陰キャキモオタがアパレル社長にジョブチェンジしたら周りの女子が長身イケメンとちやほやしてくるようになったが俺の女神は初恋の彼女だけ

乃木ハルノ

文字の大きさ
6 / 12

ゲーセン事変~好きな子が見た目は女神、心は天使だと確信した話3

しおりを挟む
「三、二……始まる!」
ゲームどころじゃない心境だったはずなのに、柔らかい声音で促されるとそうしなければならないような気がして、言われた通りに着席する。きっとこれは彼女なりの気遣いなのだ。
覗き込んだ目の縁はうっすらとだが濡れていたように見えた。暴言に傷ついているに違いないのに、それを感じさせないよう明るく振舞う健気さに胸が苦しくなる。
怒りの感情は、すでに対戦相手ではなく自分自身へと向かっていた。
守ることができなかった悔しさや不甲斐なさをぶつけるように、対戦に全力をかける。魅力的なプレイを見せられれば万結の気分が少しは晴れるかもしれない。
安定の三人抜きでCPUを下すと、ようやく肩の力を抜くことができた。
ランキングのトップテン以内に入れるようで、プレイヤー名を入力するように要求されている。いつもなら入力する所だが、今日はそれよりも優先するべきことがあった。
席を離れ、二メートルほど離れた壁際に立つ万結の前まで近づいた。
「小田桐くん、ほんとに強いんだね」
「まあ、それなりに……参考になってたらいいんだけど」
「それは勿論! 帰ったら今日のこと弟に話すよ。ありがとう」
屈託なく笑顔を見せてくれる万結を見て、本当に強いのは彼女の方だと感じていた。
嫌な思いをさせただろうに、けしてそれを見せようとしない。尊敬の念すら感じるのに、もどかしさもあった。
その理由はただのクラスメイトという関係を思い知らされるからだ。怒ったり悲しんだりする姿を見せるほど親しくはないと一線引かれているようで切なかった。
そんな身勝手な考えは自分の中だけにとどめておく。
「こっちこそありがとう。俺、身近な人からゲームのことで褒められたこと、あんまりなくて……嬉しかった」
「そうなんだ。立派な特技だと思うのに」
ゲーム仲間の間では一目置かれているものの、家庭や学校ではあまり自分から趣味について公言しないようにしていた。それは一種の自己防衛だった。
小学生時代は友人と一緒にゲームで遊んでいたこともあった。けれどいつも勝つから疎まれて、そのうち仲間に入れてもらえなくなった。攻略法を教えたりもしたのに理解されなくて、子どもだったから接待プレイなんてできなくて、ただただ寂しかったことを覚えている。
勿論一人でやってもゲームは楽しかったけれど、皆でわいわい騒ぎながら遊ぶ時間が好きだった。
今日、数年ぶりに応援され、勝利を祝われる喜びを思い出すことができて、何にも代えがたいくらいの充実を感じていた。
彼女からもらったものの何分の一かでも返せているだろうか。
改めて感謝の気持ちを伝えようと考えて、呼びかける。
「「あの、」」
すると見事に声が重なった。
「ゴメン、何かな?」
「いや、俺も。先、どうぞ」
譲り合った末、万結が口を開く。
「ごめんなさい」
深々と頭を下げられ、宗吾は慌てる。
「そんな、そこまで謝ってもらわなくても」
「ううん。私のせいで嫌な思いさせちゃったから」
その言葉で発言のタイミングが被ったことではなく、男に絡まれたことを言っているのだと理解する。
「違う。あれは俺のせいだから」
自分が舐められたせいで傷つけてしまったのだ。
「えっ、そんなことないよ」
手ぶりもまじえて否定されるも心は晴れない。
「もっとうまく立ち回れたはずなんだ」
「それは私だって。もっと離れてたら他人のふりもできたし」
恩人にそんな悲しいことを言わせてしまうなんて、自分が情けなかった。
「……でも俺は、山下さんと今日話せて嬉しかった」
たとえ彼女にとってはなかった方がいい時間だったとしても。
「それは私も。小田桐くんのプレイに勇気もらった気がする」
じわりと頬に熱が昇るのがわかった。どこまで好きにさせる気だ、とそら恐ろしくなる。今の言葉は宗吾にとって、人格、人生を肯定されたのと等しい。
「あ……ありがとう」
「いえいえ」
胸を渦巻く激情を伝えるわけにはいかなくて無難なことしか言えなかったが、何とか思いを伝える。
「それじゃ、私そろそろ帰るね」
「うん。また学校で」
バイバイ、と手を振り、柔らかな黒髪を揺らしながら去っていく万結の後ろ姿が完全に見えなくなるまで、瞬きもせずに見送った。

