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第74話 一晩では無理です
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「くぅ・・・動け、動け私の右手ぇ・・・」
・・・少女が右手を押さえて苦悶の表情を浮かべる。
紙の上に羽ペンで文字を書き込む度に、玉の汗が彼女の額に浮かんでいった・・・
魔王ミズキことWeb小説家、水樹ダイアナ。
この異世界で初となる彼女の執筆作業は、思わぬ苦難に遭遇していた。
『ウッズの旅』をマユミ達向けの台本として仕上げる・・・それ自体は全く問題なかった。
現実にそぐわないサバイバル描写は自らの実体験を元に修正。
登場する動物達は豪快な狼、知性派の梟、可愛い担当の栗鼠の3種に限定。
ウッズ少年が彼らと共に大自然を旅する原作の流れを踏襲しつつ、オリジナル要素を加えた意欲作だ。
作品の出来には自信があった。
マユミ達が演じるのを想定して書いているのは強みだろう。
彼女達の声をイメージして書いていると、キャラが勝手に動いてくれる事も多かった。
『一晩で台本を仕上げる』などと豪語した彼女だが、本当に一晩で書けそうな勢いだった。
しかし・・・
「痛い痛い痛い・・・もうダメ、無理、やだ」
そう言って雑に羽ペンを投げ捨てる。
彼女の右手・・・その人差し指と中指が、すっかり赤くなっていた。
それらの指はペンを手放しても尚、ひりひりとした痛みで彼女を苛み続ける。
・・・そう、彼女は元々Web小説家。
小説家の中には『ペンより重いものを持たない』などとのたまう者がいる。
だが彼女の場合は、そのペンすらろくに持ったことがなかったのだ。
「ん、やっぱり手書きには限度があるわね、タイプライターの発明が待たれるわ・・・」
はたして、この世界でタイプライターが作られるのと、彼女の手がペンに慣れるのとどっちが先か・・・
普通に考えれば後者であろう。
現実世界の知識をもたらそうにも、彼女はタイプライターの構造などわからないのだ。
だが、その手がまさに今悲鳴を上げている、慣らすにしても無理はしたくなかった。
「ふぅ・・・こんなんじゃ先が思いやられるわ・・・」
すっかり書くのを諦めた彼女はベッドにその身を投じる。
当初の予定の半分程しか書けていないが、痛むその手でこれ以上書き続ける事は無理そうだ。
外はもう日が昇り始めていた・・・執筆に夢中で時間が経つのを忘れてしまっていたようだ。
心身の疲れが彼女を心地よい眠りへと誘う・・・その時。
コンコン・・・
「ミズキちゃん、まだ寝てるかな」
「うぇえ?!」
変な声を出しながら飛び起きるミズキ。
起床したマユミがまだ眠ってもいない彼女を起こしに来たのだ。
「マユミさまっ!おはようございます!」
「おはようミズキちゃん・・・なんか妙にテンション高いね」
「そそんな事ないですよ、いつも通り、いつも通りの可愛いミズキちゃんですよー」
「そう?まぁいっか・・・今朝はちゃんと起きれたみたいで良かったよ」
マユミはミズキに規則正しい生活をさせるつもりでいた。
この子は自分が面倒を見ると決めたのだ、不健全な生活をさせるわけにはいかない。
「じゃあこれから一緒にジョギングに行こっか」
「えっ・・・じょ、ぎんぐ?」
「うん、お城の中庭を軽く走るの、ミーアちゃんも一緒だよ」
乗り気ではなさそうなミズキをマユミは半ば強引に連れ出す。
