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第22話 とある雪国のお話です
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「いらっしゃい、今日は一人かい?」
「はい、ヴィーゲル先生は来てますか?」
すっかり馴染みつつある女神の酒樽亭・・・その日、マユミは一人でここに来ていた。
海外の都市と同程度・・・マユミはこの街の治安をそう判断した、中世にしては水準が高い。
一人であちこち歩き回るならともかく、馬車を使って直接この店と往復する分には護衛は必要ない・・・マユミのその主張にエレスナーデは反対したが、今日は彼女も何か用事があるらしく、それが終わったら合流すると言っていた。
(ナーデは心配性だなー・・・それとも私の危機感が足りない?)
ここ数日でマユミはこの店の客達をすっかり信用していた・・・みんな気さくな良い人ばかりだ。
そして何よりここにはリタがいる、彼女がいる限りこの店は安全だと言い切れた。
「おいヴィーゲル、かわいい愛弟子ちゃんのご到着だぞ」
「みなさん、今日もうるさくしちゃいますけど、よろしくお願いします」
「おう、師匠もあんまりいじめるなよ」
そんな客達の声にも動じる事なく、視線だけマユミに向けるヴィーゲル。
マユミも客達に声を掛けながらそちらに向かう・・・すっかり慣れたものである。
「ヴィーゲル先生、お願いします」
「5、7、2」
ポロロン
出会い頭にヴィーゲルの口から発せられた数字・・・これに対してマユミは、すかさず対応する弦を弾いてみせる。
・・・ヴィーゲルはにやりと笑った。
「しっかり練習してきたようだな」
「発声練習のついで程度ですが・・・」
「充分だ、まだ出来ることも限られているしな」
ヴィーゲルは満足そうに笑った。
自発的に練習するやつは覚えが早い・・・マユミは教え甲斐のある生徒だった。
「548、1345、1、2、7462432」
前回とは少し違う・・・速度、リズムを変え、緩急をつけて指示を出してくる・・・
それは時にフェイントのようであり、マユミはたびたび間違えながらも必死に食いついていく・・・
(あ・・・この練習って・・・)
この練習を続けていくうちにマユミは気付いた・・・先程からヴィーゲルからの指示が特定のメロディラインになっている。
最初のうちは間違えるのが多くて気付かなかったのだ、だが一度も間違わずにこの速度、このテンポで正確に弾ければ・・・
「ふ・・・気付いたか」
「は、はい・・・でもいいんですか?」
(たしか、私が楽器に馴染んだらって話だったような・・・)
マユミがそう思った時、速度が上がった。
ハイペースについていけずにまた間違いが増えてくる・・・しかしマユミはこの速さがこの曲本来の速度であることにも気付いた。
「この練習がミスなくこなせるようになった時にはお前は一曲覚えている・・・俺は一曲教える手間が省けるってわけだ、いい方法だろう?」
「ううぅ・・・難しい・・・」
この後も練習は続く・・・しかし・・・
「痛っ・・・」
マユミが悲痛な声を上げる・・・どうやら弦で指を切ったらしい。
「見せてみろ」
言われるまま腕を伸ばしヴィーゲルに右手を委ねると、彼は慣れた手つきで手当てしてくれた。
「ありがとうございます」
「弦を扱うんだ、こういう事もある・・・これで楽器を弾く分には問題ないはずだが・・・下手をすれば傷跡が残るな」
「そんな気にする程の怪我じゃ・・・」
「いや、お前の手はずいぶんと脆いようだから気を付けた方がいいだろう」
そういえば以前エレスナーデがマユミの手を綺麗だと言っていたが・・・彼は脆弱と捉えたようだ。
「そもそもお前は素手で弾かない方がいいかも知れないな・・・よし、ついて来い」
そう言って彼が向かったのは革細工職人の工房だった。
職人を一人捕まえると何やら指示をする。
しばらくすると職人がマユミの方にやって来てその腕をつかんだ。
「はい、ちょっとおとなしくしててくれよ」
「えっ・・・な、何?・・・」
職人は革材をマユミの右手に当てると、印をつけていく・・・
作業は手際よく進み、マユミはすぐ解放されたが・・・いかつい職人に腕を摑まれるというのはなかなか怖かった。
やがて革の手袋が完成する・・・ヴィーゲルは職人に金を払うと、手袋をマユミに手渡した。
「これからはこれを着けて弾くといいだろう」
「貰っちゃって良いんですか?」
「師匠だしな・・・大事に使えよ」
「はい、ありがとうございます」
さっそくマユミは手袋を右手に・・・だが包帯を巻いた指が入らなかった。
「馬鹿、怪我が治ってからだ」
怒られた。
とりあえず手袋を身に着けるのは諦め、ヴィーゲルの後を追って歩く・・・
(そういえば、ヴィーゲル先生にも師匠みたいな人はいるのかな?)
