が恋愛対象、ということでいいのだろうか」
「へ? そう、ですね。……女性は対象外です……」
熊野の意図が分からず首を傾げながらもそう答えると、熊野は言いにくそうにしながらも言葉を重ねた。
「こんなことを言うと嫌われてしまうかもしれないが……どうしても気になってしまって落ち着かない。先に言っておくが俺はうちの会社で働く人間は、社員に限らずバイトに至るまで顔と名前を覚えている。その上で尋ねる。先日ファミレスできみが俺の知らない男といるのを見てしまったんだが、誰だろうか?」
熊野の記憶力にも驚くけれどうちの経理課は特殊で、不正を防ぐ為に事務手続きの窓口を一つにしていると聞いたことがある。それと知らなかった話だけれど、会社で働くすべての人間を把握することは、社長からのお願いも関係しているのだろう。勿論その先は正しく振り分けがされて、一人でぜんぶを処理することはないのだろうけれど、最後まで熊野の管理下におかれる。
普通じゃありえない話だし、やれと言われてできるものでもないと思うけれど、熊野という男はそれをやれてしまう。
本人が持つポテンシャルの高さや周りの助けもあるだろうけれど、やっぱり熊野は仕事に真摯に向き合う努力の人なのだと思う。
──と、話が横道に逸れてしまった。元に戻そう。
熊野が言う男というのが誰のことを指すのか、すぐには分からずキョトンとしてしまう。最近の自分の行動を思い出しつつしばらく考えて、場所がファミレスということからやっとアキラのことだと分かった。
見られていたことに驚くけれど、少しだけ嬉しいとも思ってしまう。可愛いヤキモチだ。
「ふふ」
「笑わないでくれ。自分でも初めての感情に戸惑っている。こんなものはいい大人なのだから一人で対処すべきだし、それにきみを付き合わせるべきではないと分かっているんだが、それでも確かめずにはいられないんだ。本当はこんな風に改まって訊くようなことでもないのかもしれない。だが不安を飲み込んで、あとで後悔だけはしたくない。俺は夕、きみを絶対に失いたくないんだ」
どこまでも真剣で、祈るような熊野の眼差しに、オレも真面目に答えることにした。勿論最初から誤魔化す気なんて、少しもなかったけれど。
「嘘や誤魔化しは嫌なので正直に言いますが、熊野さんが見たという男は、三年前に別れた元カレです。別れてから初めて呼び出されて、元々友人だったこともあって会ったんですが、あのときはオランダに移住するから一緒にこないかって誘われたんです」
そう言うと、熊野はこの世の終わりみたいな顔で泣きそうになっていた。オレはそんな熊野を安心させるように慌てて熊野の大きな身体を抱きしめ、不安に揺れる黒い瞳を間近で見つめた。
「ちゃんと、……ちゃんと断りましたよ。オレはあなたが好きだったから。まさかあなたから好かれてるとも付き合っていると思われているとも思っていなかったんですけど、それでもオレは熊野さん、あなたがいいんです。オレが好きなのも愛してるのもあなただけです。大きくて格好よくて可愛い、あなたが。これからずっと一緒にいたいのもあなたなんです」
「彼は……随分とイケメンで、年齢的にもきみとお似合いだった……ように思う。それに比べて俺は──きみよりも六つも年が上で熊みたいな男で、みんなから恐れられている……。──それでも一緒にいたいと思ってくれるだろうか……」
熊野がそう思ってしまうのも理解できた。だってオレがそうだったから。だからオレは今度こそ間違えないし、熊野にも間違えて欲しくない。
オレが愛しているのはあなただけだし、オレが欲しい愛はあなたのものだけだ。
「んー、じゃあ反対に訊きますけど、オレは綺麗でも可愛くもない平凡な男です。年齢だって言うほど若くはないです。そんなオレではダメですか?」
「そんなわけないじゃないかっ。きみは誰よりも可愛い! いや、どんなきみでもきみであれば好きだし、愛してるんだっ」
