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王宮の井戸端会議
王宮の一室は、重苦しい沈黙に支配されていた。
部屋の中央に置かれた豪奢なテーブルには、昨夜の夜会でレベッカ・ナティアーノが暴露した『誓約書』が、不気味な存在感を放って置かれている。
それを囲むのは、この国の最高権力者たち。
国王リチャード。
王妃イザベラ。
そして、第一王子である私、アレクシス・フォン・ヴァルハイト。
宰相や近衛騎士団長も、厳しい顔で控えている。
「……信じられんな。あのナティアーノとクロワが、裏でこのような大逆を企んでいたとは」
国王が、深くため息をつきながら言った。
その声には、疲労と、信頼していた者に裏切られたことへの失望が滲んでいる。
「クロワ公爵もナティアーノ侯爵も、取り調べには応じているものの、互いに罪をなすりつけ合っている状況とのこと。見苦しい限りですな」
宰相の報告に、王妃イザベラが扇子をピシャリと鳴らした。
「見苦しいのは結構ですけれど、問題はこの後始末ですわ。我が国の二大名家が、揃って反逆罪。前代未聞のスキャンダルですわよ」
「うむ……。両家を法で裁き、爵位を剥奪し、財産を没収するのは当然として……、その影響が大きすぎる」
国王がこめかみを押さえる。
「両家が抱える領地、臣民、そして他国との交易。それら全てが、一瞬にして混乱に陥る。我が国の国力が、根底から揺らぎかねん事態だ」
まさに、その通りだった。
レベッカ・ナティアーノの自爆とも言える告発は、確かに王国を危機から救った。
だが同時に、あまりにも巨大な爆弾を、この国の中枢に仕掛けていったのだ。
「仲間割れしてくれたおかげで、未遂に終わったのは幸いでしたが……困りましたね」
私がそう呟くと、父である国王は唸った。
「ああ、本当に困った……。二つの名家が、我が国から無くなることは一大事じゃな」
「どうせそんな不忠な名家なら、あっても無くても変わりはないと思いますけれど」
王妃はあくまで強気だ。
だが、その言葉とは裏腹に、扇子を握る指先が白くなっているのを私は見逃さなかった。
誰もが、最善の解決策を見つけられずにいた。
張り詰めた空気の中、誰もが次の言葉を探して黙り込む。
その時だった。
コンコン、と控えめなノックの音に続き、重厚な扉が軽やかに開かれた。
「皆様、こんにちは。何やら深刻なお顔ですわね? 眉間にシワが寄って、せっかくの美貌が台無しですわよ?」
そこに立っていたのは、私の妹。
アナスタシア・フォン・ヴァルハイト王女。
ふわふわのドレスを揺らし、にこにこと屈託のない笑顔を浮かべている。
その場違いな明るさに、王妃が眉を吊り上げた。
「アナスタシア。ここは貴方が出てくる場ではありません。お部屋に戻りなさい」
「まあ、お母様、そんなに冷たいことを仰らないで。わたくしも、この国の王女ですもの。国の危機とあらば、何かお役に立てるやもしれませんわ」
悪びれる様子もなく、アナスタシアは部屋の中に入ってくると、テーブルの上に広げられた誓約書を興味深そうに覗き込んだ。
「まあ、これが噂の。レベッカ様も、思い切ったことをなさいましたのね」
「アナスタシア!」
国王の咎めるような声にも、彼女は肩をすくめるだけだ。
そして、その場の誰もが予想だにしなかった一言を、彼女は放った。
「ところで、お父様」
「なんだ?」
「バナナは、おやつに入るのでしょうか?」
「・・・・・・」
国王が固まった。
「・・・・・・」
王妃も固まった。
「・・・・・・」
宰相も騎士団長も、私も、そこにいた全員が、完全に沈黙した。
時が、止まった。
部屋を支配していた重苦しい空気は、今や、絶対零度の静寂に変わっている。
なんだ、今のは。
バナナ? おやつ?
この、国家の存亡がかかっているかもしれない会議の席で?