せっかくだから聞いてみることにした。
「俺の師匠か?」
「はい、やっぱりそういう人がいたんですか?」
「そうだな、ずいぶん昔の話になるが・・・」
そう言って、彼は語りだした・・・
ヴィーゲルは北方の国のとある村に生まれた。
その村は降雪量が多く、冬になると雪に埋まってしまうという。
マユミの地元はそれ程でもないが、日本にもそういう地域があるという話はマユミも知っている。
「だから村には砦のような大きくて頑丈な建築物があって、冬になると皆でそこに籠って過ごすんだ」
「春が来るまでずっと?・・・大変そう」
「ああ、過酷だぞ、限られた食料をやり繰りして春まで食いつなぐわけだしな・・・
何よりの問題は変化のない生活だ、皆だんだん気が滅入ってイライラしてくるようになる。
そんな厳しい時期の村へ迷い込んできた馬鹿がいたんだ・・・」
・・・その年は収穫量も少なく、旅人の処遇には意見が割れた。
旅人もまた自分の置かれた立場は理解していたらしく、村の判断に委ねたという。
そういった理由もあって大人達が旅人と距離を置く中、暇を持て余していた村の子供達は見知らぬ人物に興味深々だった。
当時のヴィーゲルもまたその一人である。
「その旅人は見ていた俺達に気付いたんだろう、楽器を取り出して・・・歌ったんだ。
・・・あの歌は、今でもはっきりと覚えている」
「その人が師匠・・・なんだね?」
「まあな、歌に感動した俺達は色んな事を教わった・・・あいつは腹を空かせていたから、俺達の分の食料を持ち寄って食わせた・・・その年の冬はあっという間だったよ」
もちろん体感の話だ、その旅人・・・吟遊詩人がもたらした変化にあふれる生活は、彼らにとってどれだけ早く感じられたことだろう・・・
「春が来ると、あいつはすぐ旅立っていったよ・・・今もこの世界のどこかで旅を続けているんだろう」
「どこかでその人にまた会えるといいね・・・」
「・・・そうだな」
短く答えるヴィーゲル、その視線は遥か彼方・・・世界の果てを見ているかのようだった。
(ひょっとしたら先生は、その人にもう一度会いたくて吟遊詩人をしているのもかも知れない・・・)
彼らの旅路が、どこかで再び交わる事を祈らずにはいられないマユミであった。
・・・・・・
「げ・・・」
前を歩いていたヴィーゲルが急に立ち止まった。
・・・女神の酒樽亭の前で、エレスナーデが仁王立ちして待っていたのだ。
怒りの表情を浮かべ、ヴィーゲルを睨んでいる。
「ヴィーゲル、うちのマユミを傷物にしてくれたらしいわね・・・」
エレスナーデは殺気すら放っていた・・・どうやら何か勘違いしているらしい。
指に傷を負わせた、という意味では合っているのだが・・・
「ま、待て!とりあえず話をだな・・・」
「このケダモノ!覚悟なさい!」
「ナーデ、こんな所で魔法はダメだよ!」
二人はたっぷりと時間をかけてエレスナーデを説得するのだった・・・
「はい、ヴィーゲル先生は来てますか?」
すっかり馴染みつつある女神の酒樽亭・・・その日、マユミは一人でここに来ていた。
海外の都市と同程度・・・マユミはこの街の治安をそう判断した、中世にしては水準が高い。
一人であちこち歩き回るならともかく、馬車を使って直接この店と往復する分には護衛は必要ない・・・マユミのその主張にエレスナーデは反対したが、今日は彼女も何か用事があるらしく、それが終わったら合流すると言っていた。
(ナーデは心配性だなー・・・それとも私の危機感が足りない?)
