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親に隠れて、君に会いに行ってた
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親に隠れて、君に会いに行ってた
僕の家は、昔から厳しかった。門限は夜七時。携帯も高校に入るまでは持たせてもらえず、成績が下がれば部活も禁止。友達と遊びに行くなんてもってのほかで、「勉強していれば間違いない」というのが父と母の口癖だった。
そんな家で育った僕が、恋人を作るなんて考えもしなかった。
――彼女に出会うまでは。
サクラ。隣のクラスの、笑った時に八重歯がのぞく女の子。入学式のときから、どこか気になる存在だった。
図書館で偶然となりの席になって、参考書を落とした僕に「これ?」と笑いながら拾ってくれた。それがきっかけで話すようになり、いつの間にか「毎週同じ時間に図書館で会う」のが当たり前になっていた。
もちろん、親には内緒だった。家では「部活の自主練」とごまかした。
――本当は、ただサクラに会いたかっただけ。
「ねえ、ユウくん。隠れて会ってるみたいで、ちょっとドキドキするね」
図書館の二階の一番奥、誰も来ない資料室の前。並んで座りながら、サクラが小さな声で囁いた。
「俺なんか、毎回心臓飛び出そうだよ。もし親にバレたら……」
「怒られる?」
「うん。勉強以外、全部無駄って思ってるから」
そう言うと、サクラはちょっと眉を下げて笑った。
「ふーん。じゃあ私といるのも無駄?」
「そ、それは違う!」思わず声が大きくなって、慌てて口を押さえる。彼女はくすっと笑って、僕の手をそっと外した。
「ならよかった」
その笑顔に、僕はどうしようもなく惹きつけられた。
冬のある日。図書館が閉館する少し前、二人でいつもの席に残っていた。
「今日、帰りたくないな」
サクラがぽつりとつぶやいた。
「なんで?」
「だってさ……ずっと親に会わせてもらえないって、ちょっと寂しいじゃん。ユウくんがどんな家で、どんなふうに暮らしてるのかも知らない」
僕は胸が痛んだ。サクラは何も悪くないのに、僕の事情に巻き込んでしまっている。
「……ごめん。でも、サクラに会うためなら何だってするよ」
そう言って、僕は勇気を出した。
閉館後の図書館の裏庭。真冬の空気は冷たく、白い息が重なった。誰もいないことを確かめて、僕は彼女の肩を引き寄せた。
初めてのキスだった。震える唇が触れ合った瞬間、体中が熱くなる。ぎこちなくて、上手じゃなかったけど、世界が彼女しかいないみたいに感じた。
「……ユウくん、顔、赤いよ」
サクラが笑いながら僕の頬に触れる。その指先の温かさに、理性の糸が切れそうになる。
「もっと……触れていい?」
自分でも驚くほど掠れた声で尋ねると、サクラは一瞬ためらったあと、ゆっくりと頷いた。
僕たちは図書館裏の暗がりで、お互いの体温を確かめ合った。制服の上から触れる胸の鼓動。細い指が僕の首筋をなぞり、吐息が耳をかすめる。未熟で危うい行為だったけれど、その一瞬一瞬が、僕らにとっては永遠みたいに尊かった。
でも――秘密は長くは続かなかった。
三学期に入った頃、父に呼び出された。
「お前、女と会ってるだろ」
背筋が凍った。どうやら、図書館での僕らを見かけた知り合いがいたらしい。
「勉強そっちのけで何をやってる! もう二度と会うな!」
机を叩く父の怒声。僕は何も言えず、ただうつむいた。
それからサクラに会えなくなった。携帯も取り上げられ、外出も制限された。
だけど、サクラは毎週、あの図書館に来ていた。偶然を装って。僕がいなくても。
そして卒業の日。校門を出たところで、サクラが待っていた。制服姿のまま、少し大人びた顔で笑って。
「ユウくん。これからも隠れて会う?」
その問いに、僕は――やっと頷いた。
親に隠れてでもいい。嘘をついてでもいい。サクラに会いたかった。
「うん。だって……君と会う時間だけが、本当なんだから」
そう答えた瞬間、サクラは泣きそうに笑って、僕の手を強く握り返した。
あの日からずっと思う。
誰に反対されても、隠さなきゃいけなくても。
サクラと過ごした時間は、僕の青春そのものだった。
