キミの声が聴きたくて

ハリネズミ

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店に入りテーブル席に座ると、さっと手を挙げて店員を呼びコーヒーを2つ頼んだ。

「――えーっと」
「先日の『尚がうまくやったのかな』というキミの呟きについて、説明してくれ」

いつものオレとは違い強気な態度に「はぁ…」とため息をついて、運ばれてきたばかりのコーヒーを一口飲み、覚悟を決めたのかやっと口を開いた。

「先生に間違い電話がかかってきていたでしょう?」

こくりと頷く。

「あれ、私の弟なんです。昔、尚は身体が弱くて入院ばかりで『なんで自分ばっかりこんな目にあわないといけないの?ぼくだって外で遊びたい!』ってひどく荒れて。『代われるなら代わってあげたい。ごめんね。ごめんね』って泣いて謝る両親の姿や両親や俺にごめんなさいって思ってるのに泣きわめいてあたる事しかできない弟の姿が見ていられなくて……」
当時を思い出しているのか横山の目が涙で潤んで見えた。

この話は確かに彼から聞いた。
では本当に彼は横山の弟の尚という事なのか。

「そんな時でした。先生の絵本に出会ったのは」
「――オレの…?」

突然自分の絵本の話になり驚き、訊き返した。

「はい。『マシューの冒険』です。はらはらどきどきわくわくしました。何も持たなかったマシューが逆境にもへこたれず、周りを恨む事なく頑張ってがんばって国を救って、最後には英雄としてお姫様と結婚するのかと思ったら、みんなの前から姿を消してただの村人として小さな幸せをみつけつつ静かに暮らすというお話で、なんだかいいなぁって思ったんです。努力して努力して大きなことを成し遂げて地位や名誉、財産と全てを手に入れられるにもかかわらずマシューは小さな幸せを選んだ。尚も『マシューの冒険』を何度もなんども繰り返し読んで泣いていました。そして嘆く事を止めたんです。辛い治療にも耐え段々健康を取り戻していきました。本当に先生には感謝しています」
そう言うと深々と頭を下げた。

「それと間違い電話とどう関係が?」
そう。彼が尚であるのは分かった。でも、だからってなぜ間違い電話と称して毎日電話をかけてきたんだ?

「失礼ですが先生はもうずっといい作品が描けていませんよね。私は先生にいい作品を描いていただきたい。先生の作品にはみんなを勇気づける力があります。だからはっぱをかけるつもりで無礼な態度もとりました。ですが先生は死んだ目をしたままで…私のやり方ではダメなんだと思いました。私は先生の描くきらきらした世界がまた見てみたいんです。その話を酒に酔って尚にしてしまったんです。そうしたら自分もぜひ力になりたいって、電話してどうにか先生の心をほぐしたいって」
「…………」

―――それって……。
オレはこれをどう受け取ればいいんだろう。

オレの事を思って色々してくれてありがとう?
永い事心配かけて悪かったね?

でも、だけど…そうしたらオレの気持ち…は?

ぽろりと涙が零れた。

「え?先生?」
慌てふためく横山。

「―――こんな気持ちじゃ…描けないよ……」
ぽつりと呟く。

「先生?」

オレは1000円札をテーブルの上に置くと一人店を出た。

遠くでオレを呼ぶ横山の声が聞こえるが、知らない。

もうこんなに好きなのに、結局はいい絵本を描かせるため?
応援とか励ましとかそんな言葉も浮かんでくるけど、オレの彼に対して育ってしまった恋心はどこへ行けばいいんだ?

わーありがとう。オレこれでいい話がいっぱい描けるよ。なんて、無理に決まっている。

オレは色んな想いをぐるぐるさせながら夜の街をさまよい歩いた。
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