ひとつの恋、いくつもの物語【学生純愛短編集】

山田森湖

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“嫌がらせの手紙”だと思ったら、全部“照れ隠しのアドバイス”だった

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“嫌がらせの手紙”だと思ったら、全部“照れ隠しのアドバイス”だった


最初のメモは、正直、腹が立った。

《姿勢、悪い。背中丸まってる》

誰かの字。
私の机の中に、折りたたまれて入っていた。

二十歳を過ぎた大学生が、こんな嫌がらせ?
そう思いながらも、胸の奥がざわついた。

次の日も、その次の日も。

《ノート汚い。後で自分が困る》
《前、見ろ。講義、聞き逃してる》

言葉は辛辣で、優しくない。
でも、不思議と“私のことをよく見ている”内容だった。

——気持ち悪い。
——でも、なぜか捨てられない。

私はメモを、全部ノートの裏に挟んで持ち歩くようになった。

犯人を探そうと思ったのは、三通目のあと。

《最近、無理してるだろ。顔色悪い》

それを読んだ瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。
嫌がらせなら、ここまで言わない。

目を走らせると、いつも同じ人が視界に入る。

同じゼミの彼。
静かで、目立たなくて、私とほとんど話さない人。

まさか、と思いながらも、確かめずにはいられなかった。

夜の自習室。
人気のない列で、私は彼の前に立った。

「ねえ」

彼は驚いて顔を上げる。

「私の机に、メモ入れてる?」

一瞬、時間が止まった。

彼の耳が、みるみる赤くなる。

「……嫌だったよね」

その声は、思っていたより小さかった。

「嫌がらせかと思った」

「違う」

即答だった。

「違うんだ。
ただ……」

言葉を探すみたいに、視線が泳ぐ。

「君が頑張ってるの、ずっと見てた。
でも、どう声かけていいか分からなくて」

彼は、メモと同じ字で、机の端をなぞる。

「だから、あんな言い方しかできなかった」

胸の奥で、何かがほどけた。

「あれ、全部……」

「アドバイス。
好きな人には、ちゃんとしててほしくて」

“好きな人”。

その言葉が、静かに落ちる。

私は、一歩近づいた。

「じゃあさ」

彼が顔を上げる。

「次からは、ちゃんと言って」

距離が近い。
触れないのに、体温が伝わる。

「メモじゃなくて」

彼は、小さく息を吸った。

「……勇気、出す」

「うん」

その約束だけで、胸が満たされた。

嫌がらせに見えた言葉は、
一番不器用な応援だった。

その夜から、私の机にメモは入らない。

代わりに、隣に座る彼が、
小さな声で言うようになった。

「今日、姿勢いいね」

それだけで、十分だった。
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