蒼の箱庭

葎月壱人

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第二章

滑稽

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案内されたのは、長年学園で生活していた綺羅ですら存在を知らない閑静な場所だった。
プラネタリウムを思わせる天井の高いドーム型の中央は一休みできるスペースになっており、それ以外は四方に個々の部屋がある。
本来、来賓の方々が宿泊するフロアとして開放しているのを大会の期間だけ出場者も利用出来るようにしているらしい。
聞いてもいないのに勝手に喋る白椿をそのままに、開かれた個室の扉の中に入ると豪華なホテルの一室が準備万端で客人を待ち構えているみたいだった。
まつ毛を湿らせたまま眠る真白をそっとベッドに横たわらせ、手近にあった椅子に腰を落ち着けながら綺羅は小さく溜息をつき、入り口付近にいる白椿に声を掛けた。

「……まだ何か?」
「んもぅ。きーくんってば本当冷たいんだからぁ!!やーん!本当につれないぃー!!」

えーん、と嘘泣きをしても全然相手にしてくれない綺羅に飽きて、ふくれっ面のまま部屋に入る。そして眠る真白に狙いを変えた。
綺羅の背後から遠目に見ながら、綺羅の耳元に囁く。

「可哀想な真白ちゃん。色々あった上に、知らない事たっくさん聞かされて……びっくりしたでしょうねぇ」

綺羅の金色の瞳が、白椿を捕らえた。

「でもねぇ?この大会、本当に人気があって今更中止とか出来ないし途中棄権とかも無いから大人しく、ね?逃げようだなんて絶対考えちゃだーめって伝えておいて?」

いたずら心から綺羅の頬を人差し指で軽く突いた時だった。

「無用心だね」
「なっ?!」

白椿が気づいた時には遅かった。
首筋から見えたネックレスを簡単に引きちぎられ、大切にしていた赤い南京錠が綺羅の手に渡る。

「返しなさい!!返して!!」

威嚇する猫の様に飛びかかって奪い返そうとしても、綺羅は簡単に身を翻しかわした。
挑発する様に見せびらかせながら、烈火の如く顔を真っ赤にして肩を震わせる白椿に微笑んだ。

「見苦しいと思わない?いつまでも、こんなのに縋ってて」
「……る、さい」
「滑稽だよね」
「五月蝿い!!!」

余裕をなくした絶叫に、綺羅は動じる事なく赤い南京錠を部屋の外へ放り投げた。

「あっ」

弧を描いて落ちてゆく南京錠を追いかけてドタバタと激しい音を立てながら、床に落とす事なくギリギリの所で掴む事に成功した白椿は、勢いそのままに滑りながら倒れた。
戻ってきた南京錠を両手でそっと抱き締めた後、見下す様に部屋の前に立っている綺羅を睨む。

「っ!!綺羅ぁ!!」
「ばいばーい」

白椿の声を真似て、茶目っ気たっぷりに扉を閉め鍵をかけた途端、ドン、と扉を蹴りつける音がした。
扉の向こうから、恨みがましい罵声がするが気にせず部屋の中へ戻る。

「……きら?」

真白が物音で目を覚ましてしまったらしい。
綺羅はそっとベッドに腰を下ろすと虚な真白の瞳に手を被せて視界を暗くする。

「大丈夫。今は、休もう?」

コクリと頷く真白の唇が小さく震えている。

「そばにいてくれる?」
「うん。いるよ、大丈夫だから」

綺羅の言葉に安堵したのか、暫くすると再び寝息が聞こえてきた。
目尻に残る涙の跡を指で拭ってやりながら、綺羅は独りごちた。

「今度こそ、守るから」
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