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残業帰りの偶然
第4話 夜風と衝動と、閉じたドアの内側で
第4話 夜風と衝動と、閉じたドアの内側で
夜、リビングの時計が十一時を過ぎた頃。
妻はシャワーを終えて、髪を乾かしている。
その音を聞きながら、俺はベランダに出た。
隣の家の窓が、うっすらと明かりを漏らしている。
カーテンの向こうに、ぼんやりと人影。
――由香さん、だろう。
昨日、駅で偶然会って、海辺を一緒に歩いた。
それだけのはずなのに、今日一日、仕事が手につかなかった。
何かが壊れたような、静かな衝動が胸の中で鳴っている。
スマホを開くと、通知がひとつ。
“佐伯由香”の名前が表示された。
文面は、ただひとこと――
《少し話しませんか?》
時計は十一時半。
返事を打つ指が、わずかに震えた。
《今、外にいます》
送信した数分後、隣の玄関が静かに開く音がした。
夏の終わりを告げるような夜風。
街灯の下で、由香さんが立っていた。
淡いベージュのカーディガンに、揺れる髪。
少しだけ視線を逸らしながら、「こんばんは」と言った。
「眠れなくて……」
「俺もです」
言葉はそれだけ。
でも、互いにもう、理由なんて要らなかった。
「うち、誰もいません」
そう呟いた瞬間、彼女の目が揺れた。
俺はその視線を見つめながら、小さく頷いた。
隣家のドアを閉めた途端、世界の音が消えた。
静まり返った部屋、カーテンの隙間から漏れる月の光。
リビングのソファに座り、向かい合う。
距離が、近づいたり、戻ったり。
「……お互い、気づいてるんですよね」
「ええ。多分、だいぶ前から」
由香さんは微笑んだ。
その笑顔が、悲しくて、綺麗だった。
俺たちは、名前も、立場も、全部分かっている。
それでも、止まれなかった。
指先が触れた瞬間、息が混ざった。
罪悪感は、まるで波のように押し寄せ、
けれど同時に、胸の奥で熱が広がる。
――これは裏切りじゃない。
“確かめ合い”だと、どこかで自分に言い聞かせていた。
どれくらい時間が経ったのか、もうわからない。
カーテンの隙間から、朝焼けの光が差し込む。
床に落ちた影が、淡く二人の輪郭を描いていた。
「……朝ですね」
由香さんがそう呟いて、微笑んだ。
俺は何も言えず、ただその頬に触れた。
外から、新聞配達のバイクの音。
日常が、また動き始めていた。
「戻らなきゃ」
「ええ」
玄関までの短い道のりが、やけに長く感じた。
ドアノブを握る手が震える。
最後にもう一度だけ、振り返った。
由香さんは、泣きそうな顔で笑っていた。
――その朝。
ベランダから見えた光景に、息を呑んだ。
隣の家の庭で、俺の妻が洗濯物を干している。
佐伯が、隣で笑っていた。
まるで、何も知らない二人のように。
いや、もしかしたら――互いに知っているのかもしれない。
背中に、太陽の光が刺さる。
罪と快楽の境界線は、
もうとうに、どこにもなかった。
夜、リビングの時計が十一時を過ぎた頃。
妻はシャワーを終えて、髪を乾かしている。
その音を聞きながら、俺はベランダに出た。
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――由香さん、だろう。
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それだけのはずなのに、今日一日、仕事が手につかなかった。
何かが壊れたような、静かな衝動が胸の中で鳴っている。
スマホを開くと、通知がひとつ。
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送信した数分後、隣の玄関が静かに開く音がした。
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淡いベージュのカーディガンに、揺れる髪。
少しだけ視線を逸らしながら、「こんばんは」と言った。
「眠れなくて……」
「俺もです」
言葉はそれだけ。
でも、互いにもう、理由なんて要らなかった。
「うち、誰もいません」
そう呟いた瞬間、彼女の目が揺れた。
俺はその視線を見つめながら、小さく頷いた。
隣家のドアを閉めた途端、世界の音が消えた。
静まり返った部屋、カーテンの隙間から漏れる月の光。
リビングのソファに座り、向かい合う。
距離が、近づいたり、戻ったり。
「……お互い、気づいてるんですよね」
「ええ。多分、だいぶ前から」
由香さんは微笑んだ。
その笑顔が、悲しくて、綺麗だった。
俺たちは、名前も、立場も、全部分かっている。
それでも、止まれなかった。
指先が触れた瞬間、息が混ざった。
罪悪感は、まるで波のように押し寄せ、
けれど同時に、胸の奥で熱が広がる。
――これは裏切りじゃない。
“確かめ合い”だと、どこかで自分に言い聞かせていた。
どれくらい時間が経ったのか、もうわからない。
カーテンの隙間から、朝焼けの光が差し込む。
床に落ちた影が、淡く二人の輪郭を描いていた。
「……朝ですね」
由香さんがそう呟いて、微笑んだ。
俺は何も言えず、ただその頬に触れた。
外から、新聞配達のバイクの音。
日常が、また動き始めていた。
「戻らなきゃ」
「ええ」
玄関までの短い道のりが、やけに長く感じた。
ドアノブを握る手が震える。
最後にもう一度だけ、振り返った。
由香さんは、泣きそうな顔で笑っていた。
――その朝。
ベランダから見えた光景に、息を呑んだ。
隣の家の庭で、俺の妻が洗濯物を干している。
佐伯が、隣で笑っていた。
まるで、何も知らない二人のように。
いや、もしかしたら――互いに知っているのかもしれない。
背中に、太陽の光が刺さる。
罪と快楽の境界線は、
もうとうに、どこにもなかった。
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