「オレも同じです」
オレの言葉に熊野はハッとした顔をして、痛いほどオレを抱きしめてくれた。
そして、「今これを言うのは違うのかもしれないが」と前置いて、
「もしかしたらこういうのを『運命』、『運命の人』というのかもしれないが、俺はそう言いたくはないと思ってしまう。その言葉を使ってしまうと途端に嘘くさくなる気がするんだ」
と熊野は静かに語った。きっとこれは熊野の本心で、それを受けてオレも思っていることそのままを返す。
「そう、ですね。オレも『運命』や『運命の人』だなんてただの言い訳だと思ってましたけど、今は本物もあるのかもしれないって思います。でも、それでもオレも熊野さんと同じで、これが『運命』だなんて思いたくないし、言いたくないです」
だってそんなものを使わなくたってオレたちの想いが変わるわけではないし、それにオレたちにとって『運命』なんて曖昧で胡散臭い言葉だから──。
「『運命』なんて──クソ喰らえ! です」
そう言ってニヤリと笑って見せると、熊野は一瞬キョトンとして、すぐに「ぶはっ」と吹き出した。
「そうか──クソ喰らえ、か」
「こんな口の悪いオレは嫌いですか?」
「いや? とても好ましく思う」
そう答えた熊野の声はとて楽しげだった。
見つめ合って、示し合わせたみたいに二人の声が揃う。
「「『運命』なんてクソ喰らえ!」」
そうしてオレたちは過去の痛みを笑い飛ばすように、声を上げて笑った。オレたちに『運命』なんて要らない。ただきみ(あなた)がいればいい。
-終わり-
目覚めると、熊野はオレのことを後ろから抱きしめていて、首の辺りに顔を埋めていた。あの日とは違い、目覚めて一人じゃなかったことが嬉しくて、思わず「くふふ」と小さく笑いが漏れる。
「目が覚めたか。身体は大丈夫か?」
すぐに背後から声がかかる。どうやら熊野はすでに起きていたらしい。しっかりした声だった。
「……はい。ちょっとダルいだけで痛いとかもないです」
熊野の方に向き直り、そう言ってはにかむように笑いかけると、熊野も笑い返してくれた。けれどすぐに少しだけ眉尻を下げ難しい顔になる。
「どうかしましたか?」
「いや、うん。あーっと……夕、一つ確認なんだが──」
「はい、なんでしょう?」
「きみは男が恋愛対象、ということでいいのだろうか」
「へ? そう、ですね。……女性は対象外です……」
熊野の意図が分からず首を傾げながらもそう答えると、熊野は言いにくそうにしながらも言葉を重ねた。
「こんなことを言うと嫌われてしまうかもしれないが……どうしても気になってしまって落ち着かない。先に言っておくが俺はうちの会社で働く人間は、社員に限らずバイトに至るまで顔と名前を覚えている。その上で尋ねる。先日ファミレスできみが俺の知らない男といるのを見てしまったんだが、誰だろうか?」
熊野の記憶力にも驚くけれどうちの経理課は特殊で、不正を防ぐ為に事務手続きの窓口を一つにしていると聞いたことがある。それと知らなかった話だけれど、会社で働くすべての人間を把握することは、社長からのお願いも関係しているのだろう。勿論その先は正しく振り分けがされて、一人でぜんぶを処理することはないのだろうけれど、最後まで熊野の管理下におかれる。
普通じゃありえない話だし、やれと言われてできるものでもないと思うけれど、熊野という男はそれをやれてしまう。
本人が持つポテンシャルの高さや周りの助けもあるだろうけれど、やっぱり熊野は仕事に真摯に向き合う努力の人なのだと思う。
──と、話が横道に逸れてしまった。元に戻そう。
熊野が言う男というのが誰のことを指すのか、すぐには分からずキョトンとしてしまう。最近の自分の行動を思い出しつつしばらく考えて、場所がファミレスということからやっとアキラのことだと分かった。
見られていたことに驚くけれど、少しだけ嬉しいとも思ってしまう。可愛いヤキモチだ。
「ふふ」
