隣に座っただけの未来

山田森湖

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第19話「会えない夜が増えていく」

第19話「会えない夜が増えていく」


恋人になって最初の変化は、幸せよりも先に、仕事だった。

「ごめん、今週も厳しいかも」

スマホの画面にそう打ち込んでから、送信までに数秒かかった。
言い訳みたいに見えないだろうか。
いや、事実なんだけど。

恋人になった途端、仕事が忙しくなるなんて、タイミングが悪すぎる。
プロジェクトの佳境で、帰りは連日終電。
頭の中は数字と締切でいっぱいで、それでも——彼女の顔は、ふとした瞬間に浮かぶ。

「了解。無理しないでね」

すぐ返ってきた短い返信に、胸が少し痛んだ。
もっと何か言ってくれたらいいのに、なんて思う自分は、勝手だ。

付き合う前は、会えないことに理由なんて要らなかった。
でも今は違う。
“恋人”という言葉が、期待を生む。

その期待に、応えられていない気がしていた。

久しぶりに会えたのは、二週間ぶりの夜だった。
彼女の部屋で、ソファに並んで座る。
距離は近いのに、どこかぎこちない。

「疲れてる?」

「うん。ちょっと」

そう答えると、彼女は無理に笑わず、黙って隣に寄ってきた。
肩に頭が乗る。その重さが、やけに現実的で——救いだった。

キスをして、抱きしめて、体を重ねる。
確かに気持ちは通じ合っているはずなのに、どこか噛み合わない。

余裕がない自分が、情けなかった。

「……ねえ」

彼女の声が、少しだけ遠慮がちに聞こえる。

「最近、忙しそうだね」

責める口調じゃないのに、胸がざわつく。

「ごめん。落ち着いたら、ちゃんと時間作るから」

言いながら、曖昧な約束だと思った。
“落ち着いたら”なんて、いつなんだ。

彼女は何も言わず、ただ頷いた。
その沈黙が、逆に怖い。

夜が終わって、彼女を抱いたまま天井を見る。
恋人になったはずなのに、不安は増えている。

失いたくない。
でも、どうすればいいのか分からない。

仕事も、彼女も、どちらも大事で——
その当たり前のことが、こんなに難しいなんて思わなかった。

帰り道、夜風がやけに冷たかった。
ポケットの中のスマホが重い。

彼女にメッセージを送る。

「今日はありがとう。ちゃんと、好きだから」

送信して、少ししてから返ってきた。

「知ってるよ。でも、ちゃんと会いたいな」

その一文が、胸に刺さる。

——ちゃんと。

俺は、ちゃんと彼氏をやれているだろうか。
会えない夜が増えるほど、その自信が揺らいでいった。
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