ひとつの恋、いくつもの物語【学生純愛短編集】

山田森湖

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図書館の返却期限が、二人を繋いだ

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図書館の返却期限が、二人を繋いだ


 放課後の図書館は、いつだって静かだ。
 木の匂いと紙の匂いが混ざった空気は、どこか懐かしい気持ちにさせる。

 俺――相沢悠人は、図書館に来るのが好きだ。
 騒がしい教室とは違って、ここは落ち着く。
 今日返しに来たのは、昨日の夜まで読んでいた小説だ。

(返却期限、今日までか……ギリギリだったな)

 カウンターの近くまで歩いていったときだった。

「あ……!」

 同じタイミングで、本を抱えた誰かと鉢合わせた。

 目の前に立っていたのは、
クラスメイトの 篠原あかり。

 柔らかい髪が肩のあたりで揺れて、
少し息を弾ませているようだった。

「相沢くんも、今日……返却?」

「うん。ギリギリで読んでた」

 あかりが持っていたのは、一冊の文庫本。
 俺が読んでいたものとは違うけど、同じ作家の別シリーズだった。

「わ。作者、同じだ」

 思わず口から出た。
 彼女も気づいたようで、目を丸くした。

「ほんとだ……! なんか、嬉しいね」

 図書館の静かな空気に似合わないほど、
胸が少しだけ跳ねた。

 返却カウンターで手続きをしたあと、
ふたりで自然に並んで本棚のほうへ歩いていった。

「相沢くん、この棚の本、よく読むの?」

「うん。ここの列はだいたい読んだかな。
 篠原さんは?」

「私は……最近ハマりはじめたところ!」

 あかりは指先で本の背表紙をなぞりながら、
少し照れたように笑った。

「ほんとは、もっと前から読みたかったんだけどね。
 図書館で借りたいなって思って……」

「返却期限、今日だったんだよね」

「そう。ふふ、相沢くんと同じだね」

 そう言って笑うその横顔が、
なんだかやけに綺麗に見えた。

 図書館の夕方の光が、柔らかく反射して。
 本の影が頬に落ちて。
 なんでもない瞬間なのに、胸が暖かくなる。

 ふと、同じ棚に戻ろうとしたとき、
お互いの手が同じ場所に伸びた。

「あっ……!」

 触れた指先が一瞬跳ねるように離れた。

 俺も、あかりも、同じ本を掴もうとしていた。

「この本……相沢くんも読むの?」

「うん。お気に入りの作家だし、次読もうと思ってた」

「私も……。
 なんか、趣味合うんだね」

 照れているのがわかった。
 俺も、たぶん同じ顔をしてたと思う。

「どうする? 借りる?」

「相沢くんが先でもいいよ」

「……いや。篠原さん先で」

「ダメ。そういう譲り合い、終わらないやつ!」

 あかりがくすっと笑うと、
なんだか胸がじんとした。

「あのさ……じゃあ、こうするのはどう?」

「ん?」

「一緒に読むとか」

「……一緒に?」

 その言葉を聞いた瞬間、
心臓が妙に強く跳ねた。

「図書館の自習席とかで。
 もちろん、声に出して読むとかじゃなくてね?
 一緒にページめくっていく感じじゃなくて……
 同じタイミングで読み始めて、感想言ったり……その……」

 声がだんだん小さくなっていく。

(かわいいな……)

 視線をそらして、
俺はゆっくり息を吐いた。

「……俺も、それいいと思う」
「ほんと?」

「うん。
 篠原さんと同じ本を読んでみたかったし」

 あかりの頬が少し赤くなる。

「じゃあ……これ、借りよっか」
「うん。一緒に読もう」

 その日から、放課後の図書館はふたりの場所になった。

 自習席の隅に座って、
それぞれ自分の本を開きながら、
たまに顔を上げては無言で微笑む。

 ページをめくる音が、ひとつのリズムになる。

 言葉を交わさなくても、
隣にいるだけで心が落ち着いた。

 それが何日も続いたある放課後。

 読み終わった最後のページに指を置いて、
あかりが小声でつぶやいた。

「ねぇ……終わっちゃったね」

「うん。……終わった」

 でも、俺はまだ終わらせたくなかった。

「……篠原さん。さ」

「うん?」

「返却期限だから、明日、この本返すよね」

「うん。相沢くんは?」

「俺も、明日返す」

 目が合う。
 一瞬、息が詰まった。

「……でもさ」
「うん」

「次の本も……一緒に読まない?」

 あかりの口元が、ゆっくりと緩んだ。

「……うん。私も、そう言おうと思ってた」

 図書館の静けさの中で、
ふたりの笑い声が小さく響く。

 翌日。
 本を返すために図書館へ入ると、
カウンター前であかりが待っていた。

「あ、相沢くん」

「おはよう」

 同じ本を手に持っているのが、なんだか嬉しい。

「ねぇ、返却したら……次、どれ借りる?」

「一緒に探そう」

 そう言うと、あかりはふっと目を細めた。

 返却カウンターに本を置いたとき、
俺は思い切って言った。

「篠原さん。
 ……返却期限が同じだったの、運命かもしれないな」

「……うん。私もそう思ってた」

 カウンターの奥から、静かにスタンプの音が響く。

 ぽん、と。

「相沢くん」

 呼ばれて振り向く。

 あかりは胸の前で両手を重ね、
少しだけ勇気を出した顔をして言った。

「次の本だけじゃなくて……
 これからも、もっと、一緒がいいな」 

 たぶん、その瞬間の俺の表情は、
図書館のどんな本よりも読みやすかったと思う。

「……俺も。
 もっと一緒がいい」

 夕方の光が差し込み、
本棚が長い影を落としていた。

 その影の中、
彼女の手をそっと握る。

「じゃあ……行こっか。次の本」
「うん。ふたりで探そう」

 本が結んだ偶然は、
気づけば恋に変わっていた。
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