陰キャキモオタがアパレル社長にジョブチェンジしたら周りの女子が長身イケメンとちやほやしてくるようになったが俺の女神は初恋の彼女だけ

乃木ハルノ

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濡れた身体を寄せ合って~夕立に妄想を添えて1

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念願叶って十二年ぶりのクラス会で再会した初恋の相手と個人的に出かけることができるようになった。
自社のアパレルブランドにフィッティングモデルとして協力してもらうお礼として万結から提示されたのは、話題のパン屋の偵察に付き合うことだった。
実家がパン屋を営んでいるため人気店の情報収集をしたいという理由だが、宗吾としても二人で出かけられる口実ができて願ったり叶ったりだ。
車を出すと言ったら恐縮されてしまったけれど、お礼代わりだからと押し切った。彼女の家の最寄り駅で待ち合わせて向かった先は、神奈川県内にあるベーカリーだ。
イートインスペースがあり、店内で購入したパンを食べることができるらしい。
昼下がりのテラス席は主婦たちの憩いの場となっており、なかなかに賑わっていた。
端に二人席が空いていたのでたった今買ったばかりのパンの載ったトレイを置いて、向かい合わせで座る。
トレイの上にはこの店で人気だというカレーパンが二つとスコーン、ツナとコーンのピザ、ウインナーロール、ベトナム風サンドイッチのバインミー、スイカを模した色合いのパンとサービスのレモン水が並んでいる。
「いただきまーす」
両手を合わせる万結に倣い、宗吾も同じようにする。食事の前にいつも見られるこの姿に惹かれてやまない。
発酵中のパンにも似た白くてむちむちとした腕が半袖から覗いている。生腕が惜しげもなくさらされるいい季節だ、と感謝にも似た気持ちを抱きながら視線を上げて、パンにかぶりつく万結を盗み見る。
「あっ……」
幸せそうに咀嚼していた彼女は突然小さく声を上げ、動きを止めた。
「どうしたの?」
「写真撮るの忘れてた……」
かじり取られたカレーパンを見つめ呆然とする姿が愛らしくて、つい口元が緩む。
「俺のまだ食べてないから、良かったら撮って」
そう提案すると、万結はぱっと顔を輝かせた。
「わあ、ありがとう」
無事に撮影を終えて、実食に移る。
「具材大きめ、人参、ジャガイモ、玉ねぎ……」
食べながらメモする熱心な姿を眺めながらカレーパンを頬張る。大きく切った具材が食べ応えがあって、辛めのルーも食欲をそそる。
宗吾としては万結の実家の店の家庭的な味の方が好みではあるが、こちらはこちらで美味しい。三口半で食べきって、次にウインナーロールにかぶりつく。
「宗吾くん、お腹減ってた?」
「うん。昼はちゃんと食べたんだけど」
朝から会社に顔を出して、打ち合わせや仕様書の確認などを済ませてからメンバーと近くの定食屋で昼食を摂った。それから三時間も経っていないのにすでに空腹になっている。燃費が悪いのは人よりも身体が大きいせいかもしれない。
「足りる? 私、ちょっと買い過ぎたような気がするからよかったらもらってね」
「ありがとう。それか、交換する?」
「えっ、嬉しい」
親切心に隠した下心に気づく気配もなくにこやかに受け入れてくれる万結に少しだけ罪悪感を覚えつつ、意中の相手と食べ物をシェアする誘惑には抗えなかった。
お互いのパンを味見し合う至福の時が永遠に続けばいいのにという宗吾の願いは早々に断たれた。
雨粒に最初に気づいたのは万結だった。
空を見上げて、明るいからすぐに止むだろうという判断を嘲笑うように雨脚はどんどん強くなっていった。
瞬く間に空が黒雲に覆われ、テラスに張り出したシェードでも防ぎぎれないほどの激しい雨が襲ってくる。
「車の中に傘あるから取ってくるよ」
予報では夜に小雨が降ることになっていたが、油断していたことが悔やまれる。
「え、往復するの? 宗吾くんが余計に濡れちゃうよ」
「俺は別に大丈夫。女の子は身体冷やすといけないし」
「でも、」
万結はまだ納得がいかないような顔をしていたが、何も二人で濡れることはない。
「じゃあ、せめて車を近くに回すよ。荷物だけお願いしていいかな」
キーケースと財布を差し出すと、迷いながらも受け取ってもらえた。そのまま車のキーだけを持ってどしゃ降りの中を駆け出す。
どうにか運転席に乗り込んだ時には全身から雫が滴るほど濡れてしまっていた。
激しい風がフロントガラスに雨を叩きつける。テラスのシェードでももう雨を完全には防げていないだろう。
急いで車をテラス近くまで寄せ、助手席のドアを開ける。
すぐにロングスカートをたくし上げた万結が車内に乗り込んできた。
「濡れちゃった。車濡らしちゃってゴメンね」
「全然」
息を弾ませながら両手を合わせる万結に首を振ってみせる。
タオルハンカチでさっと全身を拭った後、万結はバッグから先ほど預けたキーケースと財布を取り出した。
「忘れる前に、さっき預かった物返すね」
「ああ、ありがとう」
「あと、よかったらこれ使って」
そう言って渡してくれたのは、金魚の柄の手拭いだった。
「まだ使ってない綺麗なやつだから」
手に乗せられた手拭いをじっと見ていると、慌てたように付け加えられた。
「いや、可愛いなって思って」
綺麗に畳まれた手拭いを髪に乗せると、ほのかな香りが感じられる。水分を拭き取りながら気づかれないように控えめな甘い香りを吸い込む。
「ありがとう。洗って返すよ」
「そんな、いいのに」
「いや、そういうわけには」
絶対に変なことには使わないと約束するから安心してほしい。せめて洗剤を特定するくらいは許されたい。
「そう? じゃあ……」
切実な願いが届いたのか、どうにか了承を得ることができた。改めて手拭いを畳みなおし、膝の上に乗せる。
車を発進させ、しばらく進ませると、隣から小さなくしゃみが聞こえてきた。
「寒い? エアコン止めようか」
「ううん、平気……っ、くしゅん」
完全に切ってしまうと蒸すだろうから、除湿モードに変える。
ちらりと万結に目線を向けると、濡れた服がぺたりと肌に張り付いているのに気が付いた。淡いブルーのシャツワンピースから下着の色がわずかに透けて見える。目の毒だ。
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