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彼女の得意なこと
王宮での生活が始まってから、半月が過ぎた。
相変わらず侍女たちの態度はよそよそしく、貴族たちからは好奇の視線を向けられる。
そして、アレクシス王子との関係は、何一つ進展していない。
いや、むしろ、訓練場での一件以来、私は彼を意識してしまい、まともに顔を見ることもできなくなっていた。
そんなある日、私は時間を持て余していた。
読書にも、刺繍にも、身が入らない。
「はあ……」
ため息をつきながら、庭園をあてもなく散策する。
すると、庭園の隅にある、手入れの行き届いていない一角が目に入った。
そこは、観賞用の美しい花が咲き誇るエリアとは違い、様々な種類のハーブが、まるで野生のように生い茂っていた。
「まあ……ラベンダーに、カモミール。それに、ミントまで……」
私は、思わずその場に屈み込んだ。
かつて、母が侯爵家の庭で、同じようにハーブを育てていたのを思い出す。
『いい、レベッカ。ハーブはね、ただの草じゃないのよ。人の心を癒したり、痛みを和らげたりする、魔法の力を持っているの』
幼い頃、母に教わった知識が、鮮やかに蘇る。
いてもたってもいられなくなり、私は侍女を呼び止め、事情を話して籠と小さなハサミを借りた。
最初は訝しげな顔をしていた侍女も、私が本気だとわかると、呆れたように道具を渡してくれた。
私は、夢中になってハーブを摘み始めた。
これは、安眠効果のあるポプリにしよう。
これは、胃の調子を整えるお茶に。
これは、乾燥させて、虫よけのサシェにするのもいいかもしれない。
土の匂いと、ハーブの清々しい香りに包まれていると、王宮に来てからずっと張り詰めていた心が、少しずつ解きほぐされていくようだった。
どれくらい、そうしていただろうか。
ふと、背後に人の気配を感じて、私は振り返った。
「……何をしているんだ」
そこに立っていたのは、アレクシス王子だった。
私は、びくりと肩を震わせ、慌てて立ち上がる。
その手には、摘んだばかりのカモミールが握られていた。
「お、王子殿下……。これは、その……」
また、何か咎められるのだろうか。
王子の婚約者ともあろう者が、泥遊びのようなことをするな、と。
私は、咄嗟に籠を背後に隠した。
だが、王子は、私のそんな挙動には気づかないふりをして、私の手元に視線を落とした。
「それは、カモミールか」
「え……あ、はい。そうでございます」
「それで、どうするつもりだ」
彼の問いに、私はおそるおそる答えた。
「その……お茶にでも、と。カモミールティーは、神経を落ち着かせる効果がございますので」
「ほう。詳しいのだな」
「母に、少しだけ、教わりましたので。このラベンダーは、乾燥させてポプリにすれば、安眠を誘いますし、こちらのミントは、傷薬の材料にもなりますの」
話しているうちに、私は夢中になっていた。
次々と、ハーブの種類と、その効能を説明していく。
王子は、相槌を打つでもなく、ただ黙って、私の話を聞いていた。
一通り話し終えて、私はハッと我に返る。
なんてことだ。
王族である殿下に向かって、夢中になってベラベラと喋り続けてしまった。
顔から、さっと血の気が引く。
「も、申し訳ございません! 差し出がましいことを……! ご迷惑でしたら、すぐに、やめますので……!」
慌ててハーブを捨てようとする私を、彼の低い声が制した。
「いや、続けろ」
「え……?」
「続けてくれ。興味深い」
そう言って、彼は私の隣に、こともなげに屈み込んだのだ。
そして、私が摘んでいたハーブの一つを、指先でつまみ上げる。
「これは?」
「それは、レモンバームですわ。これも、お茶にすると、とても爽やかな香りが……」
信じられない光景だった。
あの、氷の王子が。
私と並んで、地面に膝をつき、ハーブを眺めている。
その横顔は、真剣そのものだった。
しばらくの間、私たちは、そうしてハーブの話をした。
私が説明し、彼が静かに聞く。
やがて、籠がいっぱいになると、私は立ち上がった。
「……そろそろ、失礼いたしますわ」
「ああ」
彼は立ち上がると、私の顔をじっと見つめた。
そして、ぽつり、と呟く。
「君は、俺の知らない顔を、たくさん持っているのだな」
その言葉に、私の心臓が、また、大きく音を立てた。
彼の青い瞳には、初めて見る、柔らかな色が浮かんでいた。
それは、私という人間そのものに向けられた、純粋な興味の色。
「……っ!」
私は、何も言えなくなり、ただ、顔が熱くなるのを感じた。
そして、ハーブの入った籠を抱え、逃げるようにその場を走り去ってしまった。
部屋に戻っても、心臓のドキドキは、しばらく収まらなかった。
