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第2話 カフカからの招待状
しおりを挟む自室に閉じこもってから三日が過ぎた。
「許さない……絶対に許してなるものですか……!」
私はベッドの上で、刺繍のクッションを抱きしめながら、呪いの言葉のように呟き続ける。
ラジエル公爵令嬢であるこの私の婚約相手が、あの国中の笑い者、『クズ王太子』だなんて。
考えれば考えるほど、腹の底から怒りが煮えくり返ってくる。
「お嬢様、朝食をお持ちいたしました」
控えめなノックと共に、侍女のエマがワゴンを押して入ってきた。
彼女は私が幼い頃から仕えてくれている、一番の腹心だ。
「……食欲なんてありませんわ」
「またそのようなことを仰って。お顔の色が優れませんわ、お嬢様」
心配そうに眉を寄せるエマに、私はむすっとしたまま顔を背ける。
「当たり前でしょう! 三日もまともに眠れていないのですから!」
「婚約の話、旦那様から伺いました。しかし、お相手は王太子殿下です。そのように気を落とされずとも……」
「エマ! あなたまでお父様と同じことを言うの!?」
私はベッドから勢いよく起き上がった。
「いいこと、エマ。わたくしは決めました。この婚約、力づくで破棄させてみせますわ!」
私の宣言に、エマは困ったように微笑んだ。
「まあ……お嬢様らしいですけれど。具体的にはどうなさるおつもりで?」
「決まっているでしょう。初対面で、徹底的に嫌われるのよ!」
私はクローゼットの扉を勢いよく開け放った。
中には、国内外から取り寄せた最新のデザインのドレスが、色とりどりに並んでいる。
「まずは見た目からよ! 品位? 清楚? そんなもの、犬にでも食わせておしまいなさい!」
私が引っ張り出したのは、真紅のサテン生地に、これでもかと黒いレースがあしらわれた、およそ昼間の令嬢が着るには派手すぎるデザインの一着だった。
「まあ! お嬢様、そちらは夜会のためのドレスでは……!」
「これくらいでなければ、あの色ボケ王太子の度肝を抜けないでしょう!?」
さらに、宝石箱から大ぶりのルビーの首飾りと耳飾りを取り出す。
「どうかしら、エマ! これなら、成金趣味の悪役令嬢に見えるかしら!?」
鏡の前でポーズをとる私に、エマは「お、お美しいですが、少し主張が激しいかと……」と正直な感想を述べる。
「それがいいのよ! あの男がドン引きするくらいの格好でなければ意味がないわ!」
それからというもの、私は『クズ王太子に嫌われるための作戦』の準備に没頭した。
高慢ちきな挨拶の練習。
相手を小馬鹿にしたような笑い方の研究。
相手の自尊心を木っ端微塵にするための会話シミュレーション。
「ごきげんよう、王太子殿下。噂に違わぬ、軽薄そうなお顔ですわね。オホホホホ!」
「まあ! お嬢様、そのようなことを本当に仰るおつもりですか!?」
青ざめるエマを尻目に、私は完璧な『悪役令嬢』になりきるべく、努力を続けた。
そんなある日の午後だった。
コンコン、と控えめなノックの音。
「お嬢様、王家よりお手紙が届いております」
入ってきた執事が、銀の盆に載せた一通の封蝋付きの手紙を差し出した。
そこには、ララフォート王家の紋章である『剣と薔薇』が刻印されている。
「……!」
私とエマの間に緊張が走る。
ゴクリと喉を鳴らし、私はペーパーナイフで慎重に封を切った。
中から現れた上質な羊皮紙には、流れるように美しい筆記体で、こう綴られていた。
『麗しのリルティア・ラジエル嬢へ
春の光があなたの頬を撫でるように、私の心もあなたへの想いで満たされています。
近々、ささやかながら夜会を催したく思います。
ぜひ、我が城へお越しいただき、あなたのその美しい瞳を、私だけに見せてはくれませんか。
カフカ・ララフォート』
「…………」
予想していたよりも、遥かに丁寧で、甘く、そして詩的な文面に、私は思わず言葉を失った。
「まあ……なんて素敵な……」
エマがうっとりと呟く。
私はハッと我に返り、羊皮紙をくしゃりと握りしめそうになるのを必死でこらえた。
「だ、騙されてはダメよ、エマ! こういう手合いは、女を口説き慣れているのよ!」
「そ、そうでしょうか……」
「そうに決まっているでしょう! 見てなさい……!」
私は招待状をテーブルに叩きつけた。
「望むところだわ、カフカ・ララフォート。あなたのその化けの皮、この私が剥がし尽くしてあげる!」
決戦の日は、近い。
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