英雄じゃなくて声優です!

榛名

文字の大きさ
38 / 90

第38話 重たい銅貨です

しおりを挟む
店に押し寄せてくる客を捌きながら『海猫亭』の店主バクストンは、行列の方をちらちらと見ていた。

彼の予想通り、マユミは店の前の行列を相手に歌っているようだ。
彼女は誰のアドバイスもなしにちゃんとこの方法に辿り着いたのだ、客達の為に絨毯を用意するという配慮はヴィーゲルにはなかった・・・そこは女性ならではといったところか。

(世間知らずの嬢ちゃんかとも思ったが、あいつの弟子っていうのも伊達じゃないってわけだ・・・)

「ごちそうさん、金は置いてくぜ」
「おう、また食いに来てくれよ」

食事を終えた最初の客が席を立った。
その後に続くように続々と客が食べ終わっていく・・・そしてテーブルが空けば、次の客を入れる事が出来るのだ。

「テーブルが空いたんで、次でお待ちのお客さんどうぞ」
「あ、ああ・・・そうか」

やっと自分の番が来たというのに、その客は歯切れ悪く答える・・・マユミの話に引き込まれつつあった所を現実に引き戻された、といったところか。

(せっかくがんばってる所を悪いが、こっちも商売だからな・・・すまんな嬢ちゃん)

「そっちのお客さんもどうぞ」
「くそ・・・これからって時に・・・」
「なんなら他のお客さんに順番を譲りますかい?」
「いや、そうも言ってられねえや・・・仕方ねぇ」

しぶしぶといった感じで並んでいた客達が店に入っていく・・・名残惜しそうにマユミの方を見ながら。
結局、客達はいつまでもマユミの話を聞いていられない、という点は店の中でも外でも変わらないのだ。
列の後ろの方にいた客は最後まで聞けるだろうが、大半の客は途中退場を余儀なくされるだろう。

(さぁどうする?ヴィーゲルのやつは上手い事話を短く調整して、最初の方のやつらも満足させていたが・・・)

未練がましくゆっくり進む客達の背中を押してやりつつ、マユミの様子をちらりと伺う・・・すると、マユミと目が合った。

「?!」

マユミがその向きを変えたのだ。
今まで順番待ちの客達の方にまっすぐ向いていたのが、今度は店の方へと・・・そして・・・

「ああ、今頃お義母様達は綺麗なドレスを着て舞踏会を楽しんでいるのでしょう!けれども、私は一人ここに取り残されている、ああ誰か、私はここにいるわ!」

・・・マユミの芝居が変わった。
その声が大きくなり、台詞は大袈裟に・・・しかしはっきりとしていて聞き取りやすい喋りだった。

(これは・・・まさか外から店の中に・・・)

そのまさかである。
マユミの声は注文が飛び交う店内でもしっかりと聞き取る事が出来た。
先程断念したその続きが聞けるとあって、客達は食事をしながらその声に耳を傾ける。

そして外の客達もまた、マユミが向きを変えたことでその声量を真正面から受けることなく、程々の音量で聞く事が出来ていた。
少々大袈裟な芝居も、妙に味があるのか不快に感じる事はなかった。

やがて再び客が入れ替わり始めるが、店内でも続きが聞けるとあって客達は安心して店内へ進んでいく。
そして出てきた客の方はマユミを囲むように位置取り、その続きを聞くのであった。


・・・その光景を前に、エレスナーデは先程のマユミとのやり取りを思い出していた。

『今回は前とちょっと違うことをするつもりなんだ・・・』

(マユミは、確かにそう言っていた・・・)

今回、衣装替えをやらなかったのは、服がもったいないというだけではなかったのだ。
店内からではそれを見る事が出来ない・・・店内と外で客に差を付けたくなかったのだろう。

・・・そしてゲオルグも、かつてマユミが言っていたことを思い出していた。

『声だけであらゆるものを表現し、演じ、人の心を動かし、感動を与える・・・』

(それが、声優・・・まさしくマユミ殿は今、声だけで表現している・・・)

マユミの言っていた声優というものが少しだけ理解できた・・・そんな気がするゲオルグであった。


そしてちょうど列の最後にいた客が食べ終わるタイミングで、物語は幕を閉じたのであった。

「シンデレラは王子様と結ばれ、二人は幸せに暮らしました・・・これで、おしまいです」

そして最後に竪琴が、これまでマユミの声量にかき消されていたその存在を主張するかのように鳴り響き・・・静寂が訪れた。

・・・・・・

パチパチパチ・・・

その静寂を打ち破った拍手の音は・・・店主バクストンだった。

その拍手にエレスナーデが、ゲオルグが、そして客達が加わり・・・やがて喝采に包まれたのである。

「いや、見事だお嬢ちゃん・・・ヴィーゲルのやつめ、とんでもない弟子を育てたもんだ」
「ありがとうございます、本当に私なんてまだまだで・・・先生ならもっと・・・」

バクストンとマユミが話していると、客達からもマユミに声が掛かった。

「面白かったぜ、まさか最後まで聞けるとは思わなかった・・・金はこの絨毯に置いてくぜ」
「そうだな、それがいい・・・今日は最高の日だったよお嬢ちゃん」
「お前ら、けちけちすんなよ」
「お前こそな」

絨毯の上に銅貨の山が、あっという間に出来上がっていった・・・
客達はまたすぐに仕事があるらしく、騒がしく船へと帰って行った。

「なんだか慌ただしい人達でしたね・・・」
「あいつらはな、半ば奴隷みたいなもんで、飯を食う時間もろくに与えられてないんだ・・・」
「えっ・・・」
「港に船が停泊して、積荷を運び出し・・・次の荷物が来るまでのわずかな時間だけがあいつらの自由にできる時間でな・・・その時間内で腹いっぱい食えるように、俺はここで飯屋をやってるってわけよ」
「そんな・・・」
「別にあいつらだけじゃないぞ、昨日のは別の船の乗組員だしな・・・大っぴらには出来ないが、中には本物の奴隷もいる・・・ここらじゃそういう話も珍しくもないのさ」
「・・・」

・・・あまりの事実にマユミは絶句するしかなかった。
さっきまであんなに楽しそうに騒いでいた人達の顔とまったく結びつかなかった。

・・・奴隷のような契約に縛られ自由な時間もない、そんな彼らの為にバクストンは港の目と鼻の先のこの地に店を構えているのだ・・・行列にもなるわけである・・・

「ひょっとして、ヴィーゲル先生が毎日ここで歌ったのも・・・」
「さあな、あいつの頭の中はあいつにしかわからん・・・だが、あの頃は順番待ちで苛立った客がしょっちゅう諍いを起こしててな・・・あいつの歌にはずいぶんと助けられたもんだ・・・」

当時を思い出しているのか、懐かしそうに語るバクストン・・・それを聞いてマユミは思う。
ヴィーゲルも同じ事を思ったに違いないと・・・彼らを見て放っておけなかったのだと・・・

「このお金・・・私が貰ってしまって良いのかな・・・」
「別に遠慮なんてしなくていい、お嬢ちゃんはあいつらの限られた自由を彩ってやったんだ・・・立派な仕事っぷりだったぜ」

絨毯に積み上げられた銅貨の山が、今のマユミにはひどく重く感じられた・・・
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

処理中です...