「笑わないでくれ。自分でも初めての感情に戸惑っている。こんなものはいい大人なのだから一人で対処すべきだし、それにきみを付き合わせるべきではないと分かっているんだが、それでも確かめずにはいられないんだ。本当はこんな風に改まって訊くようなことでもないのかもしれない。だが不安を飲み込んで、あとで後悔だけはしたくない。俺は夕、きみを絶対に失いたくないんだ」
どこまでも真剣で、祈るような熊野の眼差しに、オレも真面目に答えることにした。勿論最初から誤魔化す気なんて、少しもなかったけれど。
「嘘や誤魔化しは嫌なので正直に言いますが、熊野さんが見たという男は、三年前に別れた元カレです。別れてから初めて呼び出されて、元々友人だったこともあって会ったんですが、あのときはオランダに移住するから一緒にこないかって誘われたんです」
そう言うと、熊野はこの世の終わりみたいな顔で泣きそうになっていた。オレはそんな熊野を安心させるように慌てて熊野の大きな身体を抱きしめ、不安に揺れる黒い瞳を間近で見つめた。
「ちゃんと、……ちゃんと断りましたよ。オレはあなたが好きだったから。まさかあなたから好かれてるとも付き合っていると思われているとも思っていなかったんですけど、それでもオレは熊野さん、あなたがいいんです。オレが好きなのも愛してるのもあなただけです。大きくて格好よくて可愛い、あなたが。これからずっと一緒にいたいのもあなたなんです」
「彼は……随分とイケメンで、年齢的にもきみとお似合いだった……ように思う。それに比べて俺は──きみよりも六つも年が上で熊みたいな男で、みんなから恐れられている……。──それでも一緒にいたいと思ってくれるだろうか……」
熊野がそう思ってしまうのも理解できた。だってオレがそうだったから。だからオレは今度こそ間違えないし、熊野にも間違えて欲しくない。
オレが愛しているのはあなただけだし、オレが欲しい愛はあなたのものだけだ。
「んー、じゃあ反対に訊きますけど、オレは綺麗でも可愛くもない平凡な男です。年齢だって言うほど若くはないです。そんなオレではダメですか?」
「そんなわけないじゃないかっ。きみは誰よりも可愛い! いや、どんなきみでもきみであれば好きだし、愛してるんだっ」
「オレも同じです」
オレの言葉に熊野はハッとした顔をして、痛いほどオレを抱きしめてくれた。
そして、「今これを言うのは違うのかもしれないが」と前置いて、
「もしかしたらこういうのを『運命』、『運命の人』というのかもしれないが、俺はそう言いたくはないと思ってしまう。その言葉を使ってしまうと途端に嘘くさくなる気がするんだ」
と熊野は静かに語った。きっとこれは熊野の本心で、それを受けてオレも思っていることそのままを返す。
「そう、ですね。オレも『運命』や『運命の人』だなんてただの言い訳だと思ってましたけど、今は本物もあるのかもしれないって思います。でも、それでもオレも熊野さんと同じで、これが『運命』だなんて思いたくないし、言いたくないです」
だってそんなものを使わなくたってオレたちの想いが変わるわけではないし、それにオレたちにとって『運命』なんて曖昧で胡散臭い言葉だから──。
「『運命』なんて──クソ喰らえ! です」
そう言ってニヤリと笑って見せると、熊野は一瞬キョトンとして、すぐに「ぶはっ」と吹き出した。
「そうか──クソ喰らえ、か」
「こんな口の悪いオレは嫌いですか?」
「いや? とても好ましく思う」
そう答えた熊野の声はとて楽しげだった。
見つめ合って、示し合わせたみたいに二人の声が揃う。
「「『運命』なんてクソ喰らえ!」」
そうしてオレたちは過去の痛みを笑い飛ばすように、声を上げて笑った。オレたちに『運命』なんて要らない。ただきみ(あなた)がいればいい。
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