ここ数日でマユミはこの店の客達をすっかり信用していた・・・みんな気さくな良い人ばかりだ。
そして何よりここにはリタがいる、彼女がいる限りこの店は安全だと言い切れた。
「おいヴィーゲル、かわいい愛弟子ちゃんのご到着だぞ」
「みなさん、今日もうるさくしちゃいますけど、よろしくお願いします」
「おう、師匠もあんまりいじめるなよ」
そんな客達の声にも動じる事なく、視線だけマユミに向けるヴィーゲル。
マユミも客達に声を掛けながらそちらに向かう・・・すっかり慣れたものである。
「ヴィーゲル先生、お願いします」
「5、7、2」
ポロロン
出会い頭にヴィーゲルの口から発せられた数字・・・これに対してマユミは、すかさず対応する弦を弾いてみせる。
・・・ヴィーゲルはにやりと笑った。
「しっかり練習してきたようだな」
「発声練習のついで程度ですが・・・」
「充分だ、まだ出来ることも限られているしな」
ヴィーゲルは満足そうに笑った。
自発的に練習するやつは覚えが早い・・・マユミは教え甲斐のある生徒だった。
「548、1345、1、2、7462432」
前回とは少し違う・・・速度、リズムを変え、緩急をつけて指示を出してくる・・・
それは時にフェイントのようであり、マユミはたびたび間違えながらも必死に食いついていく・・・
(あ・・・この練習って・・・)
この練習を続けていくうちにマユミは気付いた・・・先程からヴィーゲルからの指示が特定のメロディラインになっている。
最初のうちは間違えるのが多くて気付かなかったのだ、だが一度も間違わずにこの速度、このテンポで正確に弾ければ・・・
「ふ・・・気付いたか」
「は、はい・・・でもいいんですか?」
(たしか、私が楽器に馴染んだらって話だったような・・・)
マユミがそう思った時、速度が上がった。
ハイペースについていけずにまた間違いが増えてくる・・・しかしマユミはこの速さがこの曲本来の速度であることにも気付いた。
「この練習がミスなくこなせるようになった時にはお前は一曲覚えている・・・俺は一曲教える手間が省けるってわけだ、いい方法だろう?」
「ううぅ・・・難しい・・・」
この後も練習は続く・・・しかし・・・
「痛っ・・・」
マユミが悲痛な声を上げる・・・どうやら弦で指を切ったらしい。
「見せてみろ」
言われるまま腕を伸ばしヴィーゲルに右手を委ねると、彼は慣れた手つきで手当てしてくれた。
「ありがとうございます」
「弦を扱うんだ、こういう事もある・・・これで楽器を弾く分には問題ないはずだが・・・下手をすれば傷跡が残るな」
「そんな気にする程の怪我じゃ・・・」
「いや、お前の手はずいぶんと脆いようだから気を付けた方がいいだろう」
そういえば以前エレスナーデがマユミの手を綺麗だと言っていたが・・・彼は脆弱と捉えたようだ。
「そもそもお前は素手で弾かない方がいいかも知れないな・・・よし、ついて来い」
そう言って彼が向かったのは革細工職人の工房だった。
職人を一人捕まえると何やら指示をする。
しばらくすると職人がマユミの方にやって来てその腕をつかんだ。
「はい、ちょっとおとなしくしててくれよ」
「えっ・・・な、何?・・・」
職人は革材をマユミの右手に当てると、印をつけていく・・・
作業は手際よく進み、マユミはすぐ解放されたが・・・いかつい職人に腕を摑まれるというのはなかなか怖かった。
やがて革の手袋が完成する・・・ヴィーゲルは職人に金を払うと、手袋をマユミに手渡した。
「これからはこれを着けて弾くといいだろう」
「貰っちゃって良いんですか?」
「師匠だしな・・・大事に使えよ」
「はい、ありがとうございます」
さっそくマユミは手袋を右手に・・・だが包帯を巻いた指が入らなかった。
「馬鹿、怪我が治ってからだ」
怒られた。
とりあえず手袋を身に着けるのは諦め、ヴィーゲルの後を追って歩く・・・
(そういえば、ヴィーゲル先生にも師匠みたいな人はいるのかな?)
