ひとつの恋、いくつもの物語【学生純愛短編集】

山田森湖

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窓のそばに、あなたを描いた

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窓のそばに、あなたを描いた


放課後の美術室は、いつも少しだけ埃っぽくて、
でも私はその匂いが好きだった。

キャンバスに向かう時間が、誰にも邪魔されない特別なものだったから。

「今日も来たんだな。すごいな、お前は」

そう言って笑うのは、美術の岸本先生。
無精ひげに、いつもシワのついた白衣。
だけど、スケッチブックを開いているときの横顔は、誰よりも真剣だった。

「先生が褒めてくれると、やる気出ます」

「俺はなにもしてないよ。ただ、見てただけ」

その言葉が、なぜか胸に残った。

私は、ずっとあの人の絵が好きだった。

静かな色使いと、光の描き方。
どの絵にも、誰かを想っているような優しさがあった。

──ある日、先生がふいに言った。

「お前、モデルになってくれないか」

「……モデル?」

「人物の練習したいんだ。お前みたいな静かな目、描いてみたくて」

その一言に、顔が熱くなった。

「私で、いいんですか……?」

「むしろ、お前じゃなきゃダメだったんだと思う」

キャンバスに向かう先生の横顔は、いつもと違っていた。
絵筆を走らせながら、何度も私の目を見る。

なにも言葉はないのに、心を覗かれてる気がして、ドキドキが止まらなかった。

「……描かれてるって、すごく変な気持ちですね」

「だろうな。でも俺は、こうやってしか伝えられないんだよ。想ってること、全部」

私はその言葉の意味を、絵が完成するまで理解できなかった。

──仕上がった絵を見て、言葉を失った。

窓から射し込む午後の光に包まれる“私”が、キャンバスの中にいた。
でも、それはただの肖像じゃない。

そこに込められていたのは、明らかに「好き」という気持ちだった。

「……どうして、この顔を描いたんですか?」

「お前が、好きだから」

先生の言葉は、まるで絵の中から届いたように響いた。

私は立ち上がって、そっと先生の前に立った。

「……この絵、私だけのものにしていいですか?」

「それは……俺の気持ちごと、持っていくってことか?」

「はい。……だから、先生の気持ちも、私のものにしてください」

先生の手が、そっと私の頬に触れた。

「……高校生活、あと少しだな」

「卒業まで、まだ時間あります。……それまで、毎日ここに来ます」

「……そんなふうに言われたら、俺も、もう我慢できそうにない」

くしゃっと髪を撫でられ、ふわりと抱き寄せられる。

キスはしなかった。
ただ、そっと抱き合っていた。

それだけで、心が溶けていくようなぬくもりを感じた。

絵は、美術室の奥に今も飾ってある。

「自分で描いたくせに、誰にも見せたくない」
先生はそう言っていた。

でも私は、卒業式の日、最後の放課後にそっと絵の前に立った。

「先生、私、大学行っても、絵、描きます。
先生を想いながら、ずっと描き続けます」

絵は、なにも答えないけれど──
キャンバスに残された私の姿は、ちゃんと微笑んでいた。

そしてきっと、この気持ちは、本物だった。

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