ミーアのような共演者に育てるつもりはないが、基礎体力はつけておいた方が良い。
いざという時に一人で逃げられるくらいには・・・
そんな考えがあっての早朝ジョギングだったが・・・
「ハァハァ・・・む、むりぃ・・・」
徹夜明けのミズキには酷だったようだ。
マユミのペースについて行くことすらおぼつかない。
「ミズキちゃん?!自分のペースでいいからね?」
体力には自信のないマユミではあったが、まさか自分を下回るとは思わなかったらしい。
ミズキに合わせてペースを落として並走する。
その間にマイペースに走るミーアがだんだん遠ざかっていく・・・
「もうやだ、走りたくない」
「も、もう少しだからがんばろう?ね?」
(うぅ・・・やっぱり私を拷問してるんだ・・・)
いっそ全てを白状すればこの苦しみから解放されるのだろうか・・・そんな事を考えるミズキだった。
「も、もうダメ・・・死ぬ・・・」
「おつかれさま、じゃあ柔軟するからそこに座って」
「ん・・・いたたたたた!」
言われるままに腰を下ろしたミズキの背中をマユミがグッと押し込む。
「いたいいたいいたい!足っ!足つっちゃう!」
「ミズキちゃんはずいぶん身体硬いね・・・よいしょ」
「ーーーー!」
容赦なく力を加えられ、声にならない悲鳴を上げるミズキ。
一通りの柔軟が終わった頃には、死体のようにその場に転がったまま動かない彼女だった。
「ミズキ、お水飲んで・・・」
「あ、ありがとうミーアちゃん・・・」
「ミズキはがんばった、もう休んで」
「ん・・・」
倒れた彼女を優しく介抱するミーア・・・この時の彼女が天使に見えた、と後にミズキは語る。
「ミズキちゃん・・・ちょっとやり過ぎちゃったかな・・・」
「マユミ、これ・・・」
「?・・・これは・・・台本?!」
ミーアの膝枕で穏やかな寝息を立て始めたミズキ・・・
彼女を心配そうに覗き込んだマユミにミーアが差し出したのは、ミズキが途中まで書いた台本だった。
それはこれまで読んできたこの世界の本とは違い、台本としての形式で書かれていた。
『私に紙とペンをよこしなさい、一晩で台本に仕上げてみせるわ』
ミズキは確かにそう言っていた。
でも本当に一晩でこれほどの物を仕上げてくるとは、マユミ達は思ってもみなかったのだ。
(すごい・・・すごいよミズキちゃん)
どうやらまだ途中までしか出来ていないようだが、充分過ぎる内容だ。
「むにゃむにゃ・・・」
何か良い夢でも見ているのだろうか、緩みきった顔で眠るミズキ。
マユミはその寝顔をそっと撫でた。
「むにゃむにゃ・・・ぜんよ、私は・・・天才・・・な・・・だから・・・」
何か寝言を言っているようだ・・・なんとなく「私は天才」と言ってる部分が聞き取れた。
確かに、これだけ書けるのだから、この子は・・・
「ふふっ・・・ミズキちゃんは本当に天才なのかもね」
「うん、こんなわかりやすい書き方の台本は初めて・・・」
「えっ・・・」
・・・ミーアのその一言を聞くまで失念していた。
マユミにとってはごく普通の・・・見慣れた台本形式だが・・・
それはマユミが声優として『現実世界で見てきたから』で・・・この世界では・・・
「ミーアちゃん、一座でお芝居してた時の台本って、確か・・・」
「一座でやってた時の台本は、普通の本と変わらない書き方、だった・・・よ?」
そういえばマユミも一度だけ見た事があった・・・その台本は・・・
台詞とト書きが一緒に書かれた・・・普通の本と大差ない代物だったはず。
では今この手にある『台本』は?
