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第3話「慣れているはずなのに、うまくできない」
第3話「慣れているはずなのに、うまくできない」
朝の光で目が覚めた。
カーテンの隙間から差し込む白い光が、ホテルの天井を淡く照らしている。
隣を見ると、彼女はまだ眠っていた。
規則正しい寝息。肩にかかった髪が、昨夜よりも無防備で、少しだけ幼く見える。
——変だな。
こういう朝は、何度も経験してきたはずだった。
一夜限り。名前も覚えていないことだってあった。
なのに今回は、胸の奥がざわついて、目を閉じても落ち着かない。
昨夜のことを思い返す。
ぎこちなかった。
自分でも驚くほど、ぎこちなかった。
緊張なんて、今さらするものじゃない。
でも、彼女の指が触れた瞬間、頭が真っ白になった。
慣れた手順をなぞるような、軽い夜になるはずだったのに。
彼女は、急かさなかった。
間が空いても、何も言わずに待ってくれた。
その優しさが、逆にプレッシャーになった。
「……大丈夫ですよ」
小さくそう言われたとき、胸の奥がきゅっと縮んだ。
大丈夫じゃないのは、俺のほうだった。
ちゃんとできているふり。
余裕のある男のふり。
それが、なぜか通用しなかった。
「ごめん」
思わず口にした言葉に、彼女は少し驚いた顔をして、それから首を振った。
「謝ること、何もないです」
その言い方が、妙に大人で。
なのに、抱きしめたときの体温は、温かくて、生々しくて。
一晩を過ごして、朝を迎えた。
それだけのことのはずなのに。
彼女が、ゆっくり目を開ける。
「……おはよう」
寝起きの声。
それだけで、また胸がざわつく。
「おはよう」
間の抜けた返事しかできない自分が情けない。
しばらく、何も言わずに天井を見つめた。
沈黙が、気まずいようで、でも壊したくない。
「……昨日」
彼女が先に口を開いた。
「気にしないでくださいね」
何を、とは言わなかった。
でも、分かってしまう。
「……気にしてるのは、俺です」
正直に言うと、彼女は少しだけ微笑んだ。
「私、慣れてる人より、不器用な人のほうが好きかもしれません」
冗談みたいな口調。
でも、目は真剣だった。
それ以上、何も言えなくなった。
シャワーを浴びて、身支度をして。
チェックアウトの時間が、やけに早く感じる。
部屋を出る直前、彼女が振り返る。
「……これで、終わり、ですよね」
確認するような声。
昨夜、彼女が言っていた言葉と同じ。
「……そうですね」
そう答えながら、喉の奥が詰まる。
エレベーターの中、並んで立つ。
肩が触れそうで、触れない距離。
一階に着いて、ロビーに出たところで、彼女が立ち止まった。
「じゃあ……」
別れの言葉を、彼女は飲み込んだ。
そのときだった。
ポケットの中のスマホを、無意識に握りしめている自分に気づいた。
軽い気持ちで、連絡先を聞けばいい。
今までなら、何も考えずにやっていたこと。
でも、なぜか躊躇した。
聞いたら、終われなくなる気がした。
聞かなかったら、後悔する気もした。
「……あの」
自分でも驚くくらい、声が低くなった。
「連絡先、交換しませんか」
彼女は一瞬、目を丸くして、それから、ふっと笑った。
「……はい」
それだけで、胸の奥が少し軽くなる。
名前を入力して、スマホを返す。
その指先が、ほんの一瞬、触れた。
ただそれだけのことで、心臓が跳ねる。
外に出ると、朝の空気は思ったより冷たかった。
それぞれ、違う方向に歩き出す。
数歩進んでから、振り返ると、彼女もこちらを見ていた。
目が合って、軽く手を振る。
それだけ。
なのに。
——これで終わりじゃない。
根拠のない確信が、胸の奥に残ったままだった。
朝の光で目が覚めた。
カーテンの隙間から差し込む白い光が、ホテルの天井を淡く照らしている。
隣を見ると、彼女はまだ眠っていた。
規則正しい寝息。肩にかかった髪が、昨夜よりも無防備で、少しだけ幼く見える。
——変だな。
こういう朝は、何度も経験してきたはずだった。
一夜限り。名前も覚えていないことだってあった。
なのに今回は、胸の奥がざわついて、目を閉じても落ち着かない。
昨夜のことを思い返す。
ぎこちなかった。
自分でも驚くほど、ぎこちなかった。
緊張なんて、今さらするものじゃない。
でも、彼女の指が触れた瞬間、頭が真っ白になった。
慣れた手順をなぞるような、軽い夜になるはずだったのに。
彼女は、急かさなかった。
間が空いても、何も言わずに待ってくれた。
その優しさが、逆にプレッシャーになった。
「……大丈夫ですよ」
小さくそう言われたとき、胸の奥がきゅっと縮んだ。
大丈夫じゃないのは、俺のほうだった。
ちゃんとできているふり。
余裕のある男のふり。
それが、なぜか通用しなかった。
「ごめん」
思わず口にした言葉に、彼女は少し驚いた顔をして、それから首を振った。
「謝ること、何もないです」
その言い方が、妙に大人で。
なのに、抱きしめたときの体温は、温かくて、生々しくて。
一晩を過ごして、朝を迎えた。
それだけのことのはずなのに。
彼女が、ゆっくり目を開ける。
「……おはよう」
寝起きの声。
それだけで、また胸がざわつく。
「おはよう」
間の抜けた返事しかできない自分が情けない。
しばらく、何も言わずに天井を見つめた。
沈黙が、気まずいようで、でも壊したくない。
「……昨日」
彼女が先に口を開いた。
「気にしないでくださいね」
何を、とは言わなかった。
でも、分かってしまう。
「……気にしてるのは、俺です」
正直に言うと、彼女は少しだけ微笑んだ。
「私、慣れてる人より、不器用な人のほうが好きかもしれません」
冗談みたいな口調。
でも、目は真剣だった。
それ以上、何も言えなくなった。
シャワーを浴びて、身支度をして。
チェックアウトの時間が、やけに早く感じる。
部屋を出る直前、彼女が振り返る。
「……これで、終わり、ですよね」
確認するような声。
昨夜、彼女が言っていた言葉と同じ。
「……そうですね」
そう答えながら、喉の奥が詰まる。
エレベーターの中、並んで立つ。
肩が触れそうで、触れない距離。
一階に着いて、ロビーに出たところで、彼女が立ち止まった。
「じゃあ……」
別れの言葉を、彼女は飲み込んだ。
そのときだった。
ポケットの中のスマホを、無意識に握りしめている自分に気づいた。
軽い気持ちで、連絡先を聞けばいい。
今までなら、何も考えずにやっていたこと。
でも、なぜか躊躇した。
聞いたら、終われなくなる気がした。
聞かなかったら、後悔する気もした。
「……あの」
自分でも驚くくらい、声が低くなった。
「連絡先、交換しませんか」
彼女は一瞬、目を丸くして、それから、ふっと笑った。
「……はい」
それだけで、胸の奥が少し軽くなる。
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それだけ。
なのに。
——これで終わりじゃない。
根拠のない確信が、胸の奥に残ったままだった。
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