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啓斗の気持ち1

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自分がそれなりにモテる方だと自覚したのは、小学校三年生の頃だった。
幼稚園時代にも女の子から折り紙やシール、覚えたてのつたない字で書かれた手紙らしきものを渡されていたけれど、はっきりと自我が芽生えたのがその頃だった。
初彼女は小五の時の同級生。公開告白されて断れない雰囲気の中、付き合うことになった。その子に特別な感情を持っていたわけではなかったけれど、付き合ってみたら好きになれるかもしれないと思ったからだ。結局好きになる前に相手の心変わりでフラれたけれど。
以降も放課後に呼び出されたり下駄箱にラブレターを入れられたり、アプローチされることは多々あった。中学の卒業式の日に第二どころか袖口のボタンまでむしり取られた時は友人達からからかいまじりに賞賛されたっけ。
クラスや部活動、委員会が同じなど少しでも接点があるならまだ理解できる。でも口を聞いたこともないような後輩までやってきて何でもいいから記念にくださいと言ってくるのだから嬉しさよりも困惑が勝つ。
たぶん告白してきた子たちが好きになったのは、俺個人というよりも生徒会役員、サッカー部、クラスのムードメイカーというような俺を構成する要素なんだろうとどこか冷めた気持ちでとらえていた。

付き合う前は「優しい所が好き」「リーダーシップがあってかっこいい」「話していると楽しい」「部活で頑張ってる姿がいい」
なのに別れる時は「誰にでも優しいのは嫌」「アドバイスを求めてるわけじゃない、わかってほしいの」「付き合ったら何か違った」「部活ばっかりで全然会えない」
好きになってくれた理由と別れる原因が同じという意味がわからなかった。自分自身に原因があるのは確かなんだろうけれど、友人に相談しても気を遣われているのか慰めと激励が返ってくるばかり。
自分なりに反省して次に活かそうとしてもうまくいかず、失望されてフラれることが続いて半ば女性不信だった気がする。恋愛に向いていないと半ば諦めの境地だった。
結局別れるなら最初から付き合わなければいい。「今は恋愛はする気はない」と公言すると仲間内では勿体ないとか草食系とからかわれたりしたけれど、合コンやサークル関係の集まりでも盛り上げ役や仲人役に終始した。
とはいえ意味ありげな視線やボディタッチが完全になくなることはなかった。
大学二回生の冬、いつものように居酒屋の座敷を貸切って開いたサークル飲みで、さりげなく示される好意から逃れるために目立たない端の席に移動し人心地ついていた時。

「大変だね」

隣から声をかけてきたのが紗矢だった。

「あー……はは」

どう受け取っていいかわからずへらりと笑ってみせると、「何か飲むならついでに頼むけど」とメニューを手渡された。
程なくしてジョッキを軽く打ち鳴らした後、しばしの沈黙が落ちる。
当時紗矢とは同学年ながら学部が違うため、あまり接点がなかった。何人かで話すことはあったが、二人きりで顔を突き合わせて話すのは初めてかもしれない。
酔って眠り込んでしまったらしい友人のそばで番をしながら静かにジョッキを口に運ぶ紗矢を横目で眺めながら会話の糸口を探す。

「レモンサワー、好きなの?」
「飲みやすいから」

好きとも嫌いともつかない返答に相槌を打ったと同時、背後の席で歓声が上がった。耳を傾ければ、恋愛談義が始まったようだった。クリスマスまでもうひと月を切っているせいか、皆浮足立っている。
付き合っている相手がいる仲間はデートやプレゼントについての情報交換、そうでない仲間は合コンや紹介の依頼。
賑やかな場と衝立一枚を挟んだこっち側は別世界のようだった。

「紗矢ちゃんって落ち着いてるね」
「そうかな」
「うん。騒いだり、羽目を外したりしてる所、見たことない」

新入生歓迎会から始まり定例飲み会や合宿でもバカ騒ぎする中心部から、どこか一歩引いているような印象があった。

「ゴメン。一人だけテンション低いと盛り下がるね」
「や、そうじゃなくて。他の子と違うから気になっただけ」

紗矢は口元でジョッキを止めて揺れる中身に視線を落とす。

「ちゃんと楽しんでるんだけど、他の子みたいにうまくはしゃげなくてさ。なんて、こんなこと言われても困るよね。酔ってるだけだから気にしないで」

こっちを振り返って苦笑するその頬は確かにほんのりと赤みがさしていた。ただ、笑みに変わる寸前の横顔に寂しげな陰が落ちていたように見えて、放っておけない気持ちになった。

「皆と同じようにする必要はないんじゃない。輪の外側から気を配ってくれる紗矢ちゃんみたいな人も必要だと思う」

ちゃんと見ていると伝えたくて断言すると、柔らかい黒色をした瞳が丸く見開かれる。
輪の中心で明るく笑い声を響かせる子や、くだらない話をちゃんと拾ってツッコミを入れてくれる子は目立つし好かれやすいと思う。
けれど紗矢みたいに酔いつぶれた友人の世話をしたり、さりげなくテーブルの端に空いたグラスやゴミを集めておくような気配りだって同じくらい評価されていいはずだ。

「それに俺は紗矢ちゃんくらい落ち着きがある方が好きだけど」

気後れする必要はないと伝えたかった。お節介かもしれないと自覚してながらも、そういう性分だ。昔から誰かが泣いていたり悲しそうにしているのが気になってしまう。

「ああ、なるほど」

ちょっとでも笑ってくれたらと期待していたけれど、返ってきた反応は予想とは違うものだった。

「えっと、なるほどって?」
「いや、なんか小笠原君が人気がある理由がわかったなと思って」

褒められているような気がしないのは気のせいだろうか。含み笑う紗矢が何を思ってそんなことを言い出したのか、俄然興味が出てくる。

「つまりどういうこと?」
「愛想が良くて、隅っこにいる私に声かけて相手してくれる気遣いができて、しかもめちゃくちゃ肯定してくれる」

レモンサワーを一口啜るわずかな間さえももどかしくて、急かすように促した。

「それで?」
「よく知らない私のことを当たり前みたいに名前にちゃん付けで呼ぶし」

両手で作った円の中にジョッキを収めたまま、紗矢がふふっと小さく笑い声を漏らす。酔っているのかもしれない。

「勘違いする子、いっぱいいそうだなって」

糾弾されているはずなのに、嫌な気持ちがしない。むしろすがすがしいのは、あくまで他人事みたいな口ぶりだからだろうか。ああ、この子は俺に興味がないんだと伝わってきて、それがなぜかすごく楽だった。
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