役名と台詞とト書きが別に分けられた、現代日本ではありきたりなこの台本は・・・
マユミは眠り続けるミズキを見た・・・彼女は今も夢の中のようで・・・
「むにゃむにゃ・・・このみず・・・いあな先生に・・・せ・・・さい・・・ば・・・」
(今・・・なんて・・・)
マユミの耳が・・・声優として鍛えられてきたその耳が、その名前を聞き取った。
この場で、この世界で聞くはずのない、その名前を・・・
「ん・・・この水樹ダイアナ先生に任せなさいってば!」
・・・彼女は確かにそう言っていた。
・・・少女が右手を押さえて苦悶の表情を浮かべる。
紙の上に羽ペンで文字を書き込む度に、玉の汗が彼女の額に浮かんでいった・・・
魔王ミズキことWeb小説家、水樹ダイアナ。
この異世界で初となる彼女の執筆作業は、思わぬ苦難に遭遇していた。
『ウッズの旅』をマユミ達向けの台本として仕上げる・・・それ自体は全く問題なかった。
現実にそぐわないサバイバル描写は自らの実体験を元に修正。
登場する動物達は豪快な狼、知性派の梟、可愛い担当の栗鼠の3種に限定。
ウッズ少年が彼らと共に大自然を旅する原作の流れを踏襲しつつ、オリジナル要素を加えた意欲作だ。
作品の出来には自信があった。
マユミ達が演じるのを想定して書いているのは強みだろう。
彼女達の声をイメージして書いていると、キャラが勝手に動いてくれる事も多かった。
『一晩で台本を仕上げる』などと豪語した彼女だが、本当に一晩で書けそうな勢いだった。
しかし・・・
「痛い痛い痛い・・・もうダメ、無理、やだ」
そう言って雑に羽ペンを投げ捨てる。
彼女の右手・・・その人差し指と中指が、すっかり赤くなっていた。
それらの指はペンを手放しても尚、ひりひりとした痛みで彼女を苛み続ける。
・・・そう、彼女は元々Web小説家。
小説家の中には『ペンより重いものを持たない』などとのたまう者がいる。
だが彼女の場合は、そのペンすらろくに持ったことがなかったのだ。
「ん、やっぱり手書きには限度があるわね、タイプライターの発明が待たれるわ・・・」
はたして、この世界でタイプライターが作られるのと、彼女の手がペンに慣れるのとどっちが先か・・・
普通に考えれば後者であろう。
現実世界の知識をもたらそうにも、彼女はタイプライターの構造などわからないのだ。
だが、その手がまさに今悲鳴を上げている、慣らすにしても無理はしたくなかった。
「ふぅ・・・こんなんじゃ先が思いやられるわ・・・」
すっかり書くのを諦めた彼女はベッドにその身を投じる。
当初の予定の半分程しか書けていないが、痛むその手でこれ以上書き続ける事は無理そうだ。
外はもう日が昇り始めていた・・・執筆に夢中で時間が経つのを忘れてしまっていたようだ。
心身の疲れが彼女を心地よい眠りへと誘う・・・その時。
コンコン・・・
「ミズキちゃん、まだ寝てるかな」
「うぇえ?!」
変な声を出しながら飛び起きるミズキ。
起床したマユミがまだ眠ってもいない彼女を起こしに来たのだ。
「マユミさまっ!おはようございます!」
「おはようミズキちゃん・・・なんか妙にテンション高いね」
「そそんな事ないですよ、いつも通り、いつも通りの可愛いミズキちゃんですよー」
「そう?まぁいっか・・・今朝はちゃんと起きれたみたいで良かったよ」
マユミはミズキに規則正しい生活をさせるつもりでいた。
この子は自分が面倒を見ると決めたのだ、不健全な生活をさせるわけにはいかない。
「じゃあこれから一緒にジョギングに行こっか」
「えっ・・・じょ、ぎんぐ?」
「うん、お城の中庭を軽く走るの、ミーアちゃんも一緒だよ」
乗り気ではなさそうなミズキをマユミは半ば強引に連れ出す。
ミーアのような共演者に育てるつもりはないが、基礎体力はつけておいた方が良い。
いざという時に一人で逃げられるくらいには・・・
そんな考えがあっての早朝ジョギングだったが・・・
「ハァハァ・・・む、むりぃ・・・」
