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12 小糸とエンカウント
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夜霧の家から離れた祐一が帰途を歩いていると、前方から運動着の女子小学生が走ってきた――近づいたら、小学生ではなく、小糸だとわかる。
半袖ハーフパンツ。黒地に水色のラインやロゴが入った、上下お揃いのデザインだ。
そこから伸びる手足はほとんど日焼けしていない。バスケは屋内だが、陸上は外。まだ五月とはいえ、日差しが強い日もある。しっかり日焼け止めを使っているのだろう。
「およ? 祐一くんじゃないですか」
小糸が祐一に気付き、そのまま祐一に向かって走ってくる。短いボブカットの髪が、一歩踏み出すごとにふわりと揺れた。
真正面で足を止めて、祐一を見上げるようにして口を開いた。
「こんなとこで会うなんて、奇遇ですね」
「有明さん、ランニング中?」
「はい、今日は部活が休みでしたので」
返事とともに人懐っこい笑みを浮かべる小糸。走っていた直後なので多少息が弾んでいるものの、涼しい表情だ。
「へえ、頑張ってるんだ。偉いね」
「いえいえ、日課ですので。今日の祐一くん、なんだか機嫌が良さそうかも?」
小糸が小首を傾げる。
「なにか良いことありましたか?」
「ああ、あったかも」
「そうなんですか。あ、立ち話もなんですし、公園にでも寄っていきませんか?」
「そうするか。あ、何か飲み物飲むか? 奢るよ」
「いいんですか? ありがとうございますっ」
自販機で、飲み物を買う。小糸は小さいサイズのスポーツドリンク、祐一は缶コーヒーを選んだ。
そしてオレンジ色の空の下、公園のベンチに二人並んで座る。
小糸がペットボトルの蓋を捻る。パリっと開封音が鳴った。祐一もコーヒーを開ける。
「それで、何があったんですか?」
「いや、さっき景村さんと会ったんだけどさ、俺の言葉にちゃんと返事してくれたり、話題振ってくれたり……少しは打ち解けてきたのかなって」
「へえ、あの夜霧ちゃんが……。それは確かにすごい進歩ですね」
小糸がペットボトルに口をつけて喉を鳴らす。
祐一もつられてコーヒーを口に含んだ。
「でも、夜霧ちゃんと仲良くなったーって喜んでたら、あやかぽん嫉妬しちゃうんじゃないですか?」
「いや、綾香に頼まれてるんだ。夜霧と仲良くしてって。男子が苦手なのを克服させたいらしい」
祐一の言葉を受けて、小糸は小さな呟きを漏らした。
「まったく……あやかぽんのお人好し……。自分からライバル作ってどうするのさ……」
「ん? 何だ?」
小糸の言葉を聞き取れなかった祐一が訊き返す。
「いえいえ、なんでもないです」
小糸が誤魔化すように首を横に振った。
「夜霧ちゃん、人見知りなだけじゃなくて、男子苦手なんですね。私てっきり、祐一くんがなにかやらかして、それで祐一くんとは話しにくいのかと思ってました」
「なっ、心外な。何もしてねーよ」
「そうですか? でも、祐一くん、結構天然といいますか、思わせぶりなところありますから」
「は、天然?」
「こうやって女の子にジュース奢ってるところとか」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、下から祐一を見上げる小糸。
そんな小糸を祐一はジト目で見た。
「まあ、祐一くんの心の中はあやかぽんが占領してますからねー」
「な、そんなこと……」
「あ、やっぱりこういう発言には動揺するんですねっ」
小糸がクスクスと可愛らしい笑い声をあげる。
からかわれた祐一は顔が赤くなったのを誤魔化すように、手元の缶コーヒーに視線を落とした。
そして、話題を無理矢理転換させた。
「そう言えば、有明さんってバスケ部と陸上部の掛け持ちだったよな? 大変だろ?」
「んー、大変かと訊かれれば、まあ大変ですけど。でも、どちらも好きなので、楽しんでますよっ」
小糸は晴れやかな顔で空を見上げた。真っ赤な夕焼けが瞳を輝かせた。
数秒そうした後、視線を祐一に戻す。
「祐一くんは部活やらないんですか?」
「ああ。今はバイトしてるし」
「バイトですかー。どこでバイトですか?」
「CDショップ」
「へえ……私も、もし部活にはいってなかったら、ウエイトレスさんとかやってみたいですね」
「メイド喫茶か?」
「お帰りなさいませ、ご主人様……って、違いますよ、ファミレスとかです」
「どっちにしろ、きっと看板娘になるな」
「ここでも一番! 大繁盛間違いなしですねっ」
軽口を叩いてひと笑いした後、小糸はペットボトルを勢いよく煽る。中身が空になった。
「でもまあ、高校生の内は部活三昧ですかねー」
「業界の損失だ」
「かもですね」
笑って小糸が立ち上がった。
数回、屈伸運動をした後。
「それじゃ、私、そろそろ行きますね」
「ああ。頑張れよ」
「はい! ジュース、ありがとうございましたー!」
