英雄じゃなくて声優です!

榛名

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第16話 吟遊詩人デビューです

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その夜、「女神の酒樽亭」は大勢の客でごった返していた・・・

職人通りに程近いこの店は夜の方が客が多い。
その日の仕事を終えた職人達が大いに飯を食らい、酒を飲む・・・それがいつもの光景だ。
だが今宵は少々・・・その様子は異なっていた。

「ホラそこ、空けておくれよ」

入りきらない客の為に、リタは借りてきたテーブルと椅子を店の外に設置していた。
店内もかつてない賑わいだ・・・こうなる事を予見して、昼間から居座って飲んでいる客までいた。

「リタちゃん、今日はすごいねぇ・・・これは何の騒ぎだい?」
「ああ、昼にちょっと面白い事があってね」

さっそく増設された客席に着いた男が尋ねる。
それはもちろん昼間のマユミの一件なのだが、夜にしか来ない客などは何事かと首を傾げる者も多い。
紙職人の頭、ボルディ・・・彼もまたその一人だった。
事情も知らずに店の外で待たされた客の為に、リタが今の状況を説明する。

「・・・ってわけさ」
「へぇ、貴族様の気まぐれってやつかねぇ・・・でもそのお嬢ちゃんは本当に来るのかい?」
「その賭けをやってるのもいるよ、貴族の嬢ちゃんが本当に来るかどうか、ってね」
「ハハッ、抜け目ない奴もいるもんだ・・・で、リタちゃんはどっちに賭けたんだ?」
「それはもちろん・・・おっと、どうやら儲けさせてくれたみたいだよ」

そう言ったリタの視線の先・・・その少女に気付いた客達から歓声が上がる。
・・・賭けは盛況だったようだ、店内から聞こえてくる声は悲喜こもごもであった。

「ホラどいたどいた、今日の主役の登場だよ!」

リタの声を受けて、それまで好き勝手に飲んでいた客達が左右に避けて道を作る・・・
そして現れた少女・・・マユミの姿は、昼間とは全く違うものだった。

「おや、貴族の嬢ちゃんって話じゃなかったか?」
「たぶん後ろにいる方だろ、前にいるのは召使いか」
「いいや、俺は昼からいるが、あっちの嬢ちゃんで間違いないよ」
「俺たち庶民に合わせたつもりなのかねぇ・・・」

昼間とうって変わって、マユミはみすぼらしい恰好をしていた。
その後ろからエレスナーデとゲオルグが続く・・・こちらは昼と変わらない。
事情を知らなければお嬢様と召使いに見えるだろうことは間違いなかった。
ただ、マユミの顔はエレスナーデのメイクによる美少女なので、少々違和感がある。
例えるなら、令嬢が貧民のコスプレをしている・・・今のマユミはそんな雰囲気があった。

「見ての通り、お客さんがお待ちかねだよ、準備ってやつはもういいのかい?」
「はい、あの吟遊詩人さんは・・・いた」

店の奥に吟遊詩人の姿を見つける・・・目が合うと彼は不敵な笑みでマユミを迎えた。

「あの・・・よろしくお願いします」
「ふん・・・その格好がただのハッタリじゃない事を願うぜ」

昼間と違うマユミの装い・・・そこに何らかの企てがあることは見抜いていた。

(何を考えてきたかは知らないが・・・まぁお手並み拝見と行こうか)

「俺はいつでもいいぜ、好きなタイミングで始めてくれ」

そう言って楽器を構えて見せる。
これから何が始まるのか・・・客たちの視線がマユミに集まっていた。
既に場は暖まっている・・・緊張感がマユミを包んでいく・・・

(さて、はじめますか・・・)

満室の客席・・・その店内を見渡し、マユミは口を開いた・・・

「さて皆様、貴族の娘、と申しましても色々ございます。
貴族とはその血を以って正統制をなすもの・・・それが妾の子ともなれば時に子を子とも思わぬ扱いも起こるのです・・・今宵はそんな哀れな娘の話を語らせていただきます」

用意していた前口上・・・話の前提に無理がないかどうか、本物の貴族のエレスナーデに確認済みだ。

シンデレラ・・・この話は前半が勝負だ。
妾の子という理由で正妻とその娘達に疎まれ蔑まれ虐待を受けるシンデレラ・・・
ここで客の同情を引けなければ、お話にならない。

(それでその格好か・・・)

