1 / 24
第1話「あの雨の日の傘」
しおりを挟む
第1話「あの雨の日の傘」
あの日のこと、いまだにはっきりと覚えている。
最寄り駅に着いた瞬間、ポツポツと落ちてきた雨は、私が改札を出るころには本降りになっていた。あわてて駅前のコンビニに駆け込んだけど、傘はもう売り切れていて……レジ前で立ち尽くしていた私を、何人ものお客さんがすり抜けていった。
そのときだった。
「これ、どうぞ」
ふいに背後から差し出された透明の傘。新品のように綺麗で、たぶん、さっき誰かが手に取ったばかりの最後の一本。
振り向くと、少し年下に見える男性が立っていた。黒縁の眼鏡をかけていて、柔らかな雰囲気。何か言おうとしたけれど、私の口はうまく動かなくて。
「俺、近いんで大丈夫です」
そう言って彼は、にこっと笑って、走り去っていった。
私はしばらくその場から動けなかった。ただ、傘をぎゅっと握りしめて、胸の奥がじんわり温かくなっていた。
お礼が言いたかった。でも、連絡先も名前もわからない。だから私は、あの日から何度か最寄り駅で立ち止まるようになった。きっと彼は近くに住んでいる。偶然また会えたら、そのときこそ……。
でも、時間はあっという間に流れて、季節が少しだけ進んでいた。
そして、あの日。三ヶ月ぶりの雨だった。
駅に着くと、どこか見覚えのある背中があった。コンビニの前、あのときと同じ場所。傘も持たず、ただ空を見上げていた彼。
私は、心臓の鼓動を数えてから、声をかけた。
「……あのっ」
彼は、すぐに私の方を向いて、驚いたように目を丸くした。
「……あっ! エリコさん!」
えっ? なんで私の名前を?
「ほら、カバンに名前のキーホルダーがついてるじゃないですか」
見れば、ほんとだ。私のカバンの端に、職場の人にもらった名入りのキーホルダーがぶら下がっていた。なんだかちょっと恥ずかしい。
「でも……あのときのお礼を……」
「じゃあ、こんどの週末、あそこの居酒屋でご飯行きましょうよ」
急すぎる展開に戸惑う私を見て、彼は笑って続けた。
「じゃあ、次の金曜日の今の時間にここで待ち合わせ。嫌なら来なくても大丈夫です。じゃあ、また」
そう言って、また彼は去っていった。連絡先も、名前も知らないまま。
でも、私は——行きたくなった。彼と話がしたいと思った。
そして、金曜日。
少しだけ早く駅に着いて、そわそわしていた私の目の前に、彼は現れた。
「お疲れ様です。来てくれてありがとう。じゃあ、行きましょう。エリコさん」
「……はい。ケンヤくん」
彼のカバンには、私と同じように、名前のキーホルダーがついていた。
小さな偶然が、私の毎日を少しだけ変えた気がした。
あの日のこと、いまだにはっきりと覚えている。
最寄り駅に着いた瞬間、ポツポツと落ちてきた雨は、私が改札を出るころには本降りになっていた。あわてて駅前のコンビニに駆け込んだけど、傘はもう売り切れていて……レジ前で立ち尽くしていた私を、何人ものお客さんがすり抜けていった。
そのときだった。
「これ、どうぞ」
ふいに背後から差し出された透明の傘。新品のように綺麗で、たぶん、さっき誰かが手に取ったばかりの最後の一本。
振り向くと、少し年下に見える男性が立っていた。黒縁の眼鏡をかけていて、柔らかな雰囲気。何か言おうとしたけれど、私の口はうまく動かなくて。
「俺、近いんで大丈夫です」
そう言って彼は、にこっと笑って、走り去っていった。
私はしばらくその場から動けなかった。ただ、傘をぎゅっと握りしめて、胸の奥がじんわり温かくなっていた。
お礼が言いたかった。でも、連絡先も名前もわからない。だから私は、あの日から何度か最寄り駅で立ち止まるようになった。きっと彼は近くに住んでいる。偶然また会えたら、そのときこそ……。
でも、時間はあっという間に流れて、季節が少しだけ進んでいた。
そして、あの日。三ヶ月ぶりの雨だった。
駅に着くと、どこか見覚えのある背中があった。コンビニの前、あのときと同じ場所。傘も持たず、ただ空を見上げていた彼。
私は、心臓の鼓動を数えてから、声をかけた。
「……あのっ」
彼は、すぐに私の方を向いて、驚いたように目を丸くした。
「……あっ! エリコさん!」
えっ? なんで私の名前を?
「ほら、カバンに名前のキーホルダーがついてるじゃないですか」
見れば、ほんとだ。私のカバンの端に、職場の人にもらった名入りのキーホルダーがぶら下がっていた。なんだかちょっと恥ずかしい。
「でも……あのときのお礼を……」
「じゃあ、こんどの週末、あそこの居酒屋でご飯行きましょうよ」
急すぎる展開に戸惑う私を見て、彼は笑って続けた。
「じゃあ、次の金曜日の今の時間にここで待ち合わせ。嫌なら来なくても大丈夫です。じゃあ、また」
そう言って、また彼は去っていった。連絡先も、名前も知らないまま。
でも、私は——行きたくなった。彼と話がしたいと思った。
そして、金曜日。
少しだけ早く駅に着いて、そわそわしていた私の目の前に、彼は現れた。
「お疲れ様です。来てくれてありがとう。じゃあ、行きましょう。エリコさん」
「……はい。ケンヤくん」
彼のカバンには、私と同じように、名前のキーホルダーがついていた。
小さな偶然が、私の毎日を少しだけ変えた気がした。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる