英雄じゃなくて声優です!

榛名

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第86話 皇帝の我儘です

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魔王バルエルと英雄マユミーアの戦いから数日が経過した。

劇場は再び修理の為に閉鎖されていた。
客席はほぼ無傷で済んだものの、ステージの損傷は大きく、丸ごと作り直しになるようだ。
なかなか大変な作業だが、改心した魔族達が役に立っていた。
元々体力に優れる種族な上、彼らはよく働いた。
聞くところによると破壊されたステージ部分の撤去作業はもう完了したらしい。

当初懸念されていたような魔族達への迫害はなかった。
体力魔力共に高い水準にある彼らが真面目に働くのだから、人々から文句の出ようもない。

「この国に必要なのは道路よ、交通網の敷設は内政の鉄則よ!」

そんなミズキの提案によって、近々彼らの労働力を軸にした街道の建設が進められる予定だ。

とはいえ、彼ら魔族に対する不信感がなくなったわけではない。
しかし、直接魔族に何かしようなどという者は現れていない。
英雄による浄化の演出と、マユミ達本人による『お願い』が効いているのが大きそうだ。
マユミ達の熱心なファン程、魔族と友好的に接しているようだった。

そのマユミはというと・・・

「皇帝を退位したい・・・ですと・・・」
「はい・・・」

辺境伯と侯爵・・・神聖マユミ帝国の中核を担う二人を呼び出し、退位したい旨を告げていた。

「元々魔王に対抗する為の建国だったわけで・・・もう魔王の脅威はないわけで・・・
 ついでに言うと、もう私達に英雄の力もないわけで・・・そろそろいいかなって・・・」

神聖マユミ帝国は『魔王に対抗する英雄マユミの帝国』なのだ。
魔王バルエルを始めとした魔族達が浄化された今、その役割は終わったと言えた。
そしてマユミ達の英雄の力は、最終決戦で使い果たしてもう残っていない、という事になっている。
ふかふかのベッドは名残惜しいものがあるが、マユミは皇帝の座には興味がないのだ。
これからはもっと皇帝として相応しい別の人間が帝位に就くべきだとマユミは考えた。

「それは困ります、今この国を治められるのはマユミ様を置いて他にありません!」
「マユミ陛下、なにとぞ、ご再考くだされ」
「や、二人とも御冗談を・・・私なんかがそんな・・・」

マユミとしてはごく当たり前の事を言ったつもりだったのだが・・・
二人はこの世の終わりのような顔をしてマユミに詰め寄っていた。

「今の国の安定はマユミ陛下あってのもの、退位などされては大変なことになってしまいますぞ」
「然り、北方諸国、東方諸国は我らではなく、マユミ様に従ったのです、故に反乱は必至かと」
「そ、そんな大げさな・・・」
「大げさではありませんぞ、力が消えたとして、その功績まで消えるわけではないのです」
「下手をすれば英雄から国を簒奪した逆賊を討つべし、と大戦になりましょう」
「そんな・・・」

単純に二人のどちらかが継げばいいと思っていたが、世界はそれを許さないらしい。
元々望んだ即位ではないとはいえ、もはや退位など出来そうにない。

ここにきてマユミは、皇帝としての重責が圧し掛かってきたのを感じた。
どうせ用が済めば解放されるだろうと思って、これまで政務を全て彼らに任せきりにしてきた。
本当に自分が皇帝として統治するなど考えた事もなかったのだ。

「・・・でも私・・・皇帝らしいことなんて何も・・・ど、どうしたら・・・」
「どうもこうもありません、これまで通りで良いのです」
「え・・・いいの?」
「陛下は誰よりも民に愛されております、それは今までの陛下の行いによるもの・・・
 ならばそれを続ける事こそが、陛下の役目ではありませぬか?」
「マユミ様は多くの人々を惹きつける『王者の力』を持っている・・・
 それは今も消えていないように私は感じます」

これまで通り公演を続ける事こそが、今のマユミが皇帝として国に貢献できる事だ。
逆に言えば、今までのマユミの公演も充分国家の役に立っている・・・そう彼らは言っているのだ。

「私はただ声優の・・・自分が異世界で出来なかった事に拘っていただけなのに・・・」
「それならそれで良いではありませんか、陛下の仰るその、すぇいゆう・・・ですかな?
 まだ我らも理解出来ておりませぬが、この世界で存分に示されてはいかがでしょう?」
「そもそもマユミ様が救ったこの世界、例え暴君となっても誰も文句は言えますまい」

『世界を救った報酬』と思えば、マユミ個人の我儘などなんと安いものか・・・
おそらく、その言葉通りマユミが暴君に豹変したとしても彼らは付き従うのだろう。
ここは神聖マユミ帝国・・・神聖なる偉業を成し遂げたマユミの為の帝国なのだ。

「や、さすがに暴君になるのは私も嫌ですよ」
「ふふ・・・」
「ははは・・・」
「もう・・・じゃあ遠慮なく好き勝手しちゃいますよ」
「「は・・・陛下の仰せのままに・・・」」

