隣に座っただけの未来

山田森湖

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第13話「言葉にしたら、壊れてしまいそうで」

第13話「言葉にしたら、壊れてしまいそうで」


「好きだよ」

彼女がそう言ったとき、心臓が一瞬止まった気がした。

胸の中で何かが弾けて、
同時に、怖くなった。

——ああ、もう戻れないところまで来てる。

彼女は、眠そうな目で俺の胸に顔をうずめている。
さっきまでの余韻が、まだ体に残っているみたいで、
肌に触れる彼女の体温が、やけに生々しい。

「……俺も」

そう答えた自分の声が、少し震えていたのを、彼女は気づいただろうか。

そのあと、彼女は何も言わず、
ただ俺の腕の中で静かに目を閉じた。

それが、余計に刺さった。

彼女が帰ったあと、
一人になった部屋で、ソファに深く座り込む。

テーブルの上には、彼女が飲みかけだったコーヒー。
ほんのり甘い香りが残っている。

「……好き、か」

呟いてみると、胸の奥がぎゅっとなる。

認めてしまえば簡単だ。
俺は、彼女が好きだ。

一緒にいると楽で、
笑う顔が好きで、
弱いところも、強がるところも、全部。

それなのに。

「付き合おう」

その一言が、どうしても言えない。

理由は、はっきりしている。

——怖いんだ。

過去に、ちゃんと好きになった相手と、
ちゃんと向き合おうとして、
ちゃんと失敗した。

「本気になるほど、失うのも大きい」

そんなことを、身をもって知ってしまった。

だから今まで、
曖昧な関係のほうが楽だと、自分に言い聞かせてきた。

でも、彼女は違う。

曖昧なままでいられないタイプだ。
優しいくせに、ちゃんと欲しがる。

今日だって、
「私たちって、どういう関係?」
そう聞かれた瞬間、逃げたくなった。

それでも。

彼女が俺を信じる目で見てくれたから、
逃げられなかった。

数日後、友人と飲みに行った。

「で、その子とはどうなってんだよ」

グラスを傾けながら、あっさり聞かれる。

「……まあ、いい感じ」

誤魔化すと、鼻で笑われた。

「いい感じ、ね。
それ、もう遊びじゃないだろ」

その言葉が、胸に刺さる。

「ちゃんと捕まえとけよ。
逃げたら、後悔するタイプだぞ、お前」

図星すぎて、何も言えなかった。

帰り道、夜風に当たりながら、スマホを見る。
彼女からのメッセージ。

《今日はお疲れさま。無理しすぎないでね》

たったそれだけなのに、
胸がじんわり温かくなる。

——こんな存在、今までいなかった。

次に会った日、
彼女の部屋で、並んで映画を観ていた。

内容なんて、ほとんど頭に入ってこない。
彼女の横顔ばかり、目に入る。

「ねえ」

彼女が、画面から目を離さずに言う。

「なに?」

「最近、ちょっと考えてることがあって」

その言葉に、鼓動が早まる。

「……なに?」

「私たち、いい関係だと思う。でも」

やっぱり、その話か。

続きが怖くて、
でも聞かないわけにはいかなくて。

彼女がこちらを見る。

「ちゃんと、向き合ってくれてる?」

胸が締めつけられる。

向き合ってる。
でも、覚悟が足りない。

言葉が出てこない俺を見て、
彼女は少しだけ、寂しそうに笑った。

「ごめん、重かったね」

その笑顔が、何より辛かった。

夜、ベッドの中で、彼女を抱きながら思う。

体は、何度も重ねてきた。
でも、心の一番深いところだけ、
俺はまだ、差し出せていない。

彼女の髪に顔を埋めて、
小さく息を吸う。

「……好きだよ」

今度は、ちゃんと聞こえるように言った。

彼女が、少し驚いたように顔を上げる。

「ほんと?」

「ああ」

それは、嘘じゃない。

でも、まだ足りない。

——付き合おう。

その言葉を、喉まで出しかけて、
結局、飲み込んだ。

彼女を失う怖さと、
今の関係を壊す怖さ。

その狭間で、
俺はまだ、立ちすくんでいる。

でも。

このままじゃ、ダメだ。

次こそは。
ちゃんと、言葉にしよう。

そう心に決めながら、
彼女を強く抱きしめた。
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