祐一に手を振って、小糸は再び走り始めた。頑張る後ろ姿は、それでもやっぱり小さかった。
半袖ハーフパンツ。黒地に水色のラインやロゴが入った、上下お揃いのデザインだ。
そこから伸びる手足はほとんど日焼けしていない。バスケは屋内だが、陸上は外。まだ五月とはいえ、日差しが強い日もある。しっかり日焼け止めを使っているのだろう。
「およ? 祐一くんじゃないですか」
小糸が祐一に気付き、そのまま祐一に向かって走ってくる。短いボブカットの髪が、一歩踏み出すごとにふわりと揺れた。
真正面で足を止めて、祐一を見上げるようにして口を開いた。
「こんなとこで会うなんて、奇遇ですね」
「有明さん、ランニング中?」
「はい、今日は部活が休みでしたので」
返事とともに人懐っこい笑みを浮かべる小糸。走っていた直後なので多少息が弾んでいるものの、涼しい表情だ。
「へえ、頑張ってるんだ。偉いね」
「いえいえ、日課ですので。今日の祐一くん、なんだか機嫌が良さそうかも?」
小糸が小首を傾げる。
「なにか良いことありましたか?」
「ああ、あったかも」
「そうなんですか。あ、立ち話もなんですし、公園にでも寄っていきませんか?」
「そうするか。あ、何か飲み物飲むか? 奢るよ」
「いいんですか? ありがとうございますっ」
自販機で、飲み物を買う。小糸は小さいサイズのスポーツドリンク、祐一は缶コーヒーを選んだ。
そしてオレンジ色の空の下、公園のベンチに二人並んで座る。
小糸がペットボトルの蓋を捻る。パリっと開封音が鳴った。祐一もコーヒーを開ける。
「それで、何があったんですか?」
「いや、さっき景村さんと会ったんだけどさ、俺の言葉にちゃんと返事してくれたり、話題振ってくれたり……少しは打ち解けてきたのかなって」
「へえ、あの夜霧ちゃんが……。それは確かにすごい進歩ですね」
小糸がペットボトルに口をつけて喉を鳴らす。
祐一もつられてコーヒーを口に含んだ。
「でも、夜霧ちゃんと仲良くなったーって喜んでたら、あやかぽん嫉妬しちゃうんじゃないですか?」
「いや、綾香に頼まれてるんだ。夜霧と仲良くしてって。男子が苦手なのを克服させたいらしい」
祐一の言葉を受けて、小糸は小さな呟きを漏らした。
「まったく……あやかぽんのお人好し……。自分からライバル作ってどうするのさ……」
「ん? 何だ?」
小糸の言葉を聞き取れなかった祐一が訊き返す。
「いえいえ、なんでもないです」
小糸が誤魔化すように首を横に振った。
「夜霧ちゃん、人見知りなだけじゃなくて、男子苦手なんですね。私てっきり、祐一くんがなにかやらかして、それで祐一くんとは話しにくいのかと思ってました」
「なっ、心外な。何もしてねーよ」
「そうですか? でも、祐一くん、結構天然といいますか、思わせぶりなところありますから」
「は、天然?」
「こうやって女の子にジュース奢ってるところとか」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、下から祐一を見上げる小糸。
そんな小糸を祐一はジト目で見た。
「まあ、祐一くんの心の中はあやかぽんが占領してますからねー」
「な、そんなこと……」
「あ、やっぱりこういう発言には動揺するんですねっ」
小糸がクスクスと可愛らしい笑い声をあげる。
からかわれた祐一は顔が赤くなったのを誤魔化すように、手元の缶コーヒーに視線を落とした。
そして、話題を無理矢理転換させた。
「そう言えば、有明さんってバスケ部と陸上部の掛け持ちだったよな? 大変だろ?」
「んー、大変かと訊かれれば、まあ大変ですけど。でも、どちらも好きなので、楽しんでますよっ」
小糸は晴れやかな顔で空を見上げた。真っ赤な夕焼けが瞳を輝かせた。
数秒そうした後、視線を祐一に戻す。
「祐一くんは部活やらないんですか?」
「ああ。今はバイトしてるし」
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「CDショップ」
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「メイド喫茶か?」
「お帰りなさいませ、ご主人様……って、違いますよ、ファミレスとかです」
「どっちにしろ、きっと看板娘になるな」
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軽口を叩いてひと笑いした後、小糸はペットボトルを勢いよく煽る。中身が空になった。
「でもまあ、高校生の内は部活三昧ですかねー」
「業界の損失だ」
「かもですね」
笑って小糸が立ち上がった。
数回、屈伸運動をした後。
「それじゃ、私、そろそろ行きますね」
「ああ。頑張れよ」
「はい! ジュース、ありがとうございましたー!」
祐一に手を振って、小糸は再び走り始めた。頑張る後ろ姿は、それでもやっぱり小さかった。
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