王宮での生活が始まってから、半月が過ぎた。
相変わらず侍女たちの態度はよそよそしく、貴族たちからは好奇の視線を向けられる。
そして、アレクシス王子との関係は、何一つ進展していない。
いや、むしろ、訓練場での一件以来、私は彼を意識してしまい、まともに顔を見ることもできなくなっていた。
そんなある日、私は時間を持て余していた。
読書にも、刺繍にも、身が入らない。
「はあ……」
ため息をつきながら、庭園をあてもなく散策する。
すると、庭園の隅にある、手入れの行き届いていない一角が目に入った。
そこは、観賞用の美しい花が咲き誇るエリアとは違い、様々な種類のハーブが、まるで野生のように生い茂っていた。
「まあ……ラベンダーに、カモミール。それに、ミントまで……」
私は、思わずその場に屈み込んだ。
かつて、母が侯爵家の庭で、同じようにハーブを育てていたのを思い出す。
『いい、レベッカ。ハーブはね、ただの草じゃないのよ。人の心を癒したり、痛みを和らげたりする、魔法の力を持っているの』
幼い頃、母に教わった知識が、鮮やかに蘇る。
いてもたってもいられなくなり、私は侍女を呼び止め、事情を話して籠と小さなハサミを借りた。
最初は訝しげな顔をしていた侍女も、私が本気だとわかると、呆れたように道具を渡してくれた。
私は、夢中になってハーブを摘み始めた。
これは、安眠効果のあるポプリにしよう。
これは、胃の調子を整えるお茶に。
これは、乾燥させて、虫よけのサシェにするのもいいかもしれない。
土の匂いと、ハーブの清々しい香りに包まれていると、王宮に来てからずっと張り詰めていた心が、少しずつ解きほぐされていくようだった。
どれくらい、そうしていただろうか。
ふと、背後に人の気配を感じて、私は振り返った。
「……何をしているんだ」
そこに立っていたのは、アレクシス王子だった。
私は、びくりと肩を震わせ、慌てて立ち上がる。
その手には、摘んだばかりのカモミールが握られていた。
「お、王子殿下……。これは、その……」
また、何か咎められるのだろうか。
王子の婚約者ともあろう者が、泥遊びのようなことをするな、と。
私は、咄嗟に籠を背後に隠した。
だが、王子は、私のそんな挙動には気づかないふりをして、私の手元に視線を落とした。
「それは、カモミールか」
「え……あ、はい。そうでございます」
「それで、どうするつもりだ」
彼の問いに、私はおそるおそる答えた。
「その……お茶にでも、と。カモミールティーは、神経を落ち着かせる効果がございますので」
「ほう。詳しいのだな」
「母に、少しだけ、教わりましたので。このラベンダーは、乾燥させてポプリにすれば、安眠を誘いますし、こちらのミントは、傷薬の材料にもなりますの」
話しているうちに、私は夢中になっていた。
次々と、ハーブの種類と、その効能を説明していく。
王子は、相槌を打つでもなく、ただ黙って、私の話を聞いていた。
一通り話し終えて、私はハッと我に返る。
なんてことだ。
王族である殿下に向かって、夢中になってベラベラと喋り続けてしまった。
顔から、さっと血の気が引く。
「も、申し訳ございません! 差し出がましいことを……! ご迷惑でしたら、すぐに、やめますので……!」
慌ててハーブを捨てようとする私を、彼の低い声が制した。
「いや、続けろ」
「え……?」
「続けてくれ。興味深い」
そう言って、彼は私の隣に、こともなげに屈み込んだのだ。
そして、私が摘んでいたハーブの一つを、指先でつまみ上げる。
「これは?」
「それは、レモンバームですわ。これも、お茶にすると、とても爽やかな香りが……」
信じられない光景だった。
あの、氷の王子が。
私と並んで、地面に膝をつき、ハーブを眺めている。
その横顔は、真剣そのものだった。
しばらくの間、私たちは、そうしてハーブの話をした。
私が説明し、彼が静かに聞く。
やがて、籠がいっぱいになると、私は立ち上がった。
「……そろそろ、失礼いたしますわ」
「ああ」
彼は立ち上がると、私の顔をじっと見つめた。
そして、ぽつり、と呟く。
「君は、俺の知らない顔を、たくさん持っているのだな」
その言葉に、私の心臓が、また、大きく音を立てた。
彼の青い瞳には、初めて見る、柔らかな色が浮かんでいた。
それは、私という人間そのものに向けられた、純粋な興味の色。
「……っ!」
私は、何も言えなくなり、ただ、顔が熱くなるのを感じた。
そして、ハーブの入った籠を抱え、逃げるようにその場を走り去ってしまった。
部屋に戻っても、心臓のドキドキは、しばらく収まらなかった。
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