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第40話 公演前日です
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翌朝、この日も練習の為に地下室へ降りるマユミを昨日と同じ兵士が出迎えた。
・・・名前はバートと言うらしい。
水属性の人口が多いヴァレスティナ王国では、火の魔術を扱える者は希少だという。
それは、彼のように魔力に恵まれない者であっても同様だった。
「もしも私に魔術の才があれば、炎術師として優遇されていたのでしょうが・・・しかし、おかげでマユミ様の警護という、とてもおいしい仕事を得られましたので、今では満足しています」
「そんな、大袈裟な・・・」
「いえいえ、こうして職務中に椅子に座ってマユミ様の歌をじっくり独り占め出来る・・・というのは役得以外の何物でもありませんよ」
「あくまで練習ですし・・・バートさんも、もし見ていて何か気付いた事があったら指摘してくださいね」
「新たな任務ですね、しかしそれはなかなか・・・」
芝居に関しては素人のバートだ、プロであるマユミの仕事に口など挟めるはずもなく・・・
むしろ彼からしたらマユミの全ての演技が完璧に見えて仕方ない。
しかし、マユミの演技力向上の為には何か見つけなければ・・・
そう思うと段々とあら探しのような見方になってしまい・・・それが申し訳なくなった彼は、結局何も言う事が出来なかった。
「うーん・・・やはり私には荷が重かったようです、マユミ様の演技は文句の付け所がない素晴らしい出来だと思います」
「や、私も無理を言ってすいません・・・あと褒めてくれてありがとうございます」
マユミも申し訳ないやら照れくさいやらで大変だった。
でもやはり、こういう事は同業者でないと良い意見を貰えそうにない。
(今度ミーアちゃんに聞いてもらおうかな・・・でも今は忙しいか・・・)
もうすぐ公演が始まる大事な時期だ、今は練習に専念させてあげなければ。
最終日の後にでも頼んでみよう・・・そう決意するマユミだった。
朝食の時間、マユミは伯爵に『海猫亭』で見た船の事を尋ねてみる事にした。
すると伯爵は快く答えてくれた。
「それは間違いなく伯爵家保有のガレー船ですね、全部で20隻程あるのですが・・・平時は専属の魔術師と共に商人達に貸し与えて、海洋交易に使ってもらっています」
レマーナ式ガレーと呼ばれる伯爵家保有のその船は、水の魔術による運用を想定して設計された高性能なガレー船である。
ガレー船の弱点である耐波性を水の魔術で補い、安定した船体は余すところなく櫂力を受けて進む・・・その直進力は群を抜いて速く、風の影響も受けない為この港町の海洋交易の主力として活躍していた。
「船員達の待遇については貸出先の商人達に一任しています、奴隷の使用については王国法で禁止してはいますが・・・」
そこで伯爵は表情を曇らせる・・・法の網を掻い潜って不正を働く輩も多いのだろう。
奴隷が禁止されているのも王国と一部の国だけなので、あちらの国で合法とされれば、国際問題となるのでなかなか手を出しにくいというのもあった。
「それが陸の上であれば明確に違法として罰する事も出来るのですが・・・なかなかうまくいってないという有様ですね・・・」
「なんか色々大変なんですね・・・がんばってください」
「ありがとう・・・ではがんばってくるとするよ」
そう言って伯爵はまた出掛けて行った・・・ちなみに先日のアビダスの商会もまた伯爵家から船を借り入れて商売をしているらしい。
(やはり・・・という所ね・・・)
エレスナーデは静かに食事を終える・・・
あの様子では船員達をこき使って、あくどく稼いでいたとしても不思議はない。
「マユミ、今日はゲオルグに別の仕事があって、護衛につけられないのだけれど・・・」
「そうなんだ・・・今日は特に買い物もないし大丈夫だと思うよ」
もうすっかり荷物持ちとして認識されているゲオルグだった。
その後マユミは『海猫亭』『エプレ』と二軒で仕事を行い、どちらも好評を得た。
この二軒は客層も被らないので、とても効率的に稼ぐ事が出来る。
エプレでの仕事を終えた後、マユミ達はしばらく『エプレ』でくつろぐ事になった。
・・・店長のエウロンが二人に奢ってくれると言うので、せっかくだからと甘えたのだ。
席に着いてしばらく待つと、香ばしい香りが漂ってくる。
「はい、うちの特製タルトよ、甘くて美味しいって評判なの」
「うわぁ・・・ありがとう」
タルトを運んできたエプレ・・・そういえばエレスナーデと同じ金色の髪だ。
