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第9話「過去との対峙」
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第9話「過去との対峙」
香織との待ち合わせ場所は、都心のカフェだった。平日の午後、人通りの多い場所。香織が選んだ場所だった。
健一と手を繋んでカフェに向かいながら、私の心臓は激しく鼓動していた。
「緊張してる?」健一が聞いた。
「少し」
「僕も緊張してる」
正直な健一が、愛おしかった。
カフェに入ると、窓際の席に一人の女性が座っていた。ウェーブがかった髪、上品な服装。美しい人だった。
「香織」
健一が声をかけると、女性が振り返った。
「健一、久しぶり」
香織は微笑んだ。そして私を見た。
「こちらが恋人の方?」
「佐藤美月です」
「香織です。健一がお世話になってます」
思っていたより穏やかな挨拶だった。
三人でテーブルに着いた。健一が私の隣に座り、香織が向かい側に座る構図。
「美月さん、お仕事は?」
「翻訳の仕事をしています」
「素敵ですね。健一と出会ったきっかけは?」
この質問が来ることは分かっていた。
「共通の友人の紹介です」
用意していた答えを、自然に言えた。
「そうなんですね」香織は健一を見た。「健一、幸せそうね」
「ありがとう」
「私も来月結婚するの。お互い、いい人と出会えてよかった」
表面的には和やかな会話だった。しかし私は、香織が健一を見る目に、まだ特別な感情があることを感じ取っていた。
「実は今日お願いしたのは」香織は少し真剣な表情になった。「結婚式のことなの」
健一の体が少し緊張した。
「僕は出席しないと返事したはずだけど」
「そのことなの。どうして?」
香織の声に、わずかな寂しさがあった。
「過去のことは過去だと思ったから」
「でも、私たちは三年間付き合ったのよ。そんなに簡単に割り切れるもの?」
その言葉に、私の胸がざわめいた。
「香織、僕たちは終わったんだ」
「分かってる。でも友人として、私の門出を祝ってくれても」
「友人として?」健一は首を振った。「無理だと思う」
「どうして無理なの?」
香織の目に涙が浮かんだ。
「まだ私のこと、嫌ってるの?」
「嫌ってなんかいない」健一の声が優しくなった。「でも君を見ると、昔のことを思い出してしまう」
「悪い思い出ばかり?」
健一は答えなかった。
私はその沈黙の意味を理解した。悪い思い出ばかりではない。良い思い出もあるから、辛いのだ。
「健一」私は彼の手を握った。「香織さんの結婚式、出席してもいいのでは?」
二人が驚いて私を見た。
「美月?」健一が困惑している。
「大切な人の人生の節目に立ち会うのは、悪いことじゃないと思います」
「でも君が...」
「私も一緒に行きます」
香織が眉をひそめた。
「美月さん、それは...」
「香織さん、私は健一を信頼しています。過去があろうと、今は私が健一の恋人です」
強い口調で言った。自分でも驚くほど、はっきりと。
「健一の過去を否定するつもりはありません。でも現在と未来は、私と歩んでいくんです」
香織は黙って私を見つめていた。
「分かりました」香織は小さく頷いた。「お二人でいらしてください」
「香織...」健一が困っている。
「いいの。美月さんの言う通りよ。過去は過去、現在は現在」
カフェを出る時、香織が私に小声で言った。
「美月さん、健一を幸せにしてあげてね」
「はい」
「彼、本当に変わったわ。前の健一なら、こんなに素直に恋人を大切にしなかった」
その言葉に、少し驚いた。
「健一は優しい人です」
「優しくて、でも不器用だった」香織は微笑んだ。「でもあなたといると、自然体でいられるのね」
帰り道、健一が運転しながら言った。
「美月、さっきは驚いた」
「どの部分ですか?」
「結婚式に出ようって言ってくれたこと」
「嫌でしたか?」
「嫌じゃない。でも君にとって辛いんじゃないかと思って」
私は正直に答えた。
「辛いです。でも健一が中途半端な気持ちでいる方がもっと辛い」
「中途半端な気持ち?」
「香織さんへの気持ちに、きちんと区切りをつけてほしいんです」
健一は駐車場で車を停めた。
「美月、僕は君を愛してる」
「私も健一を愛してます」
「でも香織への気持ちも、完全になくなったわけじゃない」
その正直さが、痛かった。
「それでも僕が選ぶのは君だ。過去より未来、香織より美月」
健一は私を抱きしめた。
「結婚式に出て、本当に香織との関係に終止符を打つ。君のためにも、僕のためにも」
その夜、一人でマンションに戻ってから、私は長い時間考えていた。
香織は美しく上品で、健一にふさわしい女性に見えた。三年間付き合った深い関係。それに比べて、私と健一の関係はまだ始まったばかり。
しかも最初は恋人代行という契約関係だった。
結婚式で香織を見た時、健一の気持ちは本当に揺れないだろうか。
そんな不安を抱えながら、私は決意を固めた。
結婚式では、堂々と健一の恋人として振る舞おう。恋人代行として培った演技力ではなく、本物の恋人として。
