英雄じゃなくて声優です!

榛名

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第38話 重たい銅貨です

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店に押し寄せてくる客を捌きながら『海猫亭』の店主バクストンは、行列の方をちらちらと見ていた。

彼の予想通り、マユミは店の前の行列を相手に歌っているようだ。
彼女は誰のアドバイスもなしにちゃんとこの方法に辿り着いたのだ、客達の為に絨毯を用意するという配慮はヴィーゲルにはなかった・・・そこは女性ならではといったところか。

(世間知らずの嬢ちゃんかとも思ったが、あいつの弟子っていうのも伊達じゃないってわけだ・・・)

「ごちそうさん、金は置いてくぜ」
「おう、また食いに来てくれよ」

食事を終えた最初の客が席を立った。
その後に続くように続々と客が食べ終わっていく・・・そしてテーブルが空けば、次の客を入れる事が出来るのだ。

「テーブルが空いたんで、次でお待ちのお客さんどうぞ」
「あ、ああ・・・そうか」

やっと自分の番が来たというのに、その客は歯切れ悪く答える・・・マユミの話に引き込まれつつあった所を現実に引き戻された、といったところか。

(せっかくがんばってる所を悪いが、こっちも商売だからな・・・すまんな嬢ちゃん)

「そっちのお客さんもどうぞ」
「くそ・・・これからって時に・・・」
「なんなら他のお客さんに順番を譲りますかい?」
「いや、そうも言ってられねえや・・・仕方ねぇ」

しぶしぶといった感じで並んでいた客達が店に入っていく・・・名残惜しそうにマユミの方を見ながら。
結局、客達はいつまでもマユミの話を聞いていられない、という点は店の中でも外でも変わらないのだ。
列の後ろの方にいた客は最後まで聞けるだろうが、大半の客は途中退場を余儀なくされるだろう。

(さぁどうする?ヴィーゲルのやつは上手い事話を短く調整して、最初の方のやつらも満足させていたが・・・)

未練がましくゆっくり進む客達の背中を押してやりつつ、マユミの様子をちらりと伺う・・・すると、マユミと目が合った。

「?!」

マユミがその向きを変えたのだ。
今まで順番待ちの客達の方にまっすぐ向いていたのが、今度は店の方へと・・・そして・・・

「ああ、今頃お義母様達は綺麗なドレスを着て舞踏会を楽しんでいるのでしょう!けれども、私は一人ここに取り残されている、ああ誰か、私はここにいるわ!」

・・・マユミの芝居が変わった。
その声が大きくなり、台詞は大袈裟に・・・しかしはっきりとしていて聞き取りやすい喋りだった。

(これは・・・まさか外から店の中に・・・)

そのまさかである。
マユミの声は注文が飛び交う店内でもしっかりと聞き取る事が出来た。
先程断念したその続きが聞けるとあって、客達は食事をしながらその声に耳を傾ける。

そして外の客達もまた、マユミが向きを変えたことでその声量を真正面から受けることなく、程々の音量で聞く事が出来ていた。
少々大袈裟な芝居も、妙に味があるのか不快に感じる事はなかった。

やがて再び客が入れ替わり始めるが、店内でも続きが聞けるとあって客達は安心して店内へ進んでいく。
そして出てきた客の方はマユミを囲むように位置取り、その続きを聞くのであった。


・・・その光景を前に、エレスナーデは先程のマユミとのやり取りを思い出していた。

『今回は前とちょっと違うことをするつもりなんだ・・・』

(マユミは、確かにそう言っていた・・・)

今回、衣装替えをやらなかったのは、服がもったいないというだけではなかったのだ。
店内からではそれを見る事が出来ない・・・店内と外で客に差を付けたくなかったのだろう。

・・・そしてゲオルグも、かつてマユミが言っていたことを思い出していた。

『声だけであらゆるものを表現し、演じ、人の心を動かし、感動を与える・・・』

(それが、声優・・・まさしくマユミ殿は今、声だけで表現している・・・)

マユミの言っていた声優というものが少しだけ理解できた・・・そんな気がするゲオルグであった。


そしてちょうど列の最後にいた客が食べ終わるタイミングで、物語は幕を閉じたのであった。

「シンデレラは王子様と結ばれ、二人は幸せに暮らしました・・・これで、おしまいです」

そして最後に竪琴が、これまでマユミの声量にかき消されていたその存在を主張するかのように鳴り響き・・・静寂が訪れた。

・・・・・・

パチパチパチ・・・

その静寂を打ち破った拍手の音は・・・店主バクストンだった。

その拍手にエレスナーデが、ゲオルグが、そして客達が加わり・・・やがて喝采に包まれたのである。

「いや、見事だお嬢ちゃん・・・ヴィーゲルのやつめ、とんでもない弟子を育てたもんだ」
「ありがとうございます、本当に私なんてまだまだで・・・先生ならもっと・・・」

バクストンとマユミが話していると、客達からもマユミに声が掛かった。

「面白かったぜ、まさか最後まで聞けるとは思わなかった・・・金はこの絨毯に置いてくぜ」
「そうだな、それがいい・・・今日は最高の日だったよお嬢ちゃん」
「お前ら、けちけちすんなよ」
「お前こそな」

絨毯の上に銅貨の山が、あっという間に出来上がっていった・・・
客達はまたすぐに仕事があるらしく、騒がしく船へと帰って行った。

「なんだか慌ただしい人達でしたね・・・」
「あいつらはな、半ば奴隷みたいなもんで、飯を食う時間もろくに与えられてないんだ・・・」
「えっ・・・」
「港に船が停泊して、積荷を運び出し・・・次の荷物が来るまでのわずかな時間だけがあいつらの自由にできる時間でな・・・その時間内で腹いっぱい食えるように、俺はここで飯屋をやってるってわけよ」
「そんな・・・」
「別にあいつらだけじゃないぞ、昨日のは別の船の乗組員だしな・・・大っぴらには出来ないが、中には本物の奴隷もいる・・・ここらじゃそういう話も珍しくもないのさ」
「・・・」

・・・あまりの事実にマユミは絶句するしかなかった。
さっきまであんなに楽しそうに騒いでいた人達の顔とまったく結びつかなかった。

・・・奴隷のような契約に縛られ自由な時間もない、そんな彼らの為にバクストンは港の目と鼻の先のこの地に店を構えているのだ・・・行列にもなるわけである・・・

「ひょっとして、ヴィーゲル先生が毎日ここで歌ったのも・・・」
「さあな、あいつの頭の中はあいつにしかわからん・・・だが、あの頃は順番待ちで苛立った客がしょっちゅう諍いを起こしててな・・・あいつの歌にはずいぶんと助けられたもんだ・・・」

当時を思い出しているのか、懐かしそうに語るバクストン・・・それを聞いてマユミは思う。
ヴィーゲルも同じ事を思ったに違いないと・・・彼らを見て放っておけなかったのだと・・・

「このお金・・・私が貰ってしまって良いのかな・・・」
「別に遠慮なんてしなくていい、お嬢ちゃんはあいつらの限られた自由を彩ってやったんだ・・・立派な仕事っぷりだったぜ」

絨毯に積み上げられた銅貨の山が、今のマユミにはひどく重く感じられた・・・
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