婚約破棄ですか?道連れにしますけど?

ともえなこ

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父の書斎

街での一件以来、私はアレクシス王子が向けてくれる、まっすぐな好意から、目を逸らすことができなくなっていた。

『君は、俺が守る』

その言葉は、まるで陽だまりのように、私の凍てついた心を少しずつ溶かしていく。

守られてばかりでは、いけない。

彼が、国の王子として、数多の責務を背負っているのなら。

その隣に立つことを許された私は、ただ守られるだけの、か弱い存在であってはならない。

私に、何かできることはないのだろうか。

そんなことを考えるうちに、私は、一つの大きな疑問に行き着いた。

そもそも、なぜ、父たちは、あれほどまでに王家の転覆に執着したのだろうか。

ただの権力欲。

そう結論付けるのは、簡単だ。

けれど、あの父が、家の全てを賭けるほどの計画。

そこには、単なる欲望だけではない、何か別の、『大義名分』があったのではないだろうか。

ふと、私の脳裏に、ある光景が蘇った。

事件が起こる少し前、父の書斎を訪れた時のことだ。

父は、私の入室にも気づかず、机の上に広げられた、ひどく古い羊皮紙の書物を、熱心に読みふけっていた。

『……見つけたぞ。これさえあれば……我がナティアーノ家の、正当な権利を……』

あの時、父は何を見つけたというのだろう。

正当な、権利とは?

その答えは、きっと、王宮のどこかにあるはずだ。

私は、侍女に断りを入れ、王宮の広大な図書室へと向かった。

目的は、普通の書物が並ぶエリアではない。

一般の者どころか、ほとんどの王族さえ足を踏み入れないという、最奥の『古文書保管庫』だった。

薄暗く、埃っぽい書庫。

そこには、この国の黎明期からの、膨大な記録が眠っていた。

幸いにも、王子の婚約者という立場のおかげで、立ち入りを咎められることはなかった。

「……気が遠くなるような量ですわね」

私は、途方に暮れながらも、一つずつ、書物を手に取っていく。

手がかりは、あまりに少ない。

父が読んでいたのは、羊皮紙の、古い装丁の本。

そして、我がナティアーノ家の紋章と、何か関係があるはずだ。

私は、何日も、何日も、時間を見つけては古文書保管庫に通い詰めた。

そして、その日。

私は、ついに、一つの手掛かりを見つけ出した。

それは、数百年前の、古い地誌をまとめた書物だった。

その中に、我がナティアーノ家の領地に関する、詳細な記述があったのだ。

その地図を、何気なく眺めていた、その時。

私は、ある一点に、釘付けになった。

現在のナティアーノ家の領地の、さらに北。

今は王家の直轄地となっている、広大な森林地帯。

その土地に、小さな、しかし、はっきりとした文字で、こう記されていた。

『旧ナティアーノ公国領』

……公国?

ナティアーノ家は、建国以来、侯爵家であったはずだ。

公爵家ですら、ない。ましてや、国など。

震える手で、ページをめくる。

そこには、衝撃的な記述があった。

建国神話の裏で、歴史から抹消された、もう一つの王家の存在。

そして、その王家の血を引く末裔が、臣下として下り、ナティアーノ家を名乗った、と。

「まさか……」

血の気が、引いていく。

父たちが企てたのは、単なる王家転覆ではなかった。

彼らにとっては、それは、『王位の奪還』だったのだ。

自分たちこそが、この国の、正当な統治者であると。

その歪んだ大義名分が、父を、あの狂気じみた計画へと駆り立てたのだ。

さらに、私は、別の書物から、もう一つの事実を見つけ出す。

それは、現在の王家の血統図。

その片隅に、ごく小さく、注釈が記されていた。

『――三代前の王妃は、クロワ公爵家より嫁ぐ。その際、血の断絶を避けるため、遠縁の血族を養子として迎え、世継ぎとする』

つまり、今の王家には、建国王の血が、直接には流れていない……?

「……なんて、こと……」

私は、その場に座り込みそうになるのを、必死でこらえた。

これは、この国の歴史を、根底から覆しかねない、あまりにも危険な秘密だ。

父は、この事実を突きつけ、王家を脅迫し、その座を奪い取るつもりだったのだ。

私は、見つけ出した資料を、強く胸に抱きしめる。

これを、どうすればいい?

黙っていれば、私は、このまま王子の婚約者として、穏やかに暮らせるかもしれない。

けれど。

私の脳裏に浮かんだのは、アレクシス王子の、真摯な顔だった。

彼を、騙したまま、その隣に居続けることなど、私には到底、できそうになかった。

私は、覚悟を決めた。

この事実は、全て、彼に打ち明けよう、と。

たとえ、その結果、私が再び罪人として断罪されることになったとしても。

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