「あの服、ナーデも似合いそうだね・・・ちょっと見てみたいかも」
「それいい!私も見てみたい!・・・予備のがあるから一度着てみませんか?」
マユミのその一言にエプレも乗ってきた。
サイズも若干余裕がありそうなので着るのに問題はなさそうだった。
「そ、そうかしら・・・マユミが歌っている間、お店を手伝うべきかとは思っていたけれど・・・」
「え、さすがにそこまではしなくていいですよ」
「でもお店は混むし、私も特にやる事がないので・・・それくらいはやっても良いのだけれど・・・」
エプレは遠慮こそしたものの、一人であの客を捌くのは大変そうだ。
そしてエレスナーデも服が気に入ったのか妙にやる気になっていた。
「本当かい?悪いね、助かるよ」
肝心の店長は二つ返事で許可をくれた、実際人手不足を感じていたのだろう。
かくして、マユミが来ている時限定ではあるものの『エプレ』に新たな看板娘が誕生したのであった。
その帰り道、大通りでは椋鳥一座が宣伝を行っていた・・・どうやら明日が公演初日らしい。
初回とあってか前売りのチケットを販売しているらしかった。
「マユミ!」
マユミの姿を見つけたミーアが駆け寄ってくる、主演である彼女もチケット売りをしているようだ。
「ミーアちゃん、いよいよ本番なんだね」
「うん」
ミーアは嬉しそうに笑顔を見せている、こうしていると年相応の少女だ。
そういえばこの子に以前一度会っていた事をエレスナーデは思い出した。
「たしか、マユミのお友達だったわね・・・エレスナーデよ」
「れ・・・す・・・なで?」
「ふふっ、ナーデでいいわ」
「なーで」
「そう、ナーデよ、よろしくね」
そう言いながらエレスナーデはミーアの頭を撫でる・・・やはり『年下には甘い』というジーブスの見立ては間違いないようだ。
「じゃあ前売りのチケットをもらおうかな・・・」
と、ここでマユミは思い出す・・・かつての、養成所時代の話だ。
声優を目指すなら舞台をやれ・・・初期の声優が舞台役者からのスカウトが多かった事に由来する話からか、そういう事を言って声優の卵を舞台へ勧誘してくる人間がそこそこいる。
マユミはとにかく声優がやりたくて必死だったので断っていたのだが、養成所の仲間の何人かは舞台に参加するようになった・・・その時の話である。
チケットノルマ・・・出演する役者自らがその公演のチケットを売りさばくことを義務付けられた制度がある。
出演する舞台によってまちまちだが、数千円のチケットを数十枚、売れなかった分は全て自分で買い取らねばならず、その仲間達は毎回それに苦労していたのだ。
彼らに泣きつかれたマユミが全公演日分を買ってあげた事もあったが・・・さすがに毎回のチケット代が馬鹿にならないので、マユミは次第に彼らと疎遠になっていった。
マユミが東京に来てからも度々彼らの公演のお誘いがメールで届いたが、もはやその内容の確認もすることもない・・・
今、マユミ達の前でチケットを売り歩いている団員達・・・ひょっとしたら彼らもノルマを課せられているのかも知れない・・・もちろんミーアも・・・
となれば、マユミがすることは一つだ。
「ミーアちゃん、一番値段の高いチケットってあるかな?・・・一番良い席で見たいんだ」
「銀貨・・・2枚だけど・・・大丈夫?」
「うん、大丈夫・・・ほら、銀貨2枚あるでしょう?」
「・・・ありがとう」
銀貨2枚・・・マユミの今日の稼ぎで充分払える金額だ。
「なら私もいただこうかしら、ああそういえばゲオルグの分もいるわね・・・はい、銀貨4枚」
「・・・本当にいいの?」
「ええ、その分しっかりやりなさい」
こくり。
「じゃあまた明日ね、がんばってー」
「うん、がんばる」
手を振りながら去っていくマユミ達・・・その方向をずっと見つめるミーアだった。
しかし・・・
(なによ、あの小娘、調子に乗っちゃって・・・)
一座の看板女優であるビレッタ・・・彼女は嫉妬深い目でミーアを見ていた。
これまでの公演では彼女がヒロイン役を演じていたのだ。
座長がどこかから拾ってきたこの小娘を彼女は快く思っていなかった・・・
今はまだいい、彼女は幼く知恵も回らない・・・『見た目だけ』という評価はあながち間違いではなかった・・・だが数年後、美しく成長したミーアは間違いなく看板女優の座を物にするだろう・・・その時ビレッタの居場所はなくなってしまう・・・
『今回の公演次第でミーアを売り飛ばす』・・・座長のその決定は正に渡りに船だったのだが・・・
(まさか、こんなことになるなんて・・・)
金持ちのパトロンを捕まえたミーアはすっかり座長のお気に入りだ・・・なんとかしなければ・・・
