28 / 30
28
しおりを挟む
「エリアーヌ、ちょっとこっちに来なさい」
翌日、宮廷の中庭でマリアが私を呼び止める。相変わらず強い口調だが、その表情は前に比べて険しさが薄れたように感じる。
「何でしょうか、マリア様」
「別に大した用じゃないけど。あんた、王妃さまから正式に守られると聞いたわ。反王家の噂も収まりそうじゃない」
マリアの口振りに棘はあるものの、どこか安堵のようなものも感じられる。私は小さく息を吐きながら頷いた。
「ええ。王妃さまのおかげで、私が裏切り者扱いされることはなくなりそうです」
「ふーん。良かったわね」
マリアは素っ気なく言うが、その瞳には微かな優しさが宿っているように見えた。私が何も返さないでいると、彼女は少し視線をそらし、声を低める。
「……実は私も、殿下にいろいろ言われたのよ。『自分の気持ちを正直に伝えたらいいのに』って。でも私にはそんな勇気ないから、結局“悪役”を演じ続けるしかないの」
「殿下、そんなことを言ったんですね」
「ええ。あの人、ほんとに誰にでも優しいから困る。私のことも拒絶しないし、かといって進んで迎えてくれるわけでもない。だから、もどかしい」
マリアの口調は荒っぽいが、その胸の内には涙が滲んでいるように感じる。王太子殿下を慕いながらも、自らが“悪役”として立場を定めるしかない。それはどれほど切ないことだろう。
「私も……殿下にどう答えればいいのか、まだわからないんです」
「そりゃそうでしょう。あんたは怖いっていう単純な理由で逃げようとしてたけど、今はもっと複雑な思いがあるんでしょ」
鋭く指摘され、私は胸が痛む。王妃さまの優しさを知り、殿下の本気にも触れ、セスの厚意にも感謝している。もはや“怖いから逃げたい”だけでは片付けられない思いを抱えてしまった。
「私は、王家を出るかもしれない。でも、もしそうなったらマリア様には殿下を譲ります」
「はっ、偉そうに。譲るも何も、私は殿下の心を手に入れられないかもしれないわ」
マリアは自嘲気味に笑う。その姿があまりにも切なくて、私は思わず手を伸ばしかける。
「でもマリア様、ずっと一人で頑張ってきたんですよね。私にはわからない苦労があったんでしょう」
「ええ。私は殿下と結婚して、家の問題を解決したかったの。父や周囲が私を敬遠する中で、殿下だけが光だったから」
彼女の話を聞くと、自分の悩みがとても小さく感じる。マリアは必死に“悪役”を演じ、自分の弱さを隠してきたのだ。
「マリア様、もしよかったら……友達になってもらえませんか」
思わず口走ると、マリアは目を丸くする。
「はあ、何言ってんの。あんたと私、婚約者と横恋慕の立場じゃない」
「それはそうですけど……でも、同じように苦しんでる者同士、助け合えるかもしれないって」
勇気を振り絞った言葉に、マリアはあきれた顔をして、やがてくすりと笑った。
「変わってるわね、あんた。でも、嫌いじゃないわ」
そう言って少しだけ視線を逸らす。私はその横顔を見ながら、彼女にも救われた思いがしていた。険悪だった関係が、いつの間にか奇妙な友情へ変わりつつある。それは私にとって大きな支えとなりそうだった。
翌日、宮廷の中庭でマリアが私を呼び止める。相変わらず強い口調だが、その表情は前に比べて険しさが薄れたように感じる。
「何でしょうか、マリア様」
「別に大した用じゃないけど。あんた、王妃さまから正式に守られると聞いたわ。反王家の噂も収まりそうじゃない」
マリアの口振りに棘はあるものの、どこか安堵のようなものも感じられる。私は小さく息を吐きながら頷いた。
「ええ。王妃さまのおかげで、私が裏切り者扱いされることはなくなりそうです」
「ふーん。良かったわね」
マリアは素っ気なく言うが、その瞳には微かな優しさが宿っているように見えた。私が何も返さないでいると、彼女は少し視線をそらし、声を低める。
「……実は私も、殿下にいろいろ言われたのよ。『自分の気持ちを正直に伝えたらいいのに』って。でも私にはそんな勇気ないから、結局“悪役”を演じ続けるしかないの」
「殿下、そんなことを言ったんですね」
「ええ。あの人、ほんとに誰にでも優しいから困る。私のことも拒絶しないし、かといって進んで迎えてくれるわけでもない。だから、もどかしい」
マリアの口調は荒っぽいが、その胸の内には涙が滲んでいるように感じる。王太子殿下を慕いながらも、自らが“悪役”として立場を定めるしかない。それはどれほど切ないことだろう。
「私も……殿下にどう答えればいいのか、まだわからないんです」
「そりゃそうでしょう。あんたは怖いっていう単純な理由で逃げようとしてたけど、今はもっと複雑な思いがあるんでしょ」
鋭く指摘され、私は胸が痛む。王妃さまの優しさを知り、殿下の本気にも触れ、セスの厚意にも感謝している。もはや“怖いから逃げたい”だけでは片付けられない思いを抱えてしまった。
「私は、王家を出るかもしれない。でも、もしそうなったらマリア様には殿下を譲ります」
「はっ、偉そうに。譲るも何も、私は殿下の心を手に入れられないかもしれないわ」
マリアは自嘲気味に笑う。その姿があまりにも切なくて、私は思わず手を伸ばしかける。
「でもマリア様、ずっと一人で頑張ってきたんですよね。私にはわからない苦労があったんでしょう」
「ええ。私は殿下と結婚して、家の問題を解決したかったの。父や周囲が私を敬遠する中で、殿下だけが光だったから」
彼女の話を聞くと、自分の悩みがとても小さく感じる。マリアは必死に“悪役”を演じ、自分の弱さを隠してきたのだ。
「マリア様、もしよかったら……友達になってもらえませんか」
思わず口走ると、マリアは目を丸くする。
「はあ、何言ってんの。あんたと私、婚約者と横恋慕の立場じゃない」
「それはそうですけど……でも、同じように苦しんでる者同士、助け合えるかもしれないって」
勇気を振り絞った言葉に、マリアはあきれた顔をして、やがてくすりと笑った。
「変わってるわね、あんた。でも、嫌いじゃないわ」
そう言って少しだけ視線を逸らす。私はその横顔を見ながら、彼女にも救われた思いがしていた。険悪だった関係が、いつの間にか奇妙な友情へ変わりつつある。それは私にとって大きな支えとなりそうだった。
12
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』
鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」
幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。
その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、
彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。
目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。
だが、中身は何ひとつ変わっていない。
にもかかわらず、
かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、
「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
外見で価値を決められた令嬢が、
「選ばれる人生」をやめ、
自分の意思で未来を選び直す物語。
静かなざまぁと、
対等な関係から始まる大人の恋。
そして――
自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。
---
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十年目。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
王子、おひとり様で残りの人生をお楽しみください!
ちゃっぴー
恋愛
「ラーニャ、貴様との婚約を破棄する!」
卒業パーティーの真っ最中、ナルシストな第一王子ウィルフレッドに身に覚えのない罪で断罪された公爵令嬢ラーニャ。しかし、彼女はショックを受けるどころか、優雅に微笑んで拍手を送った。
なぜなら、ラーニャはとっくに王子の無能さに愛想を尽かし、この日のために完璧な「撤退準備」を進めていたからだ。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる