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第3章 花壇と花畑

25話 あなたが蜜を採るのが下手なのを、忘れていたわ……。

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 * * * *

 花の国には、ずっと一人で静かに過ごしている少女がいる。
 花畑に座り、晴れの日でも、雨の日でも、曇りの日でも、彼女は一人で花畑にいる。

 昔はそうではなかった。
 可愛らしい見た目と、透き通るような美しい見た目。
 どんな花よりも美しい彼女は、多くの友達に囲まれていた。

 しかし成長するとともに、それも終わりを告げていった。
 それは彼女が悪いわけでもなく、周りが悪いわけでもなかった。

 周りの友人たちは今でも彼女のことを好いているし、彼女もその子達と一緒にいたいと思っている。

 昔みたいに。普通の人と同じように……。

 ……それが花の国に住まう少女、フレーシアが密かに抱いていて、諦めることになった、どうすることもできない望みだった。


 * * * * * * * *


「フレーシア、紹介します。こちら、プラン様です」

「そう……」

 ローズマリーさんが僕のことを紹介してくれる。
 すると花畑のベンチに座っているフレーシアさんは短くそれだけ答えてくれた。

 白い髪が透き通って見える。陽の光を浴びたその髪は、どこまでも綺麗で澄んでいた。

「プラン様、彼女がフレーシアです」

「は、はじめまして」

「そう……」

 緊張しながら挨拶をする僕の方を見て、フレーシアさんは小さく頷いてくれた。

 物静かな子だった。
 だけど、どうしてか彼女の声音がひどく寂しげに聞こえた。

「あのね、フレーシア。今日は蜜を貰いにきたの」

「そうなのね……」

「プラン様が抜いてくださった雑草で、ジュースを作ろうと思うの」

「そう……」

「やっとですよ! 長年、試行錯誤してきた末にようやく作れそうなんですよ」

「うん……」

「きっと美味しいやつができると思います。そしたらそれをここにも持ってきて、フレーシアにも是非飲んで欲しいです。もしかしたらフレーシアの特性にも何かいい作用が生まれるかもしれないから、どうにかできるかも」

「そうだといいわね……」

 静かにベンチに座っているフレーシアさんに、ローズマリーさんが話し続ける。
 フレーシアさんは小さく相槌を打っているものの……しかし、その顔はやっぱりどこか寂しそうに見えた。

「でも、その男の子は外の国の人なのね。街の中が賑やかだと思っていたけど、それじゃあ、彼がカレストラ様を助けたプラン様なのね」

「そうですよ! 【草取り】の能力を持っているプラン様です」

「そう……。だから彼は私に近づいても平気なのね」

 フレーシアさんが、静かに僕の方を見てくれた。

「でも、私には近づかない方がいいわ。ローズマリー、彼に説明はしてる……?」

「いいえ、していません。それはフレーシアのことなので、勝手に説明してもいいものかと思いましたので」

「気を使ってくれたのね。……でも、プラン様も困ると思うし、用を済ませたら、早めにここを出た方がいいわ。蜜ならあっちで採れると思うから、好きなだけ持っていって」

 フレーシアさんはそれだけ言うと、あとは口を閉ざし、静かに僕の目を見るだけだった。

「それではプラン様、蜜を集めに行きましょうか」

 ローズマリーさんが花壇の中を歩き出す。
 僕もその後に続いて歩き出した。

 たどり着いた場所は、花畑の隅。
 一面、色とりどりの花が咲いている広い花畑の隅に、大きな白い花が咲いている。
 その大きさはびっくりするぐらいだ。人間と同じぐらいの大きさで、かなり大きい。

 その花はかすかに動いてもいて、ゆらゆらと茎の部分が生きているように動いている。

「たまに噛み付くのでご注意ください」

「え……っ。噛むんですか!?」

「ふふっ、冗談ですっ」

 じょ、冗談なんですね……。

 子供っぽい笑みを浮かべるローズマリーさん。
 大人びた雰囲気の彼女のその顔は、少し頬が赤らんでいた。

 でも、噛まないのなら一安心だ。

 植物には、食虫植物などもいるし、この国にもそういう花はあるらしい。

 しかし、この目の前にある白い花は安全みたいだった。

「この花はフレーシアがいつもお世話をしてくれている花なのです。とても綺麗でしょう?」

「はい。綺麗だと思います」

 本当に綺麗だ。

「でも、この花は、普通の人は触れないのですよ。触れるのは、この花畑に近寄れる私やプラン様、あとカレストラ様ぐらいです」

 少し寂しそうにローズマリーさんが言った。

 花畑に近寄れる人は限られている……。

 この花畑にやってくるとき、途中で体調が悪くなった人がいた。
 アリアさんもそうだし、気だるそうにしていた。

「この花だけではありません。フリーシアに近寄ることができる者も限られています」

「それは……どうしてか、聞いてもいいんでしょうか……?」

 なんだかローズマリーさんは、聞いて欲しそうにしている気がした。
 だから僕が恐る恐る聞くと、ローズマリーさんはゆっくりと頷いてくれた。

「それがフリーシアの特性なのです」

「フリーシアさんの特性……」

「花の国に住まう者はそれぞれ特性を持っています。プラン様が【草取り】の能力を持っているのと同じように、それぞれ、一つずつ、様々な特性があるのです。そしてフレーシアの特性が周りに少しだけ影響を与えてしまうという、ただそれだけだったのです」

 ローズマリーさんが蜜を採取しながら、落ち着いた声音で教えてくれた。

 準備していた大きな瓶を手に持って、ヘラのようなもので花びらから落ちる蜜をとって、僕に渡してくれる。
 僕がそれを手にして魔力を流した瞬間、【草取り】の能力が発動し、蜜が淡い光を帯びた。

 そうしていると、僕たちの背後に人影があった。
 フレーシアさんだ。

「ラフレシアの加護を受けた私の特性は【胞子】。そのせいで、私の魔力が勝手に漏れて、周りの子達に悪影響を与えてしまうのよ」

「フレーシアさん……」

 静かに言葉を紡ぐフレーシアさん。
 自分のことを教えてくれて、少しだけ瞳を揺らした。

「この花畑に来るとき、周りの子達の具合が悪くなったでしょう? あれも私の特性のせいなのよ。私に近寄ると、みんな、体調を