『クズ王太子の婚約者って私聞いてませんわ!』

ともえなこ

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第3話 カフカを気に入るリルティア

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そして、運命の夜会当日。

ラジエル公爵家の馬車が、王宮の正面玄関に滑るように停止した。

供の騎士に手を引かれて馬車を降りた私は、目の前にそびえ立つ白亜の城を見上げて、ごくりと喉を鳴らした。

豪華絢爛。荘厳華麗。

どんな言葉を使っても、この王城の美しさを表現し尽くすことはできないだろう。

「……すごい」

思わず漏れた素直な感想に、私はハッとして咳払いをした。

いけない、いけない。気圧されている場合ではないわ。

今日の私は、クズ王太子を叩きのめしに来た、誇り高き悪役令嬢なのだから。

「リルティア・ラジエル公爵令嬢、並びに、ラジエル公爵様、奥様、ご入場です」

朗々とした声がホールに響き渡り、重厚な扉が開かれる。

一歩足を踏み入れると、そこは光の世界だった。

天井からは巨大なシャンデリアが幾つも吊り下げられ、磨き上げられた大理石の床にその光が乱反射している。

すでに集まっている貴族たちの煌びやかな衣装と宝石が、その輝きをさらに増幅させていた。

「……リルティア、くれぐれも粗相のないように」

お父様が心配そうに囁くが、私は聞こえないふりをした。

今日の主役は、もちろんあの男のはずだ。

私はホールの中を睥睨するように見回し、ターゲットの姿を探した。

「ああ、リルティア嬢。お待ちしておりました」

その声は、まるで上質なベルベットのように、私の耳に滑り込んできた。

振り返った私の目に飛び込んできたのは、一人の青年だった。

夜のように深い色の髪は、シャンデリアの光を吸い込んで艶やかに輝いている。

通った鼻筋に、知性を感じさせる涼やかな目元。そして、その唇が弧を描いた瞬間、その場の空気がふわりと華やいだ気がした。

軍服を模した豪奢な衣装は、彼の鍛えられた身体の線を完璧に引き立てている。

その立ち姿は、あまりにも優雅で、気高く、そして美しかった。

(こ、この人が……カフカ・ララフォート……?)

噂に聞いていた「クズ」のイメージとは、あまりにもかけ離れている。

私が呆然としていると、彼は優雅に歩み寄り、私の目の前で完璧な礼をした。

「お会いできて光栄です、リルティア嬢」

「……っ!」

私は練習の成果を思い出し、慌てて扇を広げて口元を隠した。

そして、できる限り高慢な声色で応じる。

「ご、ごきげんよう、王太子殿下。わざわざお出迎えだなんて、ご苦労なことですわね」

我ながら、完璧な嫌味だ。

普通の男なら、少しは顔を曇らせるはず。

しかし、カフカ王太子は全く動じなかった。

それどころか、うっとりとした表情で私を見つめると、そっと私の手を取った。

「嗚呼、私のリルティアよ、遥々遠くから我が元へようこそ。まさか君がこんなにも美しかったとはね……」

その熱のこもった瞳に射抜かれ、私の心臓がドクンと大きく跳ねた。

「なっ……!?」

「その真紅のドレスも、君の白い肌によく映えている。まるで、誇り高く咲く一輪の薔薇のようだ」

彼は私の手を取り、その甲にチュッと軽い口づけを落とした。

「!!!」

顔に、カッと熱が集まるのがわかった。

計画が、私の練り上げた『悪役令嬢計画』が、早くも根底から崩れ去ろうとしている。

「薔薇がとても似合いそうだ。そうだ、私たちの結婚式の式場は、この世の全ての薔薇で埋め尽くして、君に差し上げよう」

甘く、とろけるような声で囁かれ、私の思考は完全に停止した。

その時だった。

「リルティア様が困っております。それに、この世の全ての薔薇を手配するのは不可能です、殿下」

凛とした、冷静な声が二人の間に割って入った。

声の主は、カフカの背後に控えていた、銀の鎧に身を包んだ女騎士だった。

確か、女騎士団長のレオノーラ・シュヴァルツ様。

カフカは少し残念そうに眉を下げた。

「確かにそうだな。レオノーラの言う通りだ」

(そうよ、少しは常識を弁えなさい!)

私が心の中で毒づいた、次の瞬間。

「では、この世の全種類の薔薇にするとしよう。それなら可能だろう?」

彼は悪戯っぽく微笑んで、私にウィンクしてみせた。

「えっと……」

私は、ただそう応えることしかできなかった。

レオノーラ殿は、やれやれとばかりに首を振っている。

(一体、何処がクズなんですの……?)

噂とは違いすぎる。

あまりにも完璧で、甘くて、そして、少しだけ強引なこの人を、私は……。

(もしかしたら、噂の方が、間違いだったのでは……?)

私の胸に、婚約破棄の決意とは全く別の、淡い期待の蕾が芽生え始めていた。
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