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「失礼いたします。エリアーヌ・ロワンセルでございます」
絢爛豪華な王城の一室に足を踏み入れた瞬間、緊張で心臓が跳ねた。
「おお、君がエリアーヌか。話は聞いているよ」
そう言って朗らかに笑った青年こそ、この国の王太子、エドワード・アルトリア殿下。その明るい表情は、噂とは違う意味で私を動揺させた。
「は、はい。あの……本日はお招きありがとうございます」
「お堅いね。もっと楽にしてくれていいんだよ。形式ばったのは苦手なんだ」
エドワード殿下は人懐っこい笑みを浮かべているが、私の心は少しも安らがない。何せ彼の後ろに、“あの”王妃さまがいらっしゃるからだ。
「それで……そちらにいらっしゃるのが……」
思わず小声になってしまう。深紅のドレスをまとい、鋭い瞳でこちらを見つめる女性――ミラ王妃。噂通りの美貌だが、冷ややかで近寄りがたい雰囲気が漂っている。
「母上。彼女が例の、僕の婚約相手です」
「そう」
王妃さまは、それだけを口にする。表情がまるで読めない。
「エリアーヌ・ロワンセルと申します。本日は光栄な機会をいただき、ありがとうございます」
私が頭を下げると、王妃さまの視線がさらに鋭さを増したように感じた。冷たい空気が頬をかすめる。
「礼には及ばないわ」
それだけ言うと、王妃さまはすっと椅子から立ち上がる。背筋が凍るほどのオーラをまとい、私の前を通り過ぎていく。
「母上、もう行かれるの?」
エドワード殿下が慌てて声をかけるが、王妃さまは答えない。ただ廊下へ消える足音だけが、静寂の中に響いた。
「……あの、やっぱり王妃さまは怖そうですね」
「ははは、よく言われるよ。でも、慣れれば怖くない……といいんだけど」
笑う殿下に、私は何も言えない。王妃さまを慕っているらしいエドワード殿下は、恐らく噂の方が大げさだと思っているのだろう。
「ま、君にとっては今日が初対面だし、緊張するのもわかるさ。僕だって昔はちょっと苦手だったよ」
「……殿下でも、そうだったのですか?」
「僕だって完璧じゃないよ。母上は……そうだな、いろいろ抱えている人だとは思う」
エドワード殿下がまるで他人事のように軽く言うのが、逆に不安を煽る。そんなすごい人と、私は家族になるなどという重圧に耐えられるのだろうか。
「ところで、エリアーヌ。君はどんな人? いきなり婚約とか言われて嫌じゃない?」
「え、ええ……正直、驚いています」
「嫌なら嫌って言っていいんだよ。王室だって万能じゃないし、僕は相手を押しつけられるのはごめんだからね」
その軽やかすぎる言葉に、一瞬胸が弾んだ。もしかすると、この人なら話が通じるかもしれない。
「もし……もし私が『王妃さまが怖いから婚約はご遠慮します』と申し上げたら、殿下はどうなさいますか?」
私の大胆すぎる問いかけに、エドワード殿下は少し笑ったあと、ウインクをしてみせる。
「そりゃ面白そうだな。いいじゃないか、その理由。僕はちょっと興味が湧いたよ、エリアーヌ」
「えっ……?」
「そう言われると、ますます君のことを知りたくなる」
まるで好奇心を掻き立てられた子供のような笑顔。普通の貴婦人なら胸をときめかせるのかもしれないが、私にとっては予想外に不安を倍増させるセリフにしか聞こえなかった。
「何か、嫌な予感がする……」
私は心の中でそう呟き、改めて深い溜息をつく。まさかこんなふうに、婚約について軽々しく語られるとは思わなかった。嵐の予感がひしひしと迫ってくる。
絢爛豪華な王城の一室に足を踏み入れた瞬間、緊張で心臓が跳ねた。
「おお、君がエリアーヌか。話は聞いているよ」
そう言って朗らかに笑った青年こそ、この国の王太子、エドワード・アルトリア殿下。その明るい表情は、噂とは違う意味で私を動揺させた。
「は、はい。あの……本日はお招きありがとうございます」
「お堅いね。もっと楽にしてくれていいんだよ。形式ばったのは苦手なんだ」
エドワード殿下は人懐っこい笑みを浮かべているが、私の心は少しも安らがない。何せ彼の後ろに、“あの”王妃さまがいらっしゃるからだ。
「それで……そちらにいらっしゃるのが……」
思わず小声になってしまう。深紅のドレスをまとい、鋭い瞳でこちらを見つめる女性――ミラ王妃。噂通りの美貌だが、冷ややかで近寄りがたい雰囲気が漂っている。
「母上。彼女が例の、僕の婚約相手です」
「そう」
王妃さまは、それだけを口にする。表情がまるで読めない。
「エリアーヌ・ロワンセルと申します。本日は光栄な機会をいただき、ありがとうございます」
私が頭を下げると、王妃さまの視線がさらに鋭さを増したように感じた。冷たい空気が頬をかすめる。
「礼には及ばないわ」
それだけ言うと、王妃さまはすっと椅子から立ち上がる。背筋が凍るほどのオーラをまとい、私の前を通り過ぎていく。
「母上、もう行かれるの?」
エドワード殿下が慌てて声をかけるが、王妃さまは答えない。ただ廊下へ消える足音だけが、静寂の中に響いた。
「……あの、やっぱり王妃さまは怖そうですね」
「ははは、よく言われるよ。でも、慣れれば怖くない……といいんだけど」
笑う殿下に、私は何も言えない。王妃さまを慕っているらしいエドワード殿下は、恐らく噂の方が大げさだと思っているのだろう。
「ま、君にとっては今日が初対面だし、緊張するのもわかるさ。僕だって昔はちょっと苦手だったよ」
「……殿下でも、そうだったのですか?」
「僕だって完璧じゃないよ。母上は……そうだな、いろいろ抱えている人だとは思う」
エドワード殿下がまるで他人事のように軽く言うのが、逆に不安を煽る。そんなすごい人と、私は家族になるなどという重圧に耐えられるのだろうか。
「ところで、エリアーヌ。君はどんな人? いきなり婚約とか言われて嫌じゃない?」
「え、ええ……正直、驚いています」
「嫌なら嫌って言っていいんだよ。王室だって万能じゃないし、僕は相手を押しつけられるのはごめんだからね」
その軽やかすぎる言葉に、一瞬胸が弾んだ。もしかすると、この人なら話が通じるかもしれない。
「もし……もし私が『王妃さまが怖いから婚約はご遠慮します』と申し上げたら、殿下はどうなさいますか?」
私の大胆すぎる問いかけに、エドワード殿下は少し笑ったあと、ウインクをしてみせる。
「そりゃ面白そうだな。いいじゃないか、その理由。僕はちょっと興味が湧いたよ、エリアーヌ」
「えっ……?」
「そう言われると、ますます君のことを知りたくなる」
まるで好奇心を掻き立てられた子供のような笑顔。普通の貴婦人なら胸をときめかせるのかもしれないが、私にとっては予想外に不安を倍増させるセリフにしか聞こえなかった。
「何か、嫌な予感がする……」
私は心の中でそう呟き、改めて深い溜息をつく。まさかこんなふうに、婚約について軽々しく語られるとは思わなかった。嵐の予感がひしひしと迫ってくる。
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