私の妹ながら、その思考の飛躍にはついていけない。
しかし、アナスタシアは、そんな周囲の凍り付いた空気を全く意に介していない。
彼女は一人、うーん、と首を傾げている。
「わたくし、昨夜からずっと考えているのですけれど、バナナは食事なのか、それともおやつなのか、結論が出なくて……」
「アナスタシア」
私がようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど低かった。
「今は、そんな話をしている場合ではないだろう」
「あら、兄様。そんなことありませんわ。物事の本質を見極めることは、とても大事ですのよ?」
「バナナとおやつの本質が、この状況と何の関係があるというんだ……」
私が頭痛をこらえながら言うと、アナスタシアは「もう!」と頬を膨らませた。
「違いますわよ! そういうことではなくて!」
「では、どういうことなんだ」
すると彼女は、急に真剣な表情になり、私たち一人一人の顔を見回した。
「レベッカ様のことですわ」
その口から出た名前に、私たちは再び黙り込む。
「レベッカ様は、確かに共犯者のお一人です。自らの家が企てた反逆計画に、加担していたのかもしれない」
「……だろうな。知らなかったでは済まされん」
「でも、でもですわ!」
アナスタシアは、テーブルをパンと軽く叩いた。
「彼女は、自らの手で、その計画を白日の下に晒したのです! これって、つまり『自首』したことになりませんこと?」
その、あまりにも突飛な、しかし、的を射ているかもしれない言葉に、私たちは顔を見合わせた。
王宮の一室は、重苦しい沈黙に支配されていた。
部屋の中央に置かれた豪奢なテーブルには、昨夜の夜会でレベッカ・ナティアーノが暴露した『誓約書』が、不気味な存在感を放って置かれている。
それを囲むのは、この国の最高権力者たち。
国王リチャード。
王妃イザベラ。
そして、第一王子である私、アレクシス・フォン・ヴァルハイト。
宰相や近衛騎士団長も、厳しい顔で控えている。
「……信じられんな。あのナティアーノとクロワが、裏でこのような大逆を企んでいたとは」
国王が、深くため息をつきながら言った。
その声には、疲労と、信頼していた者に裏切られたことへの失望が滲んでいる。
「クロワ公爵もナティアーノ侯爵も、取り調べには応じているものの、互いに罪をなすりつけ合っている状況とのこと。見苦しい限りですな」
宰相の報告に、王妃イザベラが扇子をピシャリと鳴らした。
「見苦しいのは結構ですけれど、問題はこの後始末ですわ。我が国の二大名家が、揃って反逆罪。前代未聞のスキャンダルですわよ」
「うむ……。両家を法で裁き、爵位を剥奪し、財産を没収するのは当然として……、その影響が大きすぎる」
国王がこめかみを押さえる。
「両家が抱える領地、臣民、そして他国との交易。それら全てが、一瞬にして混乱に陥る。我が国の国力が、根底から揺らぎかねん事態だ」
まさに、その通りだった。
レベッカ・ナティアーノの自爆とも言える告発は、確かに王国を危機から救った。
だが同時に、あまりにも巨大な爆弾を、この国の中枢に仕掛けていったのだ。
「仲間割れしてくれたおかげで、未遂に終わったのは幸いでしたが……困りましたね」
私がそう呟くと、父である国王は唸った。
「ああ、本当に困った……。二つの名家が、我が国から無くなることは一大事じゃな」
「どうせそんな不忠な名家なら、あっても無くても変わりはないと思いますけれど」
王妃はあくまで強気だ。
だが、その言葉とは裏腹に、扇子を握る指先が白くなっているのを私は見逃さなかった。
誰もが、最善の解決策を見つけられずにいた。
張り詰めた空気の中、誰もが次の言葉を探して黙り込む。
その時だった。
コンコン、と控えめなノックの音に続き、重厚な扉が軽やかに開かれた。
「皆様、こんにちは。何やら深刻なお顔ですわね? 眉間にシワが寄って、せっかくの美貌が台無しですわよ?」
そこに立っていたのは、私の妹。
アナスタシア・フォン・ヴァルハイト王女。
ふわふわのドレスを揺らし、にこにこと屈託のない笑顔を浮かべている。
その場違いな明るさに、王妃が眉を吊り上げた。
「アナスタシア。ここは貴方が出てくる場ではありません。お部屋に戻りなさい」
「まあ、お母様、そんなに冷たいことを仰らないで。わたくしも、この国の王女ですもの。国の危機とあらば、何かお役に立てるやもしれませんわ」
悪びれる様子もなく、アナスタシアは部屋の中に入ってくると、テーブルの上に広げられた誓約書を興味深そうに覗き込んだ。
「まあ、これが噂の。レベッカ様も、思い切ったことをなさいましたのね」
「アナスタシア!」
国王の咎めるような声にも、彼女は肩をすくめるだけだ。
そして、その場の誰もが予想だにしなかった一言を、彼女は放った。
「ところで、お父様」
「なんだ?」
「バナナは、おやつに入るのでしょうか?」
「・・・・・・」
国王が固まった。
「・・・・・・」
王妃も固まった。
「・・・・・・」
宰相も騎士団長も、私も、そこにいた全員が、完全に沈黙した。
時が、止まった。
部屋を支配していた重苦しい空気は、今や、絶対零度の静寂に変わっている。
なんだ、今のは。
バナナ? おやつ?
この、国家の存亡がかかっているかもしれない会議の席で?
私の妹ながら、その思考の飛躍にはついていけない。
しかし、アナスタシアは、そんな周囲の凍り付いた空気を全く意に介していない。
彼女は一人、うーん、と首を傾げている。
「わたくし、昨夜からずっと考えているのですけれど、バナナは食事なのか、それともおやつなのか、結論が出なくて……」
「アナスタシア」
私がようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど低かった。
「今は、そんな話をしている場合ではないだろう」
「あら、兄様。そんなことありませんわ。物事の本質を見極めることは、とても大事ですのよ?」
「バナナとおやつの本質が、この状況と何の関係があるというんだ……」
私が頭痛をこらえながら言うと、アナスタシアは「もう!」と頬を膨らませた。
「違いますわよ! そういうことではなくて!」
「では、どういうことなんだ」
すると彼女は、急に真剣な表情になり、私たち一人一人の顔を見回した。
「レベッカ様のことですわ」
その口から出た名前に、私たちは再び黙り込む。
「レベッカ様は、確かに共犯者のお一人です。自らの家が企てた反逆計画に、加担していたのかもしれない」
「……だろうな。知らなかったでは済まされん」
「でも、でもですわ!」
アナスタシアは、テーブルをパンと軽く叩いた。
「彼女は、自らの手で、その計画を白日の下に晒したのです! これって、つまり『自首』したことになりませんこと?」
その、あまりにも突飛な、しかし、的を射ているかもしれない言葉に、私たちは顔を見合わせた。
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