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第4話 カフカのエスコート
しおりを挟む「さあ、リルティア。皆が君を待っている」
カフカ殿下は、そう言って優雅に腕を差し出した。
私はまだ混乱の渦中にいたけれど、ここで断るのは淑女としてありえない。
おそるおそる、その腕に自分の指を絡ませた。
「光栄ですわ、殿下」
なんとかそれだけを口にすると、私たちは音楽が流れるホールの中心へと歩き出した。
隣を歩く殿下の歩幅は、私の小さな歩幅に完璧に合わせられていた。
まるで、ずっと前から一緒に歩いていたかのように、自然で心地よい。
「喉は渇いていないかい? あちらに上質なシャンパンが用意されているが」
「あ、ありがとうございます。ですが、まだ大丈夫ですわ」
「そうか。もし何か飲みたくなったら、すぐに言うんだよ」
さりげない気遣い。完璧なタイミング。
エスコートされるというのは、こんなにも心地よいものだっただろうか。
私たちは、挨拶にやってくる貴族たちにこやかに応対した。
「これはこれは、王太子殿下。そして、ラジエル嬢。お二人が並ばれると、まるで絵画のようですな」
年配の侯爵が、そう言って目を細める。
「そうだろう? 私のリルティアは、この国で一番の宝なのだから」
カフカ殿下は、何のてらいもなくそう言ってのけた。
「も、もったいないお言葉ですわ……」
私は顔を赤くして俯くことしかできない。
心臓が、さっきからずっとうるさく鳴り続けている。
(もしかして、本当に……この方は、素敵な方なのかしら……?)
あれだけ固く誓った婚約破棄の決意が、メレンゲのように甘く溶けていくのを感じる。
噂なんて、所詮は人の口から出た無責任な言葉の羅列。
嫉妬やっかみから、尾ひれがついて広まっただけなのかもしれない。
現に、私の目の前にいるカフカ殿下は、噂の『クズ』とは似ても似つかない、完璧な王子様だ。
「少し、あちらにご挨拶をしても?」
「ああ、もちろん。私はここで待っているよ」
私はカフカ殿下に一礼し、友人である伯爵令嬢たちの輪に向かった。
「まあ、リルティア様!」
「殿下とご一緒だなんて、素敵ですわ!」
友人たちの羨望の眼差しが、少しだけくすぐったい。
私は友人たちと当たり障りのない会話を交わしながらも、目でカフカ殿下の姿を追っていた。
彼は、一人になった今も、決して退屈そうにしているわけではなかった。
年老いた伯爵夫人が側に寄れば、その手を取り、そっと膝をついて労いの言葉をかけている。
初めての夜会で緊張しているのだろう、壁際で小さくなっている男爵令嬢を見つけると、自ら歩み寄り、どこからか取り出した一輪の白い花を優しく差し出していた。
令嬢は、顔を真っ赤にしてそれを受け取っている。
そして、カフカ殿下は、彼女にだけではなく、その周りにいた他の令嬢たちにも、にこやかに、平等に、言葉をかけていた。
その光景を見た瞬間、私の胸にチクリと小さな棘が刺さった。
(……え?)
おかしい。
何かが、おかしい。
あの優しさは。あの甘い言葉は。
(わたくしだけに向けられたものでは……なかったの……?)
さっきまで天にも昇る心地だったのに、今は冷たい水を浴びせられたように、頭が冷えていく。
そうよ。よく考えてみれば、そうじゃないの。
『私のリルティア』?
『この国で一番の宝』?
あんな甘い言葉を、きっと、誰にでも囁いているのだわ。
あの気弱そうな男爵令嬢にも。その隣にいる侯爵令嬢にも。
そうやって、全ての女に思わせぶりな態度をとって、手玉に取って楽しんでいるに違いない。
だから、あの『クズ王太子』なんて不名誉な噂が立つのだわ。
(……やっぱり)
心の中で、何かが音を立てて崩れた。
(やっぱり、この人……クズじゃないの!)
さっき芽生えたばかりの淡い期待の蕾は、無残にも踏み潰された。
代わりに湧き上がってきたのは、今までに感じたことのない、黒くて、ドロドロとした感情。
にこやかに他の令嬢と談笑するカフカ殿下の横顔を遠くから見つめながら、私は唇をぎゅっと噛み締めた。
胸が、苦しい。
どうしてこんなに苦しいのか、私にはまだ、わからなかった。
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