婚約破棄ですか?道連れにしますけど?

ともえなこ

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王女の無茶振り提案

「……自首、だと?」

国王が、訝しげにアナスタシアの言葉を繰り返す。

「どういうことだ、アナスタシア。彼女はただ、婚約者に裏切られた腹いせに、全てを暴露しただけだろう。そこに、国を思う心など欠片もあるまい」

「ええ、動機はそうかもしれませんわ。けれど、結果として、王国を救ったのは事実ですわよね?」

アナスタシアは一歩も引かない。

その瞳は、普段の天真爛漫な輝きとは違う、理知的な光を宿していた。

「それに、ですわ。そもそも、二つの大貴族が、こんな大それたことを企んでいることに、わたくしたち王家が全く気づけなかったこと。それも問題だとは思いませんこと?」

「……それは……」

国王が言葉に詰まる。

まさに、我々が先ほどまで議論していた核心だった。

「わたくしたちの監視や配慮が足りなかったから、彼らをそこまで増長させてしまった、という見方もできるはずです。つまり、わたくしたちにも、落ち度はあるのですわ」

「……詭弁だな。だが、一理なくもない」

私がそう呟くと、アナスタシアは「でしょう?」と得意げに胸を張った。

そして、彼女は大きく息を吸い込み、とんでもない爆弾を投下した。

「そこで、わたくしに考えがありますの!」

場の全員の視線が、彼女に集中する。

誰もが、この突拍子のない王女が、今度は何を言い出すのかと固唾をのんで見守っていた。

アナスタシアは、にっこりと、花が綻ぶような笑顔で、私を指さした。

「兄様!」

「……なんだ」

嫌な予感しかしない。

「兄様が、レベッカ様と婚約してくださいまし!」

「わ、わたしか!」

思わず、素っ頓狂な声が出た。

私だけではない。

国王も、王妃も、宰相でさえも、あんぐりと口を開けて固まっている。

「何を……何を言っているんだ、お前は!」

「正気ですの? アナスタシア!」

父と母の、非難とも驚愕ともつかない声が飛ぶ。

だが、私の妹は全く動じない。

「だって、それが一番丸く収まりますもの! 反逆者の娘とはいえ、国を救った功労者でもあるレベッカ様を、ただ牢に繋いでおくのは世論が許しませんわ」

「かといって、野放しにもできない。ならば、王家で、一番身近な場所で監視するのが合理的です!」

「その役目は、独身である兄様がうってつけ! 王子と婚約させることで、彼女の功績に報い、同時にその身柄を王家の管理下に置く。一石二鳥ですわ!」

立て板に水、とはこのことか。

アナスタシアは、よどみなく持論を展開する。

反論しようにも、妙な説得力があって言葉が出てこない。

「それに、ナティアーノ家とクロワ家が潰れた穴は、とても大きいですわ。その混乱を収めるためにも、新しい『希望の象徴』が必要なのです」

「『破滅の令嬢と救国の王子の政略結婚』。どうです? 民衆はこういう物語が大好きですわよ?」

民衆は好きかもしれんが、私の気持ちはどうなるんだ。

私が呆然としていると、アナスタシアはさらにとんでもないことを言い放った。

「そして、わたくしは! その間にクロワ公爵家に寝取られてきますわ! 潜入調査です!」

「「「それは無いだろ」」」

私と父上と母上の声が、完璧にハモった。

ガンッ!

「痛っ! あっ、兄様! まだ話の途中ですのに、ゲンコツするなんてひどいですわ!」

私は、こめかみをピクピクさせながら、妹の頭に振り下ろした拳を握りしめた。

「お前の潜入調査は金輪際いらん。というか、寝取られるな」

「むー……。せっかくの名案でしたのに」

頬を膨らませるアナスタシアを無視して、私は深くため息をついた。

だが、脳裏には先ほどの提案が、奇妙なほど現実味を帯びて反響していた。

レベッカ・ナティアーノ。

あの夜会の、全てを壊すことも厭わない、激しい瞳。

プライドが高く、傲慢で、しかし、ガラスのように脆い心を持った女。

彼女を、この手元に置く……か。

「……アレクシス?」

父上が、私の心中を察したように、声をかけてくる。

私は、無意識に口を開いていた。

「……まあ、それで国の治安が守られ、民が安堵するのであれば、悪くないかもしれませんな」

自分でも驚くほど、冷静な声が出た。

これは国のためだ。

そう、あくまで国のため。

決して、あの女豹のような令嬢に、個人的な興味を抱いたわけでは……。

「まあ! さすがは兄様、ご決断がお早い!」

その時、アナスタシアが、私の心を見透かしたように、パァッと顔を輝かせた。

「レベッカ様なら、体てきに『あり』だと仰っていますわ! 兄様はああいう、気の強い女性がお好みですものね!」

「なっ……!?」

「あわよくば、毎晩でもそのプライドごと抱き潰してやりたい、とのお考えです!」

「わが妹よ!!」

思わず、椅子から立ち上がって叫んでしまった。

「俺の心を、勝手に読むのはやめてくれ!!」

公の場で、王族にあるまじき大声を出してしまった。

宰相たちが、必死に笑いをこらえて肩を震わせている。

父上は呆れて天を仰ぎ、母上はこめかみを押さえている。

最悪だ。

しかし、当のアナスタシアは、きょとんとした顔で首を傾げた。

「あら? でも、兄様のお心には、今そう書いてありましたけれど……?」

「書いてない! 心に文字は書いてないんだ!」

「そうですの? ……でも、まあ、そういうことですので、お父様、お母様、ご裁可を!」

アナスタシアは、あっさりと私から両親へと向き直り、話を進めてしまう。

私は、再び椅子にどさりと腰を下ろした。

そして、誰にも聞こえないような声で、小さく呟く。

「…………概ね、その通りなんだがな」

こうして、私の意思とはほとんど関係のないところで、私の婚約者は、国で一番危険な爆弾娘に決まってしまったのだった。

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