吟遊詩人は納得した・・・話に合わせて衣装を替える・・・そういう手法は珍しくない。
そして、このシーンの目的に合わせて、悲しげな曲を奏でる・・・彼もプロだった。

「この娘は、なんって生意気な目をするんざましょ!」

特徴のある喋り方を強調して継母を演じる・・・こういう役はそれだけでわかってもらえるからいい。
マユミにとって問題なのは義姉達の演じ分けだ、似たような役柄、同じような台詞・・・こういう所で声の幅のなさは出てしまう。
・・・なので、義姉達はなるべく喋らせない。
継母を前面に押し出し、彼女の命令のままに虐待している義姉達という方向で進めていく・・・

「まったくあなたときたら・・・あら何このぬるい紅茶、紅茶もろくに入れられないの?」

長々と説教しておいて、その間に冷めた紅茶に文句を言う・・・これは実際にエレスナーデがメイドにやったことがある嫌がらせだ・・・リアリティが出るように彼女の意見を色々と参考にしている。
理不尽な扱いの数々にだんだんと客の表情が曇る・・・狙い通りだった。

そして舞踏会の日、屋敷に一人取り残されたシンデレラの元に魔女が現れる・・・

「ふぉっふぉっふぉっ・・・」

美少女の口から発せられる老婆の声・・・客達は思わず息を飲んだ。

・・・老人風の声、というのも声の幅が少ないマユミに出来る演じ分けの一つだ。
息を多めに吐きながら震わせるように声を出す・・・なるべくゆっくりと喋るのがポイントだ。
もっとも、声質によって向いている老人のタイプというのもあるのだが・・・
幸いなことにこの話の魔女は良い魔女だ。
もしこれが邪悪な魔女であったら、自分の声では厳しかった・・・とマユミは思っている。

「かわいそうなお前の為に、贈り物をしてやろう・・・」
「贈り物?」

唯一の不安点だった役の切り替えもうまくいった。
老人の声から切り替えようとすると妙に声を引き摺る事が多いのがマユミの弱点だったのだが・・・
これでもう何も怖くない・・・あとは一気に畳み掛けるだけだ。

「魔女はシンデレラにかぼちゃを持って来させると手に持った杖を一振りした、すると・・・」

ここだ・・・
前もって決めてあった段取り通りにマユミは両腕を広げる・・・
すると、どこからか飛んできた洋服がその体を包んでいった・・・もちろんエレスナーデの魔法である。
彼女の変身シーン、もとい着替えを見て思いついたアイディアだ。

やがて現れたのはみすぼらしい貧民コスではなく、お姫様のような姿となったマユミだった。

「な・・・」

これには観客どころか、吟遊詩人も度肝を抜かれた。
これまでにあちこち旅をしてきた・・・当然魔法の一つも見たことがある彼だったが、こういった使い方をされたのは初めてだった。

かぼちゃの馬車で舞踏会にやってきたシンデレラに王子は一目惚れをして、二人は恋に落ちる・・・
やがて時計の針は十二時を指し、シンデレラに掛けられた魔法が溶ける・・・
ここでマユミの衣装がはじけ飛んだ・・・もちろん中に先程の貧民服を着ていた。

(ああ、高そうな服だったのに・・・)

もったいないから最初の着替えだけでいいと言ったのだが・・・せっかくだからとエレスナーデは惜しげもなく服を吹き飛ばしてくれた。
あの服はいったいいくらしたんだろうか・・・あの時吹き飛んだ服を見て、シンデレラはもう二度とやらないと決めた、と後にマユミは語る。

そのまま話は進み、シンデレラを探し出した王子様がガラスの靴を履かせて、ぴったり・・・

(そういえばこの後、権力を手に入れたシンデレラが継母達に復讐する、なんていう話もあったっけ・・・)

一瞬迷ったが、そこまでやらなくてもいいだろうと思い直し、ハッピーエンドで終わらせることにする。

「こうしてシンデレラは王子様と結ばれ、幸せに暮らしました・・・めでたしめでたし」

・・・・・・

周囲は静まり返っていた・・・

おそるおそる、マユミは客達の顔色を窺う・・・

「ええと、これで終わり、なんですけど・・・」

然るべき反応が何もないので、不安になるマユミだったが・・・次の瞬間・・・

「す、すげぇ!」
「こんなの初めて見たぜ!」
「やるなお嬢ちゃん」

その夜、女神の酒樽亭は歓声に包まれた・・・
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