英雄じゃなくて声優です!

榛名

文字の大きさ
56 / 90

第56話 さらば退屈な日々です

しおりを挟む
「リーダー、本当にこっちで合ってるんすか?」
「聞いた話じゃこっちのはずだ・・・なんならレスター、お前一人で別の場所を探してもいいぞ」
「いやいや、俺の勘もマユミちゃんはこっちだって言ってるんで・・・」
「ならお前の勘とやらで、さっさと店を見つけてくれ」

・・・4人の男達が職人通りを歩いていた。
その内の若い一人はキョロキョロと落ち着きがない。

彼ら傭兵達もこの日はゆっくりと旅の疲れを癒し、街の観光と洒落こんでいたのだ。
そして今、彼らはマユミの行きつけの店だという『女神の酒樽亭』を探していた。

すると、妙な人だかりが出来ている店が彼らの目に付いた。

「ひょっとして、あれじゃないすか?」
「酒場のようだが・・・すごい人数だ」
「帰ってきたマユミちゃんの歓迎会か何かかな・・・」

その予想はだいたい当たっていた。
店内から竪琴の音とマユミの声が聞こえてくる。

「うむ、やってるみたいだな・・・どうした?マインツ」
「いや・・・何でもない、気にしないでくれ」

マインツは先程から無言で何やら考え込んでいるようだ。
今回の仕事の事で不満でもあるのかと思ったトゥーガだったが、どうも違うらしい。
まぁ本人が気にするなと言うのなら気にしないでおこう・・・彼はプライベートな事に口を挟むつもりはなかった。


(まさか収穫なしとはな・・・)

仲間たちに付き合いつつも彼はこの街で異世界の英雄についての情報収集を行っていた。
しかし、その成果はまったくあがらなかったのだ。
噂の出所はここに違いないはずなのだが、住民たちの関心は英雄には無いようで・・・
より身近な存在だからなのか、マユミの話で持ち切りだった。

たしかに吟遊詩人としての彼女の能力はマインツも認めるところだが・・・異世界の英雄の存在が霞む程だったとは・・・とんだ誤算だ。

(こんな事ならあの令嬢達に直接聞いてみるべきだったか・・・)

件の異世界の英雄は侯爵の庇護下にあるという・・・侯爵家の人間なら面識の一つもあったかも知れない。
幸いなことに今彼女達は屋敷から出てきているし、自分はもう仕事中ではない。
隙を見て何か聞き出せればいいのだが・・・しかし、この人だかりである。

「・・・これで終わりです、ありがとうございました」

どうやらマユミは語り終えたようだ。

「あああああ、遅かったかー!」
「レスター、あまり大きな声を出すんじゃない」
「・・・店の迷惑だ」
「だってよぅ・・・」
「終わってしまったものは仕方ない、今日は出直すとしよう」
「くぅ・・・明日こそは・・・」

やはり今日はマユミ達の帰りを待っていた常連客達の為の会のようなものだろう。
彼らの邪魔をしないように素直に立ち去る事にするトゥーガ・・・
そんな状況では言い出しにくいものがあったが、マインツは意を決してこの場に残る事を伝える。

「トゥーガ、すまないが俺は少しここに残ろうと思う・・・出来れば挨拶の一つくらいしておきたいしな」
「そうだな、俺達の代わりによろしく伝えてくれ」
「なら俺も残るぞ!」
「お前は残らんでいい!帰るぞ」

・・・駄々をこねるレスターを引きずるようにトゥーガ達は宿に戻っていった。

このまま彼女達が店から出てくるところを捕まえて声を掛けよう・・・そう思ったマインツだが・・・


「マユミちゃん、歌も良かったが、港街での思い出話とかもしてくれよ」
「それいいな、頼むぜマユミちゃん」
「そっちの子も港町関連なんだろ?さっきから気になってたんだ」

「あ、はい、ええと・・・」

客達はすんなりマユミを放してはくれなかった。
矢継ぎ早に質問が飛んできて戸惑うマユミだったが、しっかり落ち着いて対処する。
このタイミングはミーアを紹介するにはいい機会なのだ。