せっかくだから聞いてみることにした。
「俺の師匠か?」
「はい、やっぱりそういう人がいたんですか?」
「そうだな、ずいぶん昔の話になるが・・・」
そう言って、彼は語りだした・・・
ヴィーゲルは北方の国のとある村に生まれた。
その村は降雪量が多く、冬になると雪に埋まってしまうという。
マユミの地元はそれ程でもないが、日本にもそういう地域があるという話はマユミも知っている。
「だから村には砦のような大きくて頑丈な建築物があって、冬になると皆でそこに籠って過ごすんだ」
「春が来るまでずっと?・・・大変そう」
「ああ、過酷だぞ、限られた食料をやり繰りして春まで食いつなぐわけだしな・・・
何よりの問題は変化のない生活だ、皆だんだん気が滅入ってイライラしてくるようになる。
そんな厳しい時期の村へ迷い込んできた馬鹿がいたんだ・・・」
・・・その年は収穫量も少なく、旅人の処遇には意見が割れた。
旅人もまた自分の置かれた立場は理解していたらしく、村の判断に委ねたという。
そういった理由もあって大人達が旅人と距離を置く中、暇を持て余していた村の子供達は見知らぬ人物に興味深々だった。
当時のヴィーゲルもまたその一人である。
「その旅人は見ていた俺達に気付いたんだろう、楽器を取り出して・・・歌ったんだ。
・・・あの歌は、今でもはっきりと覚えている」
「その人が師匠・・・なんだね?」
「まあな、歌に感動した俺達は色んな事を教わった・・・あいつは腹を空かせていたから、俺達の分の食料を持ち寄って食わせた・・・その年の冬はあっという間だったよ」
もちろん体感の話だ、その旅人・・・吟遊詩人がもたらした変化にあふれる生活は、彼らにとってどれだけ早く感じられたことだろう・・・
「春が来ると、あいつはすぐ旅立っていったよ・・・今もこの世界のどこかで旅を続けているんだろう」
「どこかでその人にまた会えるといいね・・・」
「・・・そうだな」
短く答えるヴィーゲル、その視線は遥か彼方・・・世界の果てを見ているかのようだった。
(ひょっとしたら先生は、その人にもう一度会いたくて吟遊詩人をしているのもかも知れない・・・)
彼らの旅路が、どこかで再び交わる事を祈らずにはいられないマユミであった。
・・・・・・
「げ・・・」
前を歩いていたヴィーゲルが急に立ち止まった。
・・・女神の酒樽亭の前で、エレスナーデが仁王立ちして待っていたのだ。
怒りの表情を浮かべ、ヴィーゲルを睨んでいる。
「ヴィーゲル、うちのマユミを傷物にしてくれたらしいわね・・・」
エレスナーデは殺気すら放っていた・・・どうやら何か勘違いしているらしい。
指に傷を負わせた、という意味では合っているのだが・・・
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