隣に座っただけの未来

山田森湖

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第10話「助手席で、恋に気づいた」

第10話「助手席で、恋に気づいた」


彼の車に乗るのは、これで三回目だった。

「ドライブでも行く?」
そう言われたとき、胸が少し跳ねたのを、私は必死に隠した。

付き合っているわけじゃない。
恋人でもない。
ただ、よく会って、よく話して、よく一緒に眠るだけの関係。

それなのに、助手席に座るとき、私は無意識に背筋を伸ばしてしまう。

「シート、寒くない?」
「大丈夫。ありがとう」

たったそれだけの会話なのに、心臓の音がうるさい。

窓の外は、少し郊外に出たせいか、建物が減って空が広い。
コンビニで買ったコーヒーを片手に、彼はハンドルを握っている。

横顔を盗み見る。

真剣な顔。
仕事のときと同じ、少し眉間にしわが寄った表情。

——あ、だめだ。

そう思った瞬間、胸の奥が、きゅっと締めつけられた。

「……なに?」

視線に気づいたのか、彼がちらっとこちらを見る。

「なんでもない」

慌てて前を向く。
でも、心の中では、はっきりとした言葉が浮かんでしまっていた。

好きかもしれない。

否定しようとすればするほど、証拠ばかりが増えていく。

会えない日は、スマホを何度も見てしまう。
返信が来ると、それだけで一日が少し明るくなる。
一緒にいない時間でも、彼のことを考えている。

これって、もう。

「……ねえ」

私が声をかけると、彼は少し驚いたように「ん?」と返した。

「今、楽しい?」

聞いてから、なんて面倒くさい質問をしたんだろうと思った。
でも、取り消せない。

「楽しいよ」

即答だった。

「なんで?」

「なんでって……」

少し考えてから、彼は照れたように笑った。

「一緒にいて、楽だから」

その一言が、胸に落ちてきた。

嬉しい。
でも同時に、怖い。

もし私だけが、こんなふうに気持ちを大きくしていたら。
この関係が、壊れてしまったら。

目的地に着いたのは、川沿いの小さな公園だった。
ベンチに座って、しばらく何も話さず、流れる水を眺める。

沈黙が、気まずくない。

それが、もう特別だ。

「……泊まっていく?」

彼が、こちらを見ずに言った。

心臓が跳ねる。

「うん」

答えは、決まっていた。

ホテルに入ると、いつもより少し緊張している自分に気づく。
服を脱ぐ動作一つひとつが、妙に意識される。

キスは、いつもよりゆっくりだった。

触れる前に、確かめるみたいに、唇が重なる。
舌が絡むと、頭がぼんやりして、力が抜ける。

「……かわいい」

耳元でそう囁かれて、身体が熱くなる。

——そんなこと、言わないで。

心が追いついてしまう。

ベッドに倒されて、服の上から抱き寄せられる。
彼の体温が、じわじわと伝わってくる。

触れ方は、いつもと同じはずなのに。
なのに今日は、全部が特別に感じる。

キスされるたび、
触れられるたび、
「好き」という言葉が、喉まで上がってくる。

でも、言えない。

だって、まだ。
この関係は、名前がついていない。

終わったあと、彼の胸に顔をうずめる。
心音が、規則正しく響く。

「……ねえ」

小さく呼ぶと、彼は髪を撫でてくれた。

「なに?」

「このまま……ずっと一緒だったら、どうする?」

冗談みたいな言い方をした。
でも、答えが欲しかった。

彼は少し黙ってから、私の背中に腕を回す。

「そのときは、そのとき考える」

優しいけど、曖昧な答え。

それでも、離れようとはしない腕が、今は救いだった。

——好きになっちゃったな。

認めた瞬間、胸が少し痛くなった。

でも、不思議と後悔はなかった。

助手席で見た横顔も、
さっきの不器用な優しさも、
全部ひっくるめて。

この恋が、どこへ向かうのか分からないけど。

少なくとも今は、
彼の隣にいたい。

そう、はっきり思ってしまった夜だった。
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