あと二週間。
二週間後に、私たちの関係の真価が問われることになる。
第9話 完
香織との待ち合わせ場所は、都心のカフェだった。平日の午後、人通りの多い場所。香織が選んだ場所だった。
健一と手を繋んでカフェに向かいながら、私の心臓は激しく鼓動していた。
「緊張してる?」健一が聞いた。
「少し」
「僕も緊張してる」
正直な健一が、愛おしかった。
カフェに入ると、窓際の席に一人の女性が座っていた。ウェーブがかった髪、上品な服装。美しい人だった。
「香織」
健一が声をかけると、女性が振り返った。
「健一、久しぶり」
香織は微笑んだ。そして私を見た。
「こちらが恋人の方?」
「佐藤美月です」
「香織です。健一がお世話になってます」
思っていたより穏やかな挨拶だった。
三人でテーブルに着いた。健一が私の隣に座り、香織が向かい側に座る構図。
「美月さん、お仕事は?」
「翻訳の仕事をしています」
「素敵ですね。健一と出会ったきっかけは?」
この質問が来ることは分かっていた。
「共通の友人の紹介です」
用意していた答えを、自然に言えた。
「そうなんですね」香織は健一を見た。「健一、幸せそうね」
「ありがとう」
「私も来月結婚するの。お互い、いい人と出会えてよかった」
表面的には和やかな会話だった。しかし私は、香織が健一を見る目に、まだ特別な感情があることを感じ取っていた。
「実は今日お願いしたのは」香織は少し真剣な表情になった。「結婚式のことなの」
健一の体が少し緊張した。
「僕は出席しないと返事したはずだけど」
「そのことなの。どうして?」
香織の声に、わずかな寂しさがあった。
「過去のことは過去だと思ったから」
「でも、私たちは三年間付き合ったのよ。そんなに簡単に割り切れるもの?」
その言葉に、私の胸がざわめいた。
「香織、僕たちは終わったんだ」
「分かってる。でも友人として、私の門出を祝ってくれても」
「友人として?」健一は首を振った。「無理だと思う」
「どうして無理なの?」
香織の目に涙が浮かんだ。
「まだ私のこと、嫌ってるの?」
「嫌ってなんかいない」健一の声が優しくなった。「でも君を見ると、昔のことを思い出してしまう」
「悪い思い出ばかり?」
健一は答えなかった。
私はその沈黙の意味を理解した。悪い思い出ばかりではない。良い思い出もあるから、辛いのだ。
「健一」私は彼の手を握った。「香織さんの結婚式、出席してもいいのでは?」
二人が驚いて私を見た。
「美月?」健一が困惑している。
「大切な人の人生の節目に立ち会うのは、悪いことじゃないと思います」
「でも君が...」
「私も一緒に行きます」
香織が眉をひそめた。
「美月さん、それは...」
「香織さん、私は健一を信頼しています。過去があろうと、今は私が健一の恋人です」
強い口調で言った。自分でも驚くほど、はっきりと。
「健一の過去を否定するつもりはありません。でも現在と未来は、私と歩んでいくんです」
香織は黙って私を見つめていた。
「分かりました」香織は小さく頷いた。「お二人でいらしてください」
「香織...」健一が困っている。
「いいの。美月さんの言う通りよ。過去は過去、現在は現在」
カフェを出る時、香織が私に小声で言った。
「美月さん、健一を幸せにしてあげてね」
「はい」
「彼、本当に変わったわ。前の健一なら、こんなに素直に恋人を大切にしなかった」
その言葉に、少し驚いた。
「健一は優しい人です」
「優しくて、でも不器用だった」香織は微笑んだ。「でもあなたといると、自然体でいられるのね」
帰り道、健一が運転しながら言った。
「美月、さっきは驚いた」
「どの部分ですか?」
「結婚式に出ようって言ってくれたこと」
「嫌でしたか?」
「嫌じゃない。でも君にとって辛いんじゃないかと思って」
私は正直に答えた。
「辛いです。でも健一が中途半端な気持ちでいる方がもっと辛い」
「中途半端な気持ち?」
「香織さんへの気持ちに、きちんと区切りをつけてほしいんです」
健一は駐車場で車を停めた。
「美月、僕は君を愛してる」
「私も健一を愛してます」
「でも香織への気持ちも、完全になくなったわけじゃない」
その正直さが、痛かった。
「それでも僕が選ぶのは君だ。過去より未来、香織より美月」
健一は私を抱きしめた。
「結婚式に出て、本当に香織との関係に終止符を打つ。君のためにも、僕のためにも」
その夜、一人でマンションに戻ってから、私は長い時間考えていた。
香織は美しく上品で、健一にふさわしい女性に見えた。三年間付き合った深い関係。それに比べて、私と健一の関係はまだ始まったばかり。
しかも最初は恋人代行という契約関係だった。
結婚式で香織を見た時、健一の気持ちは本当に揺れないだろうか。
そんな不安を抱えながら、私は決意を固めた。
結婚式では、堂々と健一の恋人として振る舞おう。恋人代行として培った演技力ではなく、本物の恋人として。
あと二週間。
二週間後に、私たちの関係の真価が問われることになる。
第9話 完
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