マユミ達を見送りながら無邪気に微笑むミーア・・・そんな彼女とは対照的に、ビレッタは表情を歪めるのだった。
・・・名前はバートと言うらしい。
水属性の人口が多いヴァレスティナ王国では、火の魔術を扱える者は希少だという。
それは、彼のように魔力に恵まれない者であっても同様だった。
「もしも私に魔術の才があれば、炎術師として優遇されていたのでしょうが・・・しかし、おかげでマユミ様の警護という、とてもおいしい仕事を得られましたので、今では満足しています」
「そんな、大袈裟な・・・」
「いえいえ、こうして職務中に椅子に座ってマユミ様の歌をじっくり独り占め出来る・・・というのは役得以外の何物でもありませんよ」
「あくまで練習ですし・・・バートさんも、もし見ていて何か気付いた事があったら指摘してくださいね」
「新たな任務ですね、しかしそれはなかなか・・・」
芝居に関しては素人のバートだ、プロであるマユミの仕事に口など挟めるはずもなく・・・
むしろ彼からしたらマユミの全ての演技が完璧に見えて仕方ない。
しかし、マユミの演技力向上の為には何か見つけなければ・・・
そう思うと段々とあら探しのような見方になってしまい・・・それが申し訳なくなった彼は、結局何も言う事が出来なかった。
「うーん・・・やはり私には荷が重かったようです、マユミ様の演技は文句の付け所がない素晴らしい出来だと思います」
「や、私も無理を言ってすいません・・・あと褒めてくれてありがとうございます」
マユミも申し訳ないやら照れくさいやらで大変だった。
でもやはり、こういう事は同業者でないと良い意見を貰えそうにない。
(今度ミーアちゃんに聞いてもらおうかな・・・でも今は忙しいか・・・)
もうすぐ公演が始まる大事な時期だ、今は練習に専念させてあげなければ。
最終日の後にでも頼んでみよう・・・そう決意するマユミだった。
朝食の時間、マユミは伯爵に『海猫亭』で見た船の事を尋ねてみる事にした。
すると伯爵は快く答えてくれた。
「それは間違いなく伯爵家保有のガレー船ですね、全部で20隻程あるのですが・・・平時は専属の魔術師と共に商人達に貸し与えて、海洋交易に使ってもらっています」
レマーナ式ガレーと呼ばれる伯爵家保有のその船は、水の魔術による運用を想定して設計された高性能なガレー船である。
ガレー船の弱点である耐波性を水の魔術で補い、安定した船体は余すところなく櫂力を受けて進む・・・その直進力は群を抜いて速く、風の影響も受けない為この港町の海洋交易の主力として活躍していた。
「船員達の待遇については貸出先の商人達に一任しています、奴隷の使用については王国法で禁止してはいますが・・・」
そこで伯爵は表情を曇らせる・・・法の網を掻い潜って不正を働く輩も多いのだろう。
奴隷が禁止されているのも王国と一部の国だけなので、あちらの国で合法とされれば、国際問題となるのでなかなか手を出しにくいというのもあった。
「それが陸の上であれば明確に違法として罰する事も出来るのですが・・・なかなかうまくいってないという有様ですね・・・」
「なんか色々大変なんですね・・・がんばってください」
「ありがとう・・・ではがんばってくるとするよ」
そう言って伯爵はまた出掛けて行った・・・ちなみに先日のアビダスの商会もまた伯爵家から船を借り入れて商売をしているらしい。
(やはり・・・という所ね・・・)
エレスナーデは静かに食事を終える・・・
あの様子では船員達をこき使って、あくどく稼いでいたとしても不思議はない。
「マユミ、今日はゲオルグに別の仕事があって、護衛につけられないのだけれど・・・」
「そうなんだ・・・今日は特に買い物もないし大丈夫だと思うよ」
もうすっかり荷物持ちとして認識されているゲオルグだった。
その後マユミは『海猫亭』『エプレ』と二軒で仕事を行い、どちらも好評を得た。
この二軒は客層も被らないので、とても効率的に稼ぐ事が出来る。
エプレでの仕事を終えた後、マユミ達はしばらく『エプレ』でくつろぐ事になった。
・・・店長のエウロンが二人に奢ってくれると言うので、せっかくだからと甘えたのだ。
席に着いてしばらく待つと、香ばしい香りが漂ってくる。
「はい、うちの特製タルトよ、甘くて美味しいって評判なの」
「うわぁ・・・ありがとう」
タルトを運んできたエプレ・・・そういえばエレスナーデと同じ金色の髪だ。
「あの服、ナーデも似合いそうだね・・・ちょっと見てみたいかも」
「それいい!私も見てみたい!・・・予備のがあるから一度着てみませんか?」
マユミのその一言にエプレも乗ってきた。