「実は私、港町でちょっとした出会いがありまして・・・」

「なんだ、男でも出来たか?」
「んなわけあるか馬鹿」
「そういうのはマユミちゃんにはまだ早いって」
「マユミちゃんに相応しいいい男なら俺は構わないぜ」

マユミの発言に悲喜こもごもな反応が返ってくる。
もちろん彼氏とかそんな話ではないが、客の注目はしっかり集まっていた。

「その子はライバルと言うか・・・私と同じくらい出来る子で・・・皆さんにも紹介したいと思います・・・おいでミーアちゃん」

マユミの招きに応じてミーアが前に出てくる。
この流れは客達も読めていたのか、彼女の通り道がしっかり空けられていた。

「マユミ、私はどうすればいい?」
「じゃあ、ここの皆に挨拶してもらえるかな」

マユミの指示の下、ミーアが客達の方を向く・・・

「・・・名前はミーア、マユミと一緒にお仕事します・・・よろしく」

ぺこり。

それは、かつて座長に怒られた事もある愛想のかけらのない淡々とした挨拶だったが・・・

「おう、よろしくな嬢ちゃん」
「ミーアちゃんだな、俺はもう覚えたぞ」
「てめぇ、何抜け駆けしようとしてんだ、俺も覚えたぞミーアちゃん」
「マユミちゃんと同じくらい出来るってのは本当か?期待してるぜ」

・・・客達の反応は好意的だった。
これまで味わったことのない感覚にミーアの胸が熱を帯びる。

(なんだろうこの感じ・・・でも嫌じゃない)

期待に応えようというプレッシャーと、不思議な心地よさで胸が満たされていく。

「近いうちに二人でここに立つと思いますので、その時はよろしくお願いします」
「・・・よろしくお願いします」

そう言って頭を下げたマユミの真似をするような動きでミーアも頭を下げる。

・・・そんな二人を温かい拍手が包んだのだった。



(これは・・・どういうことだ・・・)

・・・マインツは客達に混ざって聞いていた。
マユミとミーアが一緒に仕事する予定なのはわかる・・・『二人の歌姫』の練習はその為のものだろう。
しかし、彼が解せないのはもっと前・・・ミーアについての紹介のあたりだ。

(・・・侯爵令嬢3姉妹ではなかったのか?)

どうやらあの様子ではそうではないらしい・・・少なくともミーアは。
たしかに傭兵の仕事では依頼人が嘘をつく事など珍しくもない。
例え嘘をつかれていようが口を挟まない、詮索をしないのが傭兵達のルールだ。
だが・・・

「おい、お嬢様・・・で良いんだよな?こいつはどういうことだ、あのミーアって子は・・・」

一人離れた場所で見ているエレスナーデを見つけた彼は直接問いただす事にした。
しかして、彼女の返答は・・・

「見ての通り・・・としか言えないけれど・・・」
「つまり、あの子は侯爵家の人間じゃないんだな?」

いささかばつが悪そうにエレスナーデが答える。
嘘がばれてしまった以上、下手に隠し立てする気はなかった。

「・・・彼女とはちょっとした縁があって、当家で面倒を見ることになったのよ」
「縁・・・か」

・・・そういえば、エレスナーデやマユミは綺麗な手をしている。
と言っても美しい手という意味ではない、苦労を知らぬ『貴族の手』ということだ・・・しかしミーアの手には、その年齢以上のものが刻まれていた。

それが意味するものは・・・ゴクリ・・・マインツの喉が鳴る・・・
この音が目の前の令嬢に聞こえやしないか、彼は気が気ではなかった。

「何にせよ、あなた達の護衛が侯爵家からの正式な依頼というのは間違いないし、報酬は約束通り支払われるはずよ」
「そうか・・・なら問題ない、余計な詮索をした」

どうやら彼女は依頼の件へのクレームだと思ったようだ。
今はその勘違いを利用する事にしてマインツは彼女に背を向ける。

『女神の酒樽亭』の店内では、マユミとミーアが客達の質問攻めにあっていた。
マインツは記憶に焼き付けるように・・・『彼女』を見つめていた。
たしかに『彼女』には、この世界の人間にはない特徴があった・・・尖った耳である。


(ようやく見つけたぞ・・・異世界の英雄よ・・・)

退屈な日々よ、さらば・・・彼は心の中で喝采を上げた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜

Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

処理中です...