徹夜明けのミズキには酷だったようだ。
マユミのペースについて行くことすらおぼつかない。
「ミズキちゃん?!自分のペースでいいからね?」
体力には自信のないマユミではあったが、まさか自分を下回るとは思わなかったらしい。
ミズキに合わせてペースを落として並走する。
その間にマイペースに走るミーアがだんだん遠ざかっていく・・・
「もうやだ、走りたくない」
「も、もう少しだからがんばろう?ね?」
(うぅ・・・やっぱり私を拷問してるんだ・・・)
いっそ全てを白状すればこの苦しみから解放されるのだろうか・・・そんな事を考えるミズキだった。
「も、もうダメ・・・死ぬ・・・」
「おつかれさま、じゃあ柔軟するからそこに座って」
「ん・・・いたたたたた!」
言われるままに腰を下ろしたミズキの背中をマユミがグッと押し込む。
「いたいいたいいたい!足っ!足つっちゃう!」
「ミズキちゃんはずいぶん身体硬いね・・・よいしょ」
「ーーーー!」
容赦なく力を加えられ、声にならない悲鳴を上げるミズキ。
一通りの柔軟が終わった頃には、死体のようにその場に転がったまま動かない彼女だった。
「ミズキ、お水飲んで・・・」
「あ、ありがとうミーアちゃん・・・」
「ミズキはがんばった、もう休んで」
「ん・・・」
倒れた彼女を優しく介抱するミーア・・・この時の彼女が天使に見えた、と後にミズキは語る。
「ミズキちゃん・・・ちょっとやり過ぎちゃったかな・・・」
「マユミ、これ・・・」
「?・・・これは・・・台本?!」
ミーアの膝枕で穏やかな寝息を立て始めたミズキ・・・
彼女を心配そうに覗き込んだマユミにミーアが差し出したのは、ミズキが途中まで書いた台本だった。
それはこれまで読んできたこの世界の本とは違い、台本としての形式で書かれていた。
『私に紙とペンをよこしなさい、一晩で台本に仕上げてみせるわ』
ミズキは確かにそう言っていた。
でも本当に一晩でこれほどの物を仕上げてくるとは、マユミ達は思ってもみなかったのだ。
(すごい・・・すごいよミズキちゃん)
どうやらまだ途中までしか出来ていないようだが、充分過ぎる内容だ。
「むにゃむにゃ・・・」
何か良い夢でも見ているのだろうか、緩みきった顔で眠るミズキ。
マユミはその寝顔をそっと撫でた。
「むにゃむにゃ・・・ぜんよ、私は・・・天才・・・な・・・だから・・・」
何か寝言を言っているようだ・・・なんとなく「私は天才」と言ってる部分が聞き取れた。
確かに、これだけ書けるのだから、この子は・・・
「ふふっ・・・ミズキちゃんは本当に天才なのかもね」
「うん、こんなわかりやすい書き方の台本は初めて・・・」
「えっ・・・」
・・・ミーアのその一言を聞くまで失念していた。
マユミにとってはごく普通の・・・見慣れた台本形式だが・・・
それはマユミが声優として『現実世界で見てきたから』で・・・この世界では・・・
「ミーアちゃん、一座でお芝居してた時の台本って、確か・・・」
「一座でやってた時の台本は、普通の本と変わらない書き方、だった・・・よ?」
そういえばマユミも一度だけ見た事があった・・・その台本は・・・
台詞とト書きが一緒に書かれた・・・普通の本と大差ない代物だったはず。
では今この手にある『台本』は?
役名と台詞とト書きが別に分けられた、現代日本ではありきたりなこの台本は・・・
マユミは眠り続けるミズキを見た・・・彼女は今も夢の中のようで・・・
「むにゃむにゃ・・・このみず・・・いあな先生に・・・せ・・・さい・・・ば・・・」
(今・・・なんて・・・)
マユミの耳が・・・声優として鍛えられてきたその耳が、その名前を聞き取った。
この場で、この世界で聞くはずのない、その名前を・・・
「ん・・・この水樹ダイアナ先生に任せなさいってば!」
・・・彼女は確かにそう言っていた。
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