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「うーん……また失敗ね」
ウピエルは、目の前のフラスコを覗き込み、小さくため息をついた。
伝説の万能薬『賢者の霊薬』への道は、やはり険しい。
フラスコの中には、どろりとした、灰色のスライム状の物質が残っているだけだった。
またしても、ただの失敗作だ。
「お嬢様、お茶が入りましたが……」
侍女のマリアが、心配そうに声をかける。
ウピエルは、ここ数日、ほとんど部屋にこもりっきりだった。
「ありがとう、マリア。ああ、そうだわ。この失敗作、もったいないから何かに使えないかしら……。そうだ、これ、洗浄効果だけは妙に高いのよね」
ウピエルは、スライム状の物質を指で少しすくい取ると、近くにあった汚れた銀の燭台を、それで軽くこすってみた。
すると、どうだろう。
長年こびりついていた黒ずみが、まるで魔法のように、するりと落ちていくではないか。
「あら、すごいわ。じゃあ、これ、掃除用にでもしてちょうだい。たくさんあるから、皆で分けて使って」
「は、はあ……」
ウピエルは、失敗作の処理をマリアに任せると、すぐにまた新しい調合の計算に戻ってしまった。
マリアは、与えられた灰色のスライムを、どうしたものかと首を傾げた。
「(洗浄効果が高い、ねえ……)」
マリアは、ふと思いついて、そのスライムを少しだけ布に取り、自分の部屋の窓を拭いてみた。
結果は、驚くべきものだった。
ガラスが、まるで存在しないかのように、ピカピカの透明になったのだ。
「こ、これはすごい……!」
噂は、あっという間に公爵家の使用人たちの間に広まった。
「ねえ、マリアさんから貰った、あのお嬢様の失敗作ってやつ、使ってみた?」
「ええ! 頑固な鍋の焦げ付きが、こすりもせずに取れたのよ!」
「私は、洗濯に使ってみたんだけど、旦那の作業着の油汚れが真っ白に!」
「ちょっと、それだけじゃないのよ! 私、それで手を洗ってみたら……見て!」
一人の若い侍女が、自分の両手を皆に見せた。
その手は、水仕事で荒れていたのが嘘のように、しっとりと滑らかになり、まるで赤子のようにすべすべになっていた。
「「「えええええっ!?」」」
使用人たちの間で、その灰色のスライム――いつしか『ウピエル様の奇跡のスライム』と呼ばれるようになった――は、万能洗剤として、そして究極の美容品として、奪い合いになるほどの人気を博した。
その噂は、公爵家に出入りしていた御用商人の耳にも、すぐに入ることとなる。
「なんですと!? 汚れを落とし、なおかつ肌をすべすべにする魔法の石鹸……?」
商人は、目の色を変えた。
彼は、あらゆるコネを使い、侍女から『奇跡のスライム』の欠片を分けてもらうことに成功する。
そして、その驚くべき効果を目の当たりにして、確信した。
(これは、売れる……! いや、化けるぞ!)
商人は、すぐさまクライフォルト公爵に面会を申し込んだ。
「公爵様! お嬢様が開発なされた、あの素晴らしい石鹸を、ぜひ当商会で商品化させてはいただけませんでしょうか!」
「石鹸……? 娘が、そのようなものを開発したなど、聞いておらんが……」
話を聞いた公爵も、そして当の本人であるウピエルも、きょとんとするばかりだった。
「石鹸? ああ、あの失敗作のことかしら……」
自分がゴミだと思っていたものが、世間では「魔法の石鹸」として、とてつもない価値を持つものだと知らされたウピエルは、ただただ困惑するしかなかった。
こうして、ウピエルが全く意図しないところで、彼女の才能はまたしても世に出て、人々の生活を変えようとしていた。
本人のあずかり知らぬところで、『できる悪役令嬢(だった人)』の伝説は、新たな一ページを刻み始めたのである。
ウピエルは、目の前のフラスコを覗き込み、小さくため息をついた。
伝説の万能薬『賢者の霊薬』への道は、やはり険しい。
フラスコの中には、どろりとした、灰色のスライム状の物質が残っているだけだった。
またしても、ただの失敗作だ。
「お嬢様、お茶が入りましたが……」
侍女のマリアが、心配そうに声をかける。
ウピエルは、ここ数日、ほとんど部屋にこもりっきりだった。
「ありがとう、マリア。ああ、そうだわ。この失敗作、もったいないから何かに使えないかしら……。そうだ、これ、洗浄効果だけは妙に高いのよね」
ウピエルは、スライム状の物質を指で少しすくい取ると、近くにあった汚れた銀の燭台を、それで軽くこすってみた。
すると、どうだろう。
長年こびりついていた黒ずみが、まるで魔法のように、するりと落ちていくではないか。
「あら、すごいわ。じゃあ、これ、掃除用にでもしてちょうだい。たくさんあるから、皆で分けて使って」
「は、はあ……」
ウピエルは、失敗作の処理をマリアに任せると、すぐにまた新しい調合の計算に戻ってしまった。
マリアは、与えられた灰色のスライムを、どうしたものかと首を傾げた。
「(洗浄効果が高い、ねえ……)」
マリアは、ふと思いついて、そのスライムを少しだけ布に取り、自分の部屋の窓を拭いてみた。
結果は、驚くべきものだった。
ガラスが、まるで存在しないかのように、ピカピカの透明になったのだ。
「こ、これはすごい……!」
噂は、あっという間に公爵家の使用人たちの間に広まった。
「ねえ、マリアさんから貰った、あのお嬢様の失敗作ってやつ、使ってみた?」
「ええ! 頑固な鍋の焦げ付きが、こすりもせずに取れたのよ!」
「私は、洗濯に使ってみたんだけど、旦那の作業着の油汚れが真っ白に!」
「ちょっと、それだけじゃないのよ! 私、それで手を洗ってみたら……見て!」
一人の若い侍女が、自分の両手を皆に見せた。
その手は、水仕事で荒れていたのが嘘のように、しっとりと滑らかになり、まるで赤子のようにすべすべになっていた。
「「「えええええっ!?」」」
使用人たちの間で、その灰色のスライム――いつしか『ウピエル様の奇跡のスライム』と呼ばれるようになった――は、万能洗剤として、そして究極の美容品として、奪い合いになるほどの人気を博した。
その噂は、公爵家に出入りしていた御用商人の耳にも、すぐに入ることとなる。
「なんですと!? 汚れを落とし、なおかつ肌をすべすべにする魔法の石鹸……?」
商人は、目の色を変えた。
彼は、あらゆるコネを使い、侍女から『奇跡のスライム』の欠片を分けてもらうことに成功する。
そして、その驚くべき効果を目の当たりにして、確信した。
(これは、売れる……! いや、化けるぞ!)
商人は、すぐさまクライフォルト公爵に面会を申し込んだ。
「公爵様! お嬢様が開発なされた、あの素晴らしい石鹸を、ぜひ当商会で商品化させてはいただけませんでしょうか!」
「石鹸……? 娘が、そのようなものを開発したなど、聞いておらんが……」
話を聞いた公爵も、そして当の本人であるウピエルも、きょとんとするばかりだった。
「石鹸? ああ、あの失敗作のことかしら……」
自分がゴミだと思っていたものが、世間では「魔法の石鹸」として、とてつもない価値を持つものだと知らされたウピエルは、ただただ困惑するしかなかった。
こうして、ウピエルが全く意図しないところで、彼女の才能はまたしても世に出て、人々の生活を変えようとしていた。
本人のあずかり知らぬところで、『できる悪役令嬢(だった人)』の伝説は、新たな一ページを刻み始めたのである。
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