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美術部の君は、僕の裸を描きたがった
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美術部の君は、僕の裸を描きたがった
放課後のプールは、誰もいないときが一番好きだ。
水面が鏡みたいに静かで、夕日を映している。
その中に自分の影が揺れるのを見ると、なぜか少しだけ満たされた気分になる。
——そんな時間を、あの人に見られたのは、偶然だった。
「ごめん、勝手に入って。……顧問の先生に鍵借りてきちゃって」
声に振り向くと、美術部の高宮が立っていた。
肩までの黒髪、白い制服の袖口に少し絵の具がついている。
僕のクラスとは違うけど、前から目立つ子だった。
目の奥に光を溜めたみたいな、少し怖いほど真っ直ぐな視線をする人。
「プール、好きなんだ。水の色、光の反射。……描いてみたくて」
「勝手に入っていいの?」
「内緒にしてくれたら、あなたも描いてあげる」
冗談のつもりかと思ったけど、その瞳は笑っていなかった。
ただ真剣に、僕を見ていた。
その日から、放課後のプールに高宮が来るようになった。
僕が練習を終えて上がるころ、ベンチに腰掛けてスケッチブックを開く。
水滴が落ちる音と、鉛筆の走る音だけが響く静かな空間。
不思議と、嫌じゃなかった。むしろ、どこか心地よかった。
「……じっとしてて。動くと、線がぶれるの」
「いや、でも、俺、まだ髪も濡れてるし」
「濡れてるのがいいの。光が当たると、肌の色が変わるから」
その言葉に、なぜか胸がざわついた。
絵のモデルなんて冗談だと思っていたのに、彼女の目は本気で僕の身体を見ていた。
しかも“観察”ではなく、“感じ取る”ように。
ある日の放課後、彼女がぽつりとつぶやいた。
「ねえ、今度、本当に……描かせてくれない?」
「描くって……俺を?」
「うん。ちゃんと……全部」
“全部”という言葉が落ちた瞬間、空気が変わった。
胸の奥で、何かがゆっくりと熱くなる。
夕日の赤がプールの水に滲み、世界が溶けていくようだった。
「……冗談でしょ?」
「冗談に聞こえる?」
そう言って、彼女はスケッチブックを閉じ、僕の方へ歩いてきた。
足音がタイルに響く。
気づけば、僕は立ち尽くしたまま、何も言えなかった。
彼女の手が僕の腕に触れる。
指先が、冷たくて震える。
でもその震えは、恐怖ではなく、期待のように感じた。
「あなたの筋肉の線……きれい。水の中で動くの、ずっと見てた」
囁くような声に、喉が詰まった。
肩をなぞる指先が、胸元に下りる。
水泳部の練習で焼けた肌に、その白い手が触れるたび、心臓が暴れる。
「やめた方がいい……先生に見られたら」
「大丈夫。誰も来ない。……ねえ、見せて?」
彼女の瞳は、炎みたいに真剣だった。
好奇心とか、欲望とか、そんな単純なものじゃない。
“描く”という行為が、彼女にとっての祈りみたいに見えた。
僕は気づいたら、頷いていた。
ゆっくりと上着を脱ぎ、シャツを外し、彼女の前に立つ。
彼女の視線が、肌の上をなぞるように動く。
その視線だけで、体温が上がるのが分かる。
彼女はスケッチブックを開き、鉛筆を取った。
何も言わず、ただ僕を見ながら線を描いていく。
静寂の中で、鉛筆の音がやけに響いた。
「……恥ずかしい?」
「正直、ちょっと」
「私も。……でも、描きたいの。あなたの、この“生きてる形”」
彼女の声が、少し震えていた。
その震えに、僕の身体が反応してしまう。
呼吸が浅くなり、血が熱く流れていく。
