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30 進展
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結局、綾香との関係は停滞したまま――なかなか先に進むきっかけを得られない。
一度先へ進む決心をした祐一だったが、幼馴染みという居心地の良い関係から先に進むことは、想像していたよりも難しいことだった。
祐一より先に行動を起こしたのは夜霧だった。
「祐一くん……」
放課後、小さな声で背後から名前を呼ばれ、振り返る。そこには夜霧の姿があった。現在、綾香も小糸も教室にいない。
「……ちょっとお話が、あります……一緒に来てもらえますか……?」
真剣な瞳。出会った頃に比べて、祐一の目を見て話すことが多くなった。
「ああ」
断る理由はない。祐一は夜霧についていく。
廊下を進み、階段を上る――女の子の後ろを付いていくのは、なんだか少しむず痒い。何を話したらいいのか、何を考えてたらいいのかわからなくなる。
歩幅が小さいから、時間が長く感じる――。
三階より上の段に足を踏み入れ、目的地がはっきりとする。放課後の屋上――その場所はまだ知らない空気に満ちている、と祐一は思った。
階段を登り切り、夜霧がドアを開ける。
外に出る。心地よい微風が頬を撫でた。
「それで、話って?」
祐一の方から切り出す。
それに反応して、夜霧が祐一の方に振り返る。二本のお下げ髪が揺れた。
「……祐一くん。今週末……空いてますか……?」
「……? 土曜なら。日曜はバイト」
答えると、夜霧は一つ深呼吸をし。
「今週……妹たちと、映画を……見に行くんです……。それで、あの……祐一くんも……どう、かなって……」
祐一は少し間を開ける。
考えたのは夜霧と――綾香のことだ。
夜霧の妹、弟と一緒だとはいえ、夜霧の様子を見ると、これはデートのお誘いかもしれない。
もしそうなのだとしたら、この時点で断るべきなのかもしれない――本当に綾香のことを思うのなら。
けれど、綾香は夜霧と仲良くして欲しいと言った。
それもまた、綾香の望みだ。
どう返事をするのが正しいのか……。
風の音が思考を急かしてくる。
「……ああ、オーケーだ」
その返事を聞いて、夜霧は息を吐き出す。
表情が柔らかくなった。
夜霧がこういう表情をしていると、祐一も安心する。
ずっと、こういう表情をしていて欲しい。
夜霧だって、大切な友達だ。できるだけ、傷つけたくない。
「で、何見るんだ?」
「あ、えっと……」
夜霧が口にしたのは世界的に有名なアニメスタジオの新作だった。
これまで、子供でも大人でも楽しめる作品を多く残している。
「おお、それは俺も見たかった。それで――」
祐一は努めて当たり前のことのように言葉を続けた。
「――綾香ももう誘ったのか?」
瞬間、夜霧の眉が少しだけ震えた。
「いえ……」
答える声は小さい。けれど、祐一はそれに気付かないふりをして。
「じゃあ、俺から誘っとくな」
それだけ言って、祐一は夜霧に背中を向ける。
その背中に夜霧は声をかけられなかった――。
♢
その夜。
夕飯の席で、祐一は夜霧に映画に誘われたことを、綾香に話した。
「それで、綾香も一緒に行かないか?」
「でも、それじゃあきりちゃんに悪いし……」
歯切れの悪い綾香の返答。瞳には戸惑いの色が浮かんでいる。
夜霧が自分だけを誘おうとしていたことは、祐一にもわかっていた。
綾香には、夜霧と二人きりで出かける関係になるつもりはないと伝えておきたい。
「かもな。でも――」
綾香の瞳を――祐一は真剣な瞳で見据える。
「――俺は綾香と一緒に見に行きたい」
「え……?」
ぽかん、と――あっけにとられたような表情を浮かべる綾香。
そんな綾香に、祐一はもう一度誘いの言葉をかける。
「だから、一緒に行ってくれないか?」
しばしの沈黙のあと。
