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不本意な契約婚約
私が通されたのは、王宮の一角にある、飾り気のない一室だった。
窓には鉄格子こそはめられていないものの、外には常に二人の衛兵が立っているのが見える。
事実上の、軟禁だった。
あの夜会から、三日が過ぎていた。
父も、クロワ公爵も、そしてあのジュリアンも、どうなったのかは知らされない。
ただ、ナティアーノ家とクロワ家が、逆賊として厳しい沙汰を待つ身であることだけは、食事を運んでくる無口な侍女の態度から察せられた。
私も、同罪だ。
いずれ、断頭台か、あるいは生涯続く幽閉生活が待っているのだろう。
そう覚悟を決めた時、不思議と心は凪いでいた。
後悔は、ない。
あのまま、私だけが惨めに捨てられる未来より、よほどマシだ。
そう思っていた。
ガチャリ、と扉の鍵が開く音がして、一人の男が部屋に入ってくるまでは。
「……アレクシス王子」
そこに立っていたのは、この国の第一王子、アレクシス・フォン・ヴァルハイト殿下だった。
私は、ベッドから立ち上がり、反射的にスカートの裾をつまんで礼をする。
反逆者の娘とはいえ、王族への礼儀は体に染みついている。
「楽にしてくれ。罪人相手に、堅苦しい挨拶は不要だ」
彼の声は、温度というものが一切感じられない、平坦な響きを持っていた。
その怜悧な青い瞳が、私を値踏みするように見つめる。
処刑の言い渡しか。
私は、すっと背筋を伸ばした。
「して、本日はどのようなご用件でございましょうか。私めの処遇が、ようやくお決まりになりましたか」
できるだけ、毅然と。
憐れみなど乞うものか。
ナティアーノ侯爵家の娘としての、最後のプライドだった。
すると、王子は私の予想とは全く違う言葉を口にした。
「ああ、決まった。レベッカ・ バナ・ナティアーノ」
「君に、私との婚約を命じる」
「…………はい?」
一瞬、自分の耳を疑った。
聞き間違いか、あるいは、新しい手の込んだ拷問か何かだろうか。
「今、なんと……?」
「聞こえなかったか? 君を、私の婚約者にする、と言ったんだ。これは、国王陛下の勅命でもある」
彼の表情は、冗談を言っているようには見えなかった。
私は、混乱した。
頭が、真っ白になる。
婚約? この私が? 王子と?
なぜ?
「……どういう、ことですの? 意味が、わかりません」
「言葉通りの意味だ」
「なぜ、私を! 反逆者の娘ですのよ! あなた方、王家を裏切った家の人間を、なぜ妃に迎えようとなさるのです!」
思わず、感情が昂る。
「これは、罰なのですか!? 新たな屈辱を、私に与えようと!? それとも、私の口を封じるための……」
「取引だ」
私の言葉を遮り、王子は端的に告げた。
「取引……ですって?」
「そうだ。君のあの夜会の告発は、結果として王国を救った。その功績は認めねばなるまい。よって、君に褒賞を与える」
「褒賞が、あなたとの婚約……?」
「そして、君は同時に、国家を揺るがした大罪人の娘でもある。その身柄を野放しにはできない。よって、君を監視下に置く」
「監視が、あなたとの婚約……」
まるで、同じ言葉を繰り返す人形になった気分だった。
功績への褒賞であり、罪人への監視。
なんと都合のいい理屈だろう。
「つまり、私は、褒美という名の首輪をつけられ、王宮という名の籠で飼われるというわけですな」
皮肉を込めて言うと、王子は初めて、その表情をわずかに動かした。
口の端が、ほんの少しだけ吊り上がる。
それは、笑みと呼ぶにはあまりに冷たい形だった。
「物分かりが早くて助かる。君の父親と一族は、本来であれば極刑だが、君がこの婚約を受け入れることを条件に、爵位と領地の剥奪、国外追放で済ませてやる」
「……!」
それは、事実上の最後通牒だった。
私の選択肢は、初めから一つしかなかったのだ。
断れば、一族郎党、破滅。
受け入れれば、屈辱的な飼い殺しの日々。
だが、一族は、命だけは助かる。
「……汚い、やり方ですわね」
「褒め言葉と受け取っておこう。それで、答えは?」
王子は、青い瞳で私を射抜く。
私は、ゆっくりと目を閉じた。
脳裏に、両親の顔が浮かぶ。
愚かな父ではあったけれど、私を愛してくれていた。
ああ、結局、私は、家族を破滅させたかったわけではなかったのだ。
ただ、あの男が、ジュリアンが憎かっただけで。
自分のしでかしたことの大きさと、その結末の重さに、今更ながら眩暈がした。
「……承知、いたしました」
私は、膝を折り、深く頭を垂れた。
床に、ぽつりと雫が落ちる。
「このご婚約、謹んで、お受けいたします。王子殿下」
それは、感謝も、喜びも、何一つない。