彼女の頬も赤く染まり、鉛筆を持つ手が止まる。
視線が、僕の下腹部に吸い寄せられていた。
その瞬間、彼女は小さく息を呑んだ。
「……ごめん。見すぎた」
「見てもいいよ」
その言葉が、自分の口から出た瞬間、全てが変わった。
彼女はスケッチブックを置き、ゆっくりと僕の胸に手を当てる。
鼓動を確かめるように。
そして、まるで線を描くように、指先を滑らせた。
僕はその手を握り、彼女の頬に触れる。
見つめ合ったまま、唇が近づいていく。
息が触れた。
次の瞬間、彼女の唇が僕の唇を捕らえた。
——時間が止まった。
濡れた肌と、震える唇。
彼女の髪が肩に落ちて、少し冷たい。
だけど、その冷たさが、逆に心を焦がした。
何度も重ねるうちに、どちらの息が熱いのか分からなくなっていく。
彼女の指が背中に回り、僕はその身体を抱きしめた。
初めてだった。
“見られること”が、こんなにも快感になるなんて。
*
——それから、美術室で彼女の絵を見たのは、数週間後だった。
キャンバスの中央には、僕の姿があった。
でも、それは“僕”というより、“彼女の見た僕”だった。
汗も、息も、熱も、全部が絵の中に閉じ込められていた。
「完成したんだね」
「うん。……でも、これで最後」
「どうして?」
「描きすぎたの。気持ちを、線に入れすぎた。これ以上描いたら、壊れちゃう気がする」
彼女は微笑んだ。
それは、あの夜よりもずっと大人びた表情だった。
そして、僕に背を向けた。
その背中に、何も言えなかった。
彼女の絵の中の僕は、永遠に裸のままだ。
けれど、あの夜の熱は、誰にも見せられない。
あの絵は、どこにも出展されなかった。
学校の倉庫に眠ったまま、彼女は美術部を辞めたと聞いた。
僕はあの夜のことを誰にも話せないまま、泳ぎ続けている。
水の中で目を閉じると、今も彼女の声が聞こえる。
——「描かせて、あなたの全部を」
放課後のプールは、誰もいないときが一番好きだ。
水面が鏡みたいに静かで、夕日を映している。
その中に自分の影が揺れるのを見ると、なぜか少しだけ満たされた気分になる。
——そんな時間を、あの人に見られたのは、偶然だった。
「ごめん、勝手に入って。……顧問の先生に鍵借りてきちゃって」
声に振り向くと、美術部の高宮が立っていた。
肩までの黒髪、白い制服の袖口に少し絵の具がついている。
僕のクラスとは違うけど、前から目立つ子だった。
目の奥に光を溜めたみたいな、少し怖いほど真っ直ぐな視線をする人。
「プール、好きなんだ。水の色、光の反射。……描いてみたくて」
「勝手に入っていいの?」
「内緒にしてくれたら、あなたも描いてあげる」
冗談のつもりかと思ったけど、その瞳は笑っていなかった。
ただ真剣に、僕を見ていた。
その日から、放課後のプールに高宮が来るようになった。
僕が練習を終えて上がるころ、ベンチに腰掛けてスケッチブックを開く。
水滴が落ちる音と、鉛筆の走る音だけが響く静かな空間。
不思議と、嫌じゃなかった。むしろ、どこか心地よかった。
「……じっとしてて。動くと、線がぶれるの」
「いや、でも、俺、まだ髪も濡れてるし」
「濡れてるのがいいの。光が当たると、肌の色が変わるから」
その言葉に、なぜか胸がざわついた。
絵のモデルなんて冗談だと思っていたのに、彼女の目は本気で僕の身体を見ていた。
しかも“観察”ではなく、“感じ取る”ように。
ある日の放課後、彼女がぽつりとつぶやいた。
「ねえ、今度、本当に……描かせてくれない?」
「描くって……俺を?」
「うん。ちゃんと……全部」
“全部”という言葉が落ちた瞬間、空気が変わった。