「わかった。わたしも一緒に行く」
その言葉とともに、綾香は力強く頷き返した。迷いを断ち切るような頷きだった。
一度先へ進む決心をした祐一だったが、幼馴染みという居心地の良い関係から先に進むことは、想像していたよりも難しいことだった。
祐一より先に行動を起こしたのは夜霧だった。
「祐一くん……」
放課後、小さな声で背後から名前を呼ばれ、振り返る。そこには夜霧の姿があった。現在、綾香も小糸も教室にいない。
「……ちょっとお話が、あります……一緒に来てもらえますか……?」
真剣な瞳。出会った頃に比べて、祐一の目を見て話すことが多くなった。
「ああ」
断る理由はない。祐一は夜霧についていく。
廊下を進み、階段を上る――女の子の後ろを付いていくのは、なんだか少しむず痒い。何を話したらいいのか、何を考えてたらいいのかわからなくなる。
歩幅が小さいから、時間が長く感じる――。
三階より上の段に足を踏み入れ、目的地がはっきりとする。放課後の屋上――その場所はまだ知らない空気に満ちている、と祐一は思った。
階段を登り切り、夜霧がドアを開ける。
外に出る。心地よい微風が頬を撫でた。
「それで、話って?」
祐一の方から切り出す。
それに反応して、夜霧が祐一の方に振り返る。二本のお下げ髪が揺れた。
「……祐一くん。今週末……空いてますか……?」
「……? 土曜なら。日曜はバイト」
答えると、夜霧は一つ深呼吸をし。
「今週……妹たちと、映画を……見に行くんです……。それで、あの……祐一くんも……どう、かなって……」
祐一は少し間を開ける。
考えたのは夜霧と――綾香のことだ。
夜霧の妹、弟と一緒だとはいえ、夜霧の様子を見ると、これはデートのお誘いかもしれない。
もしそうなのだとしたら、この時点で断るべきなのかもしれない――本当に綾香のことを思うのなら。
けれど、綾香は夜霧と仲良くして欲しいと言った。
それもまた、綾香の望みだ。
どう返事をするのが正しいのか……。
風の音が思考を急かしてくる。
「……ああ、オーケーだ」
その返事を聞いて、夜霧は息を吐き出す。
表情が柔らかくなった。
夜霧がこういう表情をしていると、祐一も安心する。
ずっと、こういう表情をしていて欲しい。
夜霧だって、大切な友達だ。できるだけ、傷つけたくない。
「で、何見るんだ?」
「あ、えっと……」
夜霧が口にしたのは世界的に有名なアニメスタジオの新作だった。
これまで、子供でも大人でも楽しめる作品を多く残している。
「おお、それは俺も見たかった。それで――」
祐一は努めて当たり前のことのように言葉を続けた。
「――綾香ももう誘ったのか?」
瞬間、夜霧の眉が少しだけ震えた。
「いえ……」
答える声は小さい。けれど、祐一はそれに気付かないふりをして。
「じゃあ、俺から誘っとくな」
それだけ言って、祐一は夜霧に背中を向ける。
その背中に夜霧は声をかけられなかった――。
♢
その夜。
夕飯の席で、祐一は夜霧に映画に誘われたことを、綾香に話した。
「それで、綾香も一緒に行かないか?」
「でも、それじゃあきりちゃんに悪いし……」
歯切れの悪い綾香の返答。瞳には戸惑いの色が浮かんでいる。
夜霧が自分だけを誘おうとしていたことは、祐一にもわかっていた。
綾香には、夜霧と二人きりで出かける関係になるつもりはないと伝えておきたい。
「かもな。でも――」
綾香の瞳を――祐一は真剣な瞳で見据える。
「――俺は綾香と一緒に見に行きたい」
「え……?」
ぽかん、と――あっけにとられたような表情を浮かべる綾香。
そんな綾香に、祐一はもう一度誘いの言葉をかける。
「だから、一緒に行ってくれないか?」
しばしの沈黙のあと。
「わかった。わたしも一緒に行く」
その言葉とともに、綾香は力強く頷き返した。迷いを断ち切るような頷きだった。
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