ただ、屈辱と諦めに満ちた、降伏宣言だった。
私が通されたのは、王宮の一角にある、飾り気のない一室だった。
窓には鉄格子こそはめられていないものの、外には常に二人の衛兵が立っているのが見える。
事実上の、軟禁だった。
あの夜会から、三日が過ぎていた。
父も、クロワ公爵も、そしてあのジュリアンも、どうなったのかは知らされない。
ただ、ナティアーノ家とクロワ家が、逆賊として厳しい沙汰を待つ身であることだけは、食事を運んでくる無口な侍女の態度から察せられた。
私も、同罪だ。
いずれ、断頭台か、あるいは生涯続く幽閉生活が待っているのだろう。
そう覚悟を決めた時、不思議と心は凪いでいた。
後悔は、ない。
あのまま、私だけが惨めに捨てられる未来より、よほどマシだ。
そう思っていた。
ガチャリ、と扉の鍵が開く音がして、一人の男が部屋に入ってくるまでは。
「……アレクシス王子」
そこに立っていたのは、この国の第一王子、アレクシス・フォン・ヴァルハイト殿下だった。
私は、ベッドから立ち上がり、反射的にスカートの裾をつまんで礼をする。
反逆者の娘とはいえ、王族への礼儀は体に染みついている。
「楽にしてくれ。罪人相手に、堅苦しい挨拶は不要だ」
彼の声は、温度というものが一切感じられない、平坦な響きを持っていた。
その怜悧な青い瞳が、私を値踏みするように見つめる。
処刑の言い渡しか。
私は、すっと背筋を伸ばした。
「して、本日はどのようなご用件でございましょうか。私めの処遇が、ようやくお決まりになりましたか」
できるだけ、毅然と。
憐れみなど乞うものか。
ナティアーノ侯爵家の娘としての、最後のプライドだった。
すると、王子は私の予想とは全く違う言葉を口にした。
「ああ、決まった。レベッカ・ バナ・ナティアーノ」
「君に、私との婚約を命じる」
「…………はい?」
一瞬、自分の耳を疑った。
聞き間違いか、あるいは、新しい手の込んだ拷問か何かだろうか。
「今、なんと……?」
「聞こえなかったか? 君を、私の婚約者にする、と言ったんだ。これは、国王陛下の勅命でもある」
彼の表情は、冗談を言っているようには見えなかった。
私は、混乱した。
頭が、真っ白になる。
婚約? この私が? 王子と?
なぜ?
「……どういう、ことですの? 意味が、わかりません」
「言葉通りの意味だ」
「なぜ、私を! 反逆者の娘ですのよ! あなた方、王家を裏切った家の人間を、なぜ妃に迎えようとなさるのです!」
思わず、感情が昂る。
「これは、罰なのですか!? 新たな屈辱を、私に与えようと!? それとも、私の口を封じるための……」
「取引だ」
私の言葉を遮り、王子は端的に告げた。
「取引……ですって?」
「そうだ。君のあの夜会の告発は、結果として王国を救った。その功績は認めねばなるまい。よって、君に褒賞を与える」
「褒賞が、あなたとの婚約……?」
「そして、君は同時に、国家を揺るがした大罪人の娘でもある。その身柄を野放しにはできない。よって、君を監視下に置く」
「監視が、あなたとの婚約……」
まるで、同じ言葉を繰り返す人形になった気分だった。
功績への褒賞であり、罪人への監視。
なんと都合のいい理屈だろう。
「つまり、私は、褒美という名の首輪をつけられ、王宮という名の籠で飼われるというわけですな」
皮肉を込めて言うと、王子は初めて、その表情をわずかに動かした。
口の端が、ほんの少しだけ吊り上がる。
それは、笑みと呼ぶにはあまりに冷たい形だった。
「物分かりが早くて助かる。君の父親と一族は、本来であれば極刑だが、君がこの婚約を受け入れることを条件に、爵位と領地の剥奪、国外追放で済ませてやる」
「……!」
それは、事実上の最後通牒だった。
私の選択肢は、初めから一つしかなかったのだ。
断れば、一族郎党、破滅。
受け入れれば、屈辱的な飼い殺しの日々。
だが、一族は、命だけは助かる。
「……汚い、やり方ですわね」
「褒め言葉と受け取っておこう。それで、答えは?」
王子は、青い瞳で私を射抜く。
私は、ゆっくりと目を閉じた。
脳裏に、両親の顔が浮かぶ。
愚かな父ではあったけれど、私を愛してくれていた。
ああ、結局、私は、家族を破滅させたかったわけではなかったのだ。
ただ、あの男が、ジュリアンが憎かっただけで。
自分のしでかしたことの大きさと、その結末の重さに、今更ながら眩暈がした。
「……承知、いたしました」
私は、膝を折り、深く頭を垂れた。
床に、ぽつりと雫が落ちる。
「このご婚約、謹んで、お受けいたします。王子殿下」
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