胸の奥で、何かがゆっくりと熱くなる。
夕日の赤がプールの水に滲み、世界が溶けていくようだった。
「……冗談でしょ?」
「冗談に聞こえる?」
そう言って、彼女はスケッチブックを閉じ、僕の方へ歩いてきた。
足音がタイルに響く。
気づけば、僕は立ち尽くしたまま、何も言えなかった。
彼女の手が僕の腕に触れる。
指先が、冷たくて震える。
でもその震えは、恐怖ではなく、期待のように感じた。
「あなたの筋肉の線……きれい。水の中で動くの、ずっと見てた」
囁くような声に、喉が詰まった。
肩をなぞる指先が、胸元に下りる。
水泳部の練習で焼けた肌に、その白い手が触れるたび、心臓が暴れる。
「やめた方がいい……先生に見られたら」
「大丈夫。誰も来ない。……ねえ、見せて?」
彼女の瞳は、炎みたいに真剣だった。
好奇心とか、欲望とか、そんな単純なものじゃない。
“描く”という行為が、彼女にとっての祈りみたいに見えた。
僕は気づいたら、頷いていた。
ゆっくりと上着を脱ぎ、シャツを外し、彼女の前に立つ。
彼女の視線が、肌の上をなぞるように動く。
その視線だけで、体温が上がるのが分かる。
彼女はスケッチブックを開き、鉛筆を取った。
何も言わず、ただ僕を見ながら線を描いていく。
静寂の中で、鉛筆の音がやけに響いた。
「……恥ずかしい?」
「正直、ちょっと」
「私も。……でも、描きたいの。あなたの、この“生きてる形”」
彼女の声が、少し震えていた。
その震えに、僕の身体が反応してしまう。
呼吸が浅くなり、血が熱く流れていく。
彼女の頬も赤く染まり、鉛筆を持つ手が止まる。
視線が、僕の下腹部に吸い寄せられていた。
その瞬間、彼女は小さく息を呑んだ。
「……ごめん。見すぎた」
「見てもいいよ」
その言葉が、自分の口から出た瞬間、全てが変わった。
彼女はスケッチブックを置き、ゆっくりと僕の胸に手を当てる。
鼓動を確かめるように。
そして、まるで線を描くように、指先を滑らせた。
僕はその手を握り、彼女の頬に触れる。
見つめ合ったまま、唇が近づいていく。
息が触れた。
次の瞬間、彼女の唇が僕の唇を捕らえた。
——時間が止まった。
濡れた肌と、震える唇。
彼女の髪が肩に落ちて、少し冷たい。
だけど、その冷たさが、逆に心を焦がした。
何度も重ねるうちに、どちらの息が熱いのか分からなくなっていく。
彼女の指が背中に回り、僕はその身体を抱きしめた。
初めてだった。
“見られること”が、こんなにも快感になるなんて。
*
——それから、美術室で彼女の絵を見たのは、数週間後だった。
キャンバスの中央には、僕の姿があった。
でも、それは“僕”というより、“彼女の見た僕”だった。
汗も、息も、熱も、全部が絵の中に閉じ込められていた。
「完成したんだね」
「うん。……でも、これで最後」
「どうして?」
「描きすぎたの。気持ちを、線に入れすぎた。これ以上描いたら、壊れちゃう気がする」
彼女は微笑んだ。
それは、あの夜よりもずっと大人びた表情だった。
そして、僕に背を向けた。
その背中に、何も言えなかった。
彼女の絵の中の僕は、永遠に裸のままだ。
けれど、あの夜の熱は、誰にも見せられない。
あの絵は、どこにも出展されなかった。
学校の倉庫に眠ったまま、彼女は美術部を辞めたと聞いた。
僕はあの夜のことを誰にも話せないまま、泳ぎ続けている。
水の中で目を閉じると、今も彼女の声が聞こえる。
——「描かせて、あなたの全部を」
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