――親に隠れて、君に会いに行ってた。
それは、僕にとって何より大切な記憶だ。
僕の家は、昔から厳しかった。門限は夜七時。携帯も高校に入るまでは持たせてもらえず、成績が下がれば部活も禁止。友達と遊びに行くなんてもってのほかで、「勉強していれば間違いない」というのが父と母の口癖だった。
そんな家で育った僕が、恋人を作るなんて考えもしなかった。
――彼女に出会うまでは。
サクラ。隣のクラスの、笑った時に八重歯がのぞく女の子。入学式のときから、どこか気になる存在だった。
図書館で偶然となりの席になって、参考書を落とした僕に「これ?」と笑いながら拾ってくれた。それがきっかけで話すようになり、いつの間にか「毎週同じ時間に図書館で会う」のが当たり前になっていた。
もちろん、親には内緒だった。家では「部活の自主練」とごまかした。
――本当は、ただサクラに会いたかっただけ。
「ねえ、ユウくん。隠れて会ってるみたいで、ちょっとドキドキするね」
図書館の二階の一番奥、誰も来ない資料室の前。並んで座りながら、サクラが小さな声で囁いた。
「俺なんか、毎回心臓飛び出そうだよ。もし親にバレたら……」
「怒られる?」
「うん。勉強以外、全部無駄って思ってるから」
そう言うと、サクラはちょっと眉を下げて笑った。
「ふーん。じゃあ私といるのも無駄?」
「そ、それは違う!」思わず声が大きくなって、慌てて口を押さえる。彼女はくすっと笑って、僕の手をそっと外した。
「ならよかった」
その笑顔に、僕はどうしようもなく惹きつけられた。
冬のある日。図書館が閉館する少し前、二人でいつもの席に残っていた。
「今日、帰りたくないな」
サクラがぽつりとつぶやいた。
「なんで?」
「だってさ……ずっと親に会わせてもらえないって、ちょっと寂しいじゃん。ユウくんがどんな家で、どんなふうに暮らしてるのかも知らない」
僕は胸が痛んだ。サクラは何も悪くないのに、僕の事情に巻き込んでしまっている。
「……ごめん。でも、サクラに会うためなら何だってするよ」
そう言って、僕は勇気を出した。
閉館後の図書館の裏庭。真冬の空気は冷たく、白い息が重なった。誰もいないことを確かめて、僕は彼女の肩を引き寄せた。
初めてのキスだった。震える唇が触れ合った瞬間、体中が熱くなる。ぎこちなくて、上手じゃなかったけど、世界が彼女しかいないみたいに感じた。
「……ユウくん、顔、赤いよ」
サクラが笑いながら僕の頬に触れる。その指先の温かさに、理性の糸が切れそうになる。
「もっと……触れていい?」
自分でも驚くほど掠れた声で尋ねると、サクラは一瞬ためらったあと、ゆっくりと頷いた。
僕たちは図書館裏の暗がりで、お互いの体温を確かめ合った。制服の上から触れる胸の鼓動。細い指が僕の首筋をなぞり、吐息が耳をかすめる。未熟で危うい行為だったけれど、その一瞬一瞬が、僕らにとっては永遠みたいに尊かった。
でも――秘密は長くは続かなかった。
三学期に入った頃、父に呼び出された。
「お前、女と会ってるだろ」
背筋が凍った。どうやら、図書館での僕らを見かけた知り合いがいたらしい。
「勉強そっちのけで何をやってる! もう二度と会うな!」
机を叩く父の怒声。僕は何も言えず、ただうつむいた。
それからサクラに会えなくなった。携帯も取り上げられ、外出も制限された。
だけど、サクラは毎週、あの図書館に来ていた。偶然を装って。僕がいなくても。
そして卒業の日。校門を出たところで、サクラが待っていた。制服姿のまま、少し大人びた顔で笑って。
「ユウくん。これからも隠れて会う?」
その問いに、僕は――やっと頷いた。
親に隠れてでもいい。嘘をついてでもいい。サクラに会いたかった。
「うん。だって……君と会う時間だけが、本当なんだから」
そう答えた瞬間、サクラは泣きそうに笑って、僕の手を強く握り返した。
あの日からずっと思う。
誰に反対されても、隠さなきゃいけなくても。
サクラと過ごした時間は、僕の青春そのものだった。
――親に隠れて、君に会いに行ってた。
それは、僕にとって何より大切な記憶だ。
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