英雄じゃなくて声優です!

榛名

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第29話 旅立ちです出航です船酔いです

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エレスナーデの手配した船が到着したその翌日・・・
マユミ達は「女神の酒樽亭」にやってきていた。

まだ昼前だというのに店内には大勢の客が詰め掛けていた、今日これから港街へと出立するマユミを見送るため・・・でもあるのだが、それだけではない。

「うわぁ・・・こんなに集まってくれたんだ・・・」
「ここ最近はアンタもうちの看板娘みたいなものだったからね」

本物の看板娘であるリタが出迎える・・・するとマユミの姿に気付いた客達が一斉に・・・道を空けた。
まるでモーゼが海を割ったかの如く、満員の店内・・・その中央に通り道が出来る。

「ええっ?!」
「ほら、行ってやりな・・・みんなこの日を楽しみにしてたんだ」

リタに背中を押されマユミは進んだ・・・いつもならヴィーゲルがいるその、吟遊詩人の位置へ・・・

「ええと、みなさん今日は私のために集まってくれてありがとうございます」

「おう、マユミちゃんがやるって聞いて駆け付けたぜ」
「こんなめでたい日に仕事なんてやってらんねぇよなぁ」
「おいおい、ここにいるやつらはみんな怠け者か?」
「ハハッ違えねぇ!」
客達から歓声が上がる・・・ある者は前日までに今日の分の仕事をこなし、ある者は自らの店を臨時休業し、またある者は謎の奇病?で職場を休んでこの店に来ていた。

「私は今日これから港町オルトレマーナに旅立つのですが、その前になんとか師匠のお墨付きを頂けました、ヴィーゲル先生ありがとうございます」

そう言ってマユミはヴィーゲルの方へ頭を下げる・・・今日ばかりはヴィーゲルも客席だ。

「では、始めますね・・・本日語るのは恋の話です、なんか王都で人気の話だそうですよ」

そう前置きして楽器を構える・・・木製の竪琴はすっかりマユミの手に馴染んでいた。
今日は右手の手袋を外していた・・・影響はあまりないのだが、本番はやはり素手の方が良いとマユミは判断したのだ。

ポロロン・・・綺麗な高音の音色が鳴り響く・・・

「彼女の名前はマリー、とある貴族の令嬢・・・なのですが、その性格はおしとやかとは程遠く・・・ドレスなんて窮屈だと言って男物の服を着て馬を乗り回したり、野を駆け回って兎を捕まえたり・・・まるで男の子のようだと評判でした」

そしてマユミが語り始める。
男勝りなじゃじゃ馬令嬢が王子に恋をして、彼の気を惹くために可愛い女の子になろうと努力する話である。
最初は飾り気のない少年のような声で、話が進むにつれて恋する乙女の可愛らしい声に・・・徐々に変化していくマユミの声に客達は魅了されていく・・・そして・・・

「今の着飾った君は美しい、でも僕は本当の君が見たいんだ」
「ああ・・・でも私は怖いのです・・・」

王子から少女へ、少女から王子へ・・・声を切り替える度に客達が息を飲む。
マユミは元々声が高いので男役の声は苦手なのだが・・・先日のパンプルの一件でマユミ以外に誰も彼女の性別を見抜けなかった事が、マユミに自信というか一種の安心感を与えていた。

(大丈夫、ここの人達にはこれでも充分男に聞こえるんだ・・・)

自信を持って堂々とやる、これもまた女性が男役をやる時に効果的だと言われている。
かつてのマユミは声質もそうなのだが、その自信のなさがマイナスに働いていたのだろう。
マユミの王子声を、エレスナーデやリタなどの女性陣が惚れ惚れと聞いていた。

そして物語は佳境に入る・・・王子に男勝りな自分を見せる事を怖がっていた主人公だったが、王子の命を狙って暗殺者が差し向けられたのだ。
二人とも殺そうとする暗殺者から自分を庇おうとする王子の姿に、彼女は勇気を振り絞り、非力な少女と油断していた暗殺者を殴り倒してしまうのである。

「ああ・・・こんな野蛮な姿を見せてしまった・・・きっと王子様には嫌われてしまう・・・でも、王子様が無事でよかった」

悲嘆にくれた彼女は王子の元を離れ、屋敷へ引き籠ってしまう。
こんな自分でも王子を守る事が出来た・・・それだけを胸にこれから生きていこう・・・そんな彼女の元に王子が迎えに来るのだ。

「本当の君は強く、美しい・・・きっと僕はそんな君の強さに惹かれたんだ」
「王子様・・・」

そして物語はハッピーエンドで幕を閉じ・・・マユミの竪琴が鳴り止んだ。

「やっぱりすげえよマユミちゃん!」
「その声どこから出してるんだ?」
「演奏も良かったぞ」
「ふ・・・師匠が良いからな」

店内に響く拍手と歓声・・・マユミ初のソロ公演は好評だったようだ。
師匠のヴィーゲルも満足そうにしている。

「ふぅ・・・うまくいってよかった・・・」

そんな客達の反応を見て胸を撫でおろす。
そして師匠の前でポカをやらずに済んだ事に安堵するマユミだった。

「お疲れ様マユミちゃん、かっこよかったわよ、もうマユミちゃんが男だったらアタシ絶対惚れてる」

リタもまた男勝りな少女として感じる所があったのだろう、いつもより少々テンションが高く、マユミに抱き着いてきた。

「いたいいたいいたい、リタさんその力で抱き着かないでください、私死んじゃいます」
「おっと、ごめん、でも本当に良かったよ・・・帰ってきたらまたここでやっておくれ」
「はい、必ず・・・」

(ちゃんと無事に帰ってきて、そしてまたここで新しい話を披露しよう・・・)

そう心に誓うマユミ・・・そして・・・

「良い『歌』だった・・・もうお前に教える事は何もないな」
「ヴィーゲル先生・・・」
「これで俺も安心して旅立てる、旅は俺たち吟遊詩人の糧だ・・・お前もしっかり学んで来い」
「はい・・・また会えますよね?」
「ああ・・・またここで、な」

こうしてヴィーゲルは旅立っていった・・・師匠は北へ、弟子は南へ・・・
まったくの逆方向だが、いつか再び出会うだろう。

リタ達ともしばしの別れを告げ、マユミとエレスナーデは船着き場へ向かう・・・もうすぐ船を出す時間だ。


船着き場ではゲオルグが船に荷物を運んでいた・・・さすがはお嬢様、なかなかの荷物量だ。
ゲオルグは護衛という形で付き添うことになっているが実質、荷物持ちの召使い代わりかも知れない。

「ごめんなさい、騎士のゲオルグさんにこんなことまでしてもらっちゃって・・・」
「さすがに大人数で行くと変に目立ってしまいますからね、仕方ありません」
「私、自分で持てる分は持ちますから、あまり無理しないでくださいね」
「お気遣い感謝します」

とは言え、マユミの力ではろくに持てないだろう・・・そんな荷物量だった。
マユミ達が船に乗り込んだのを確認すると船頭の男が船を動かす・・・いよいよ出航だ。

見慣れてきた街並みが遠ざかっていく・・・果たして、この船が進む先にはどんな光景が待っているのだろうか・・・
そんな風に思いを馳せるマユミだったが、数時間後・・・そんな風景を楽しむ余裕などなくなっていた。

「ううぅ・・・気持ち悪いぃ・・・」

船酔いである。
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