サイズも若干余裕がありそうなので着るのに問題はなさそうだった。
「そ、そうかしら・・・マユミが歌っている間、お店を手伝うべきかとは思っていたけれど・・・」
「え、さすがにそこまではしなくていいですよ」
「でもお店は混むし、私も特にやる事がないので・・・それくらいはやっても良いのだけれど・・・」
エプレは遠慮こそしたものの、一人であの客を捌くのは大変そうだ。
そしてエレスナーデも服が気に入ったのか妙にやる気になっていた。
「本当かい?悪いね、助かるよ」
肝心の店長は二つ返事で許可をくれた、実際人手不足を感じていたのだろう。
かくして、マユミが来ている時限定ではあるものの『エプレ』に新たな看板娘が誕生したのであった。
その帰り道、大通りでは椋鳥一座が宣伝を行っていた・・・どうやら明日が公演初日らしい。
初回とあってか前売りのチケットを販売しているらしかった。
「マユミ!」
マユミの姿を見つけたミーアが駆け寄ってくる、主演である彼女もチケット売りをしているようだ。
「ミーアちゃん、いよいよ本番なんだね」
「うん」
ミーアは嬉しそうに笑顔を見せている、こうしていると年相応の少女だ。
そういえばこの子に以前一度会っていた事をエレスナーデは思い出した。
「たしか、マユミのお友達だったわね・・・エレスナーデよ」
「れ・・・す・・・なで?」
「ふふっ、ナーデでいいわ」
「なーで」
「そう、ナーデよ、よろしくね」
そう言いながらエレスナーデはミーアの頭を撫でる・・・やはり『年下には甘い』というジーブスの見立ては間違いないようだ。
「じゃあ前売りのチケットをもらおうかな・・・」
と、ここでマユミは思い出す・・・かつての、養成所時代の話だ。
声優を目指すなら舞台をやれ・・・初期の声優が舞台役者からのスカウトが多かった事に由来する話からか、そういう事を言って声優の卵を舞台へ勧誘してくる人間がそこそこいる。
マユミはとにかく声優がやりたくて必死だったので断っていたのだが、養成所の仲間の何人かは舞台に参加するようになった・・・その時の話である。
チケットノルマ・・・出演する役者自らがその公演のチケットを売りさばくことを義務付けられた制度がある。
出演する舞台によってまちまちだが、数千円のチケットを数十枚、売れなかった分は全て自分で買い取らねばならず、その仲間達は毎回それに苦労していたのだ。
彼らに泣きつかれたマユミが全公演日分を買ってあげた事もあったが・・・さすがに毎回のチケット代が馬鹿にならないので、マユミは次第に彼らと疎遠になっていった。
マユミが東京に来てからも度々彼らの公演のお誘いがメールで届いたが、もはやその内容の確認もすることもない・・・
今、マユミ達の前でチケットを売り歩いている団員達・・・ひょっとしたら彼らもノルマを課せられているのかも知れない・・・もちろんミーアも・・・
となれば、マユミがすることは一つだ。
「ミーアちゃん、一番値段の高いチケットってあるかな?・・・一番良い席で見たいんだ」
「銀貨・・・2枚だけど・・・大丈夫?」
「うん、大丈夫・・・ほら、銀貨2枚あるでしょう?」
「・・・ありがとう」
銀貨2枚・・・マユミの今日の稼ぎで充分払える金額だ。
「なら私もいただこうかしら、ああそういえばゲオルグの分もいるわね・・・はい、銀貨4枚」
「・・・本当にいいの?」
「ええ、その分しっかりやりなさい」
こくり。
「じゃあまた明日ね、がんばってー」
「うん、がんばる」
手を振りながら去っていくマユミ達・・・その方向をずっと見つめるミーアだった。
しかし・・・
(なによ、あの小娘、調子に乗っちゃって・・・)
一座の看板女優であるビレッタ・・・彼女は嫉妬深い目でミーアを見ていた。
これまでの公演では彼女がヒロイン役を演じていたのだ。
座長がどこかから拾ってきたこの小娘を彼女は快く思っていなかった・・・
今はまだいい、彼女は幼く知恵も回らない・・・『見た目だけ』という評価はあながち間違いではなかった・・・だが数年後、美しく成長したミーアは間違いなく看板女優の座を物にするだろう・・・その時ビレッタの居場所はなくなってしまう・・・
『今回の公演次第でミーアを売り飛ばす』・・・座長のその決定は正に渡りに船だったのだが・・・
(まさか、こんなことになるなんて・・・)
金持ちのパトロンを捕まえたミーアはすっかり座長のお気に入りだ・・・なんとかしなければ・・・
マユミ達を見送りながら無邪気に微笑むミーア・・・そんな彼女とは対照的に、ビレッタは表情を歪めるのだった。
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