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第12話 フブカとリルティア
しおりを挟む何時間、そうしていただろうか。
涙はとうに枯れ果て、私はただ虚ろな目で、カフカ殿下の寝顔を見つめていた。
すると、静かに扉が開き、フブカ王女が入ってきた。
彼女は、血で汚れた桜色のドレスから、簡素な黒いドレスに着替えていた。
その顔は、悲しみと疲労で青白い。
「……リルティア様」
私は、彼女に顔を向けられなかった。
愛する兄を、こんな目に遭わせた女。
どんな罵声を浴びせられても、仕方がない。
「……合わせる顔が、ございません」
私は、床に視線を落としたまま、か細い声でそう言った。
しかし、フブカ王女から飛んできたのは、意外な言葉だった。
「顔を上げてください、リルティア様。これは、あなたのせいではありませんわ」
その声は、驚くほど静かで、優しかった。
私は、おそるおそる顔を上げた。
フブカ王女は、私の隣に立つと、真っ直ぐな瞳で私を見つめていた。
「悪いのは、あなたをここまで追い詰めてしまった、お兄様の不器用さ。そして……あの暗殺者です」
「……っ」
「ですから、ご自分を責めないでください」
フブカ王女の優しい言葉に、枯れたはずの涙腺が、また熱くなる。
彼女だって、誰よりも辛いはずなのに。
悲しいのは、私だけではないのに。
「でも、わたくしが……!」
「いいえ」
フブカ王女は、私の言葉をきっぱりと遮った。
「こうして後悔しているだけでは、何も変わりません。お兄様は、目を覚ましてはくれないのです」
その言葉は、冷たい真実として私の胸に突き刺さった。
「ただ待っているだけでは、ダメなのです」
フブカ王女は、ベッドで眠る兄に視線を移し、そして、再び私を見た。
その瞳には、悲しみではなく、燃えるような強い意志の光が宿っていた。
「お兄様を助けられるのは、私と、あなたしかいないかもしれませんわ」
その言葉に、私はハッとした。
「牢にいるアナクシスから、毒の情報を引き出すのです。そして、何処かにあるはずの解毒薬を、この手で見つけ出すのです」
それは、あまりにも無謀で、危険な賭けに思えた。
けれど、フブカ王女の瞳は、決して諦めてはいなかった。
その強い光を見ているうちに、私の心の中にも、小さな、小さな灯火がともるのを感じた。
そうだ。
こうして泣いているだけでは、何も始まらない。
後悔しているだけでは、殿下は救えない。
私が、動かなければ。
私が、殿下を救うんだ。
「……わたくしも、行きます」
私は、カフカ殿下の手をぎゅっと握りしめ、立ち上がった。
そして、フブカ王女の目を、まっすぐに見つめ返した。
「殿下を救うためなら、わたくし、何でもいたしますわ」
私の声は、まだ震えていたかもしれない。
でも、そこには、確かな決意が宿っていた。
私の言葉を聞いて、フブカ王女の唇に、微かな笑みが浮かんだ。
「ええ。一緒に行きましょう、リルティア様」
絶望の淵で、二人の少女の間に、一本の固い絆が結ばれた。
カフカ・ララフォートを救う、という共通の目的のために。
私たちの、長く、そして危険な旅が、始まろうとしていた。
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