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第13話 アナクシスとリルティア
しおりを挟む王宮の地下深くにある牢獄は、ひやりとした石の冷気と、湿った黴の匂いに満ちていた。
松明のゆらめく光が、鉄格子の影を不気味に壁へと映し出している。
その一番奥の牢に、アナクシス・ヴァリエールはいた。
手足を枷で拘束されていてもなお、彼女は背筋を伸ばし、その瞳からは一切の光を失っていなかった。
「……何の用ですの。敗者への見物かしら、王女殿下。それとも、公爵令嬢様?」
アナクシスは、私たちを一瞥すると、嘲るように唇の端を吊り上げた。
私は、カフカ殿下の白い寝顔を思い出し、怒りで体が震えるのを抑えられなかった。
「なぜあのようなことを! 殿下は、あなたにまで優しく接してくださっていたではありませんか!」
私の詰問に、アナクシスは、心の底からおかしいというように、くつくつと喉を鳴らして笑った。
「優しさ? あの男の施しのような微笑みが、優しさですって? 笑わせないでちょうだい」
そして、彼女の瞳が、凍るような憎悪を宿して、私を射抜いた。
「リルティア・ラジエル……その名を聞くのも悍ましい。お前の一族は、我がヴァリエール家の、不倶戴天の敵だ」
「……なんですって?」
全く、心当たりがなかった。
ラジエル家とヴァリエール家。社交界で顔を合わせることはあっても、敵対するような関係ではなかったはずだ。
「何のことですの!? わたくしたちが、あなた方に何をしたと……!」
「とぼけるのもお上手ですこと! 二代前、我が祖父が領地を治めていた頃、お前の祖父の讒言によって、ヴァリエール家は反逆の濡れ衣を着せられ、豊かな領地と爵位を奪われた! その全てを奪い取ったのが、ラジエル家だということを、忘れたとは言わせないわ!」
アナクシスの叫びは、牢獄の壁に反響した。
彼女の瞳からは、涙が止めどなく流れている。
それは、長年募らせてきた、一族の恨みの涙だった。
「だから、復讐しようと……?」
「当然よ! お前たち一族と、それを許した王家は、万死に値する!」
憎しみに凝り固まった彼女に、フブカ王女が冷静な声で一歩前に出た。
「話は分かりました。ですが、今はそんな過去の遺恨よりも、優先すべきことがありますわ」
フブカ王女は、鉄格子越しにアナクシスの瞳をまっすぐに見つめた。
「解毒薬の在処を、教えなさい」
「……断る、と言ったら?」
「お兄様が亡くなれば、あなたの復讐もそれで終わりです。ヴァリエール家の汚名をそそぐ機会は、永遠に失われる。それで、本当にいいのですか?」
「……!」
アナクシスの表情が、初めて揺らいだ。
「お兄様が助かれば、話は別。今回の事件の再調査も行われるでしょう。もし、あなたの言う通り、過去にラジエル家の不正があったのなら……真実が明らかになる可能性も、ゼロではない」
フブカ王女の言葉は、悪魔の囁きのようだった。
憎い王太子をこのまま死なせるか。それとも、一族の悲願である名誉回復の可能性に賭けるか。
長い沈黙の後、アナクシスは、顔を上げて乾いた笑い声を上げた。
「……フフ、ハハハハ! 面白いわ、王女殿下。いいでしょう、教えてあげる」
彼女は、まるで獲物を罠に誘い込むかのように、妖しく微笑んだ。
「解毒薬そのものはないわ。でも、その調合方法を記した古文書が、どこかにあるかもしれない。欲しければ、取りに行くといいわ。我が一族の怨念が眠る、あの山奥の旧屋敷にね……!」
その言葉が、罠である可能性は高い。
けれど、私たちには、もうその蜘蛛の糸にすがるしか、道は残されていなかった。
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