この日、宗吾の中で彼女に対する気持ちは少し変化した。
最初に気になったきっかけは見た目だった。安心感を与える柔らかなフォルムは宗吾の好みと完全に一致していた。
性格も姉たちとは対極で、人を悪く言うことも乱暴な言葉を使うこともない。
その印象は今も変わらない。ただ、大人しくて優しい分繊細なのではと思っていた性格は芯の強さを兼ね備えているとわかった。
追い詰められた時に真の人間性が出ると聞いたことがある。
それなら万結は完璧だ。ほんの三十分ほどの短い時間でより深く惚れ直した。
今日あった出来事は一言一句を完璧に思い浮かべられるくらい鮮烈に記憶に焼き付いている。
ただし、その日をきっかけに彼女と仲良くなった……というようなことはなかった。
数日後、弟と一緒にゲームセンターに行ってみたと教えてくれた時はもしかしたらと期待をしたが、以降はタイミングが合えば挨拶を交わしたり授業で同じ班になった時に必要な会話をするくらいだった。それでも以前と比べれば会話の頻度は増えたと思う。
更に踏み込むことを考えなくもなかったけれど、これまで異性と特別に仲良くしてきた経験がないせいか、具体的にどうしたらよいかがわからなかった。
見ているだけで満足なんて心境には程遠く、できるならもっと話したい、少しでも接点が欲しいと願い続けた。けれど好きになってもらえる自信がまるでなかったし、そもそも好きと伝える資格がないという考えが邪魔をした。
ゲームセンターで絡まれた時にうまく対処できなかったことが尾を引いていたのかもしれない。
半年後、進級と共に万結とはクラスが離れてしまった。そうなってから後悔しても手遅れだ。
手が届かないとわかって諦められるような物分かりのいい性格はしていない。
まさか十年以上も引きずることになるとは予想外だったが。
十年越しの恋が動き出すのは、また別のお話。

ゲーセン事変~好きな子が見た目は女神、心は天使だと確信した話
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

美人委員長、デレる。クールな学級委員長は僕の実況配信の「全肯定スパチャ」古参ファンだった件について

静内燕
恋愛
高校二年生の黒羽 竜牙(くろはねりゅうが) は、学校では黒縁メガネで目立たない地味な陰キャを装っている。しかし、その裏の顔は、多くのファンを持つ人気ゲーム実況者「クロ」。彼の人生は、誰にも秘密にしているこの二重生活(ダブルライフ)で成り立っている。 ある日、竜牙は、学校生活で最も近寄りがたい存在である花市 凜委員長に、秘密を悟られてしまう。成績優秀、品行方正、誰に対しても厳格な「学園の模範生」である花市委員長は、竜牙の地味な外見には興味を示さない。 しかし、彼女のもう一つの顔は、クロチャンネルの最古参にして最大のファン「ユキ」だった。彼女は、配信で桁外れのスパチャを投げ、クロを全力で「全肯定」する、熱狂的な推し活狂だったのだ。 「竜牙くん、私はあなたの秘密を守る。その代わり、私と**『推し活契約』**を結んでちょうだい」 委員長は、学校では周囲の目を欺くため、今まで以上に竜牙を無視し、冷淡に振る舞うことを要求する。しかし、放課後の旧校舎裏では一転、目を輝かせ「クロさん!昨日の配信最高でした!」と熱烈な愛をぶつけてくる。 誰も知らない秘密の「裏の顔」を共有した地味な僕と、完璧な仮面の下で推しを溺愛する委員長。 これは、二重生活が生み出す勘違いと、溺愛とツンデレが入り乱れる、甘くて内緒な学園ラブコメディ!

独占欲全開の肉食ドクターに溺愛されて極甘懐妊しました

せいとも
恋愛
旧題:ドクターと救急救命士は天敵⁈~最悪の出会いは最高の出逢い~ 救急救命士として働く雫石月は、勤務明けに乗っていたバスで事故に遭う。 どうやら、バスの運転手が体調不良になったようだ。 乗客にAEDを探してきてもらうように頼み、救助活動をしているとボサボサ頭のマスク姿の男がAEDを持ってバスに乗り込んできた。 受け取ろうとすると邪魔だと言われる。 そして、月のことを『チビ団子』と呼んだのだ。 医療従事者と思われるボサボサマスク男は運転手の処置をして、月が文句を言う間もなく、救急車に同乗して去ってしまった。 最悪の出会いをし、二度と会いたくない相手の正体は⁇ 作品はフィクションです。 本来の仕事内容とは異なる描写があると思います。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

社長に拾われた貧困女子、契約なのに溺愛されてます―現代シンデレラの逆転劇―

砂原紗藍
恋愛
――これは、CEOに愛された貧困女子、現代版シンデレラのラブストーリー。 両親を亡くし、継母と義姉の冷遇から逃れて家を出た深月カヤは、メイドカフェとお弁当屋のダブルワークで必死に生きる二十一歳。 日々を支えるのは、愛するペットのシマリス・シンちゃんだけだった。 ある深夜、酔客に絡まれたカヤを救ったのは、名前も知らないのに不思議と安心できる男性。 数日後、偶然バイト先のお弁当屋で再会したその男性は、若くして大企業を率いる社長・桐島柊也だった。 生活も心もぎりぎりまで追い詰められたカヤに、柊也からの突然の提案は―― 「期間限定で、俺の恋人にならないか」 逃げ場を求めるカヤと、何かを抱える柊也。思惑の違う二人は、契約という形で同じ屋根の下で暮らし始める。 過保護な優しさ、困ったときに現れる温もりに、カヤの胸には小さな灯がともりはじめる。 だが、契約の先にある“本当の理由”はまだ霧の中。 落とした小さなガラスのヘアピンが導くのは——灰かぶり姫だった彼女の、新しい運命。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

放課後の保健室

一条凛子
恋愛
はじめまして。 数ある中から、この保健室を見つけてくださって、本当にありがとうございます。 わたくし、ここの主(あるじ)であり、夜間専門のカウンセラー、**一条 凛子(いちじょう りんこ)**と申します。 ここは、昼間の喧騒から逃れてきた、頑張り屋の大人たちのためだけの秘密の聖域(サンクチュアリ)。 あなたが、ようやく重たい鎧を脱いで、ありのままの姿で羽を休めることができる——夜だけ開く、特別な保健室です。

私の推し(兄)が私のパンツを盗んでました!?

ミクリ21
恋愛
お兄ちゃん! それ私のパンツだから!?

処理中です...