ひとつの恋、いくつもの物語【学生純愛短編集】

山田森湖

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君の着替えを見てしまった。でも、君は怒らなかった

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君の着替えを見てしまった。でも、君は怒らなかった


 俺の名前は桐生レン。高校二年、生徒数の少ないバスケ部所属。放課後の体育館は、いつもボールの音と誰かの笑い声で満たされている。
 だけどその日は、なぜか静かだった。

 顧問の先生が急用でいなくなり、部活が早めに切り上げになった。体育館の片付けをしていると、倉庫の方からかすかな音がした。
 ――ギィ、と古い扉の軋む音。
 誰かがまだ残ってるのかと思い、俺は何気なく扉を開けた。

「……っ!」

 一瞬、時が止まった。
 目に飛び込んできたのは、制服のブラウスを脱いで、白いインナー姿になっていたミナミ。
 彼女はバスケ部のマネージャーで、いつも明るくて、でもどこか人見知りなところもある女の子。

 そのミナミが、こっちを振り返った。
 大きな瞳が一瞬、驚きで見開かれる。
 次の瞬間、俺は慌てて扉を閉めた。

「ご、ごめん! マジでごめん!」

 心臓が暴れそうだった。
 頭の中が真っ白になって、何も考えられなかった。
 やばい、これは終わった。完全に終わった。

 そのまま倉庫の外で数秒――いや、体感では永遠にも思える沈黙のあと、扉が静かに開いた。

 ミナミが、少し顔を赤くして立っていた。
 でも怒っていなかった。むしろ、どこか恥ずかしそうに笑っていた。

「……見た?」

「み、見てない! いや、見た! けどほんとに一瞬で!」

 必死に弁解する俺を見て、彼女は小さく息を吐いた。
 そして、少しだけ笑って言った。

「じゃあ、責任取ってよ」

「……え?」

「見たなら、私のこと……もっと知ってよ」

 その言葉に、頭の中が一気に真っ白になった。
 怒られると思っていたのに、まさかそんなことを言われるなんて。

「どういう意味……?」

 彼女は視線を落としたまま、指先で自分の髪を弄びながら言った。
「だって、私のこと、何も知らないでしょ? マネージャーだからって、いつも“助かるよ”とか“ありがとう”しか言わないし」

「……それは、いや……話したいけど、緊張してて」

 俺が答えると、彼女は顔を上げて、少しだけ笑った。
「じゃあ、今から話して。私のこと、知って?」

 体育館の照明が消えて、外はもう夕焼けに包まれていた。
 オレンジ色の光が倉庫の隙間から差し込んで、彼女の頬を照らす。

 俺は、深呼吸をした。

「……俺、最初にミナミが入部してきたときから、ずっと見てた」
「見てた?」
「うん。練習中にスコアつけてる横顔とか、汗で前髪がちょっと貼りついてるとことか……なんか、綺麗で」

 自分で言って、顔が熱くなる。
 彼女は一瞬驚いたように俺を見つめて、それからほんの少し目を細めた。

「……それ、告白?」

「え……いや、まあ、そう……なのかも」

「ふふ、素直で可愛いね」

 彼女が一歩、近づく。
 倉庫の中は狭くて、距離が近すぎる。
 絵の具と木の匂いに混じって、シャンプーの甘い香りがする。

 目の前にいる彼女が、さっきよりも近い。
 さっき一瞬だけ見た肩の白さが、頭の中で蘇る。
 心臓の音がやたらと大きく響く。

「ねえ、レン。……さっき、驚いた?」

「そりゃ、驚いたよ」

「恥ずかしかった?」

「めっちゃ恥ずかしかった」

 彼女は少し俯いて、小さな声で言った。
「私も。……でも、君が私を“女の子”として見てたって、ちょっとだけ嬉しかった」

 その言葉に、胸の奥がじんわり熱くなる。
 触れたい、でも触れちゃいけない。
 その狭間で、息が詰まるような感覚になる。

「ミナミ……」

 俺が名前を呼ぶと、彼女はそっと顔を上げた。
 その目に映る俺は、どうしようもなく動揺してて、でもまっすぐで。

「……もう少し、このままでいい?」
 彼女がそう言って、俺の胸に軽く額を預けた。
 髪の香りが近くて、息が触れそうな距離。

 俺は、彼女の肩に手を置いた。
 それだけで精一杯だった。
 でも、それだけで十分だった。

「……ありがと。レン、優しいね」

「怒らなかったの?」

「うん。君だから、怒れなかった」

 彼女が顔を上げて、少し照れたように笑う。
 その笑顔が、やけに眩しかった。

「じゃあさ、次に見るときは……ちゃんと、“恋人”として見てよ」

 その一言に、息が止まった。
 俺はゆっくり頷いた。

「……わかった。約束する」

 外では、チャイムが鳴っていた。
 校舎の影が伸びて、倉庫の隙間から差す光が淡く揺れる。

 彼女はその光の中で、小さく手を振った。

「じゃあ、また明日ね。責任取ってくれるんでしょ?」

「もちろん。……ちゃんと、ミナミの全部を知るまで」

 彼女は頬を染めて笑った。
 その笑顔を見て、俺も笑ってしまう。

 あの日見た“白い光景”は、罪じゃなくて――
 恋の始まりだったんだ。
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