跪く二人の忠臣をその場に残し、マユミは玉座の間を後にする。
今までよりも少しだけ我儘に・・・好き勝手させてもらおう。

「マユミ・・・どうだった?」

部屋の外ではミーアが待っていた。
もし退位が決まっていれば、そのまま二人で吟遊の旅に出るつもりだったのだが・・・
マユミは少々ばつの悪さを感じつつも、その結果を伝える事にする・・・そして・・・

「あ・・・ごめんミーアちゃん・・・私、まだ皇帝続けなきゃいけないみたい」
「そうなんだ・・・」
「なので!皇帝として、これからちょっとやりたい事をやろうと思います!」
「やりたいこと?」

マユミの口から出たその言葉に、ミーアは不思議そうに首をかしげる。
もちろんマユミがやりたい事ならミーアにとっても悪い事ではないのだが、マユミのその表情は・・・

「ふふふ・・・まずは人を集めないとね、ナーデとミズキちゃんを呼んできてもらえるかな」
「わかった、呼んでくる」

(マユミ・・・すごく楽しそう)

いったいこれから何が始まるというのか・・・きっと面白い事に違いない。
期待にその小さな胸を膨らませ、ミーアは二人を探しに走った。

(あとは・・・あの人か・・・)

マユミは城の兵士達を捕まえて、『その人物』を連れてくるように命じた。
・・・どこで何をしてるのかは予想がついている・・・力づくでも可とマユミは付け加えた。
続いてマユミは城内を進み、これまで足を運んだ事のない政務に係わるエリアへ・・・

「これはマユミ陛下!」

マユミの姿に兵士が姿勢を正す。
ここに配置された彼がマユミを見たのは初めての事だったらしく、緊張しているのがわかった。

「会議室を一つ使いたいんだけど、どこか空いている部屋はあるかな?」
「は、はい!すぐに確認して参ります!」

兵士はそう言い残すと、全力で走っていった。

・・・それからしばらくして・・・

「マユミ陛下、お待たせ致しました、こちらの部屋をどうぞ!」

息を切らしながら先程の兵士が駆けてくる。

「ありがとう、じゃあこの部屋を使わせてもらいますね」
「は・・・では私はこれで・・・」

(うわーマユミ陛下と話しちゃったぞ、後で皆に自慢してやろう)

彼は満足そうな顔で歩いていく・・・
日頃マユミが来ることがないこの部署は、兵士達の間ではハズレと呼ばれていたのだ。
・・・その後、一日中にやにやしていた彼は同僚達に気味悪がられるのだった。


そんな事もつゆ知らず、会議室を確保したマユミはミーア達と合流に向かう。
ミーア達は先程の玉座の間の外のホールに集まっていた。

「あ、マユミ」
「ごめん、待たせちゃったかな」
「大丈夫よ、そんなに待ってないわ」
「良かった、これから皆に相談したい事があるんだ、会議室を借りたからそこで・・・」
「それはいいんだけど・・・」

さっそく会議室へと誘導を始めるマユミだったが・・・苦虫を噛み潰した表情のミズキが口を挟んだ。

「ねぇマユミ様・・・こいつは何なの?」

ミズキはジト目で、マユミが連れてこさせたその人物を睨んでいた。
新たな題材を前に、場所も気にせず素描をしているその人物は・・・

「うん、不貞腐れた表情もかわいいよ、ミズキちゃん」

美少女専門画家、パンプル・ムゥス。
・・・今彼女は舐めまわすような目でミズキを見ながら素描を続けている。
本物の天才の奇行を前に、自称天才作家ミズキは戸惑う事しか出来なかった。

「わ、私が可愛いのは当たり前だから!変な目でこっち見るなぁー!」
「まぁまぁ、この人腕は確かだから・・・」
「ふふふ・・・どうだい?可愛く描けただろう?」

どうやらもう描き上げたらしい。
その素描を見てミズキが目を丸くする。

「嘘・・・超絶可愛い・・・」

信じられないものを見る目で絵とパンプルを交互に見る。
さすがにその力量を目の当たりにすると、ミズキも認めざるを得ないようだ。

「美少女を描かせたらボクの右に出る者はいない・・・そう自負してるよ」
「変な奴かと思ったけど、なかなかわかってるじゃない」

天才は天才を知るとは言うが・・・はたして。
・・・ミズキはパンプルと意気投合したようだった。

「じゃあ皆、席について・・・って広っ!」

その会議室は予想以上に広かった・・・100人は余裕で入れるのではないだろうか・・・
たしかに、この部屋を使うような大会議はそうそうあるまい。
なんか申し訳なくなって、端っこの方に固まって座るように指示するマユミであった。

「それで・・・私達に相談したい事というのは何かしら?」

一同を代表してエレスナーデが問う。
4人の視線が集まる中・・・マユミは持ち前の声で、はっきりと告げた。

「この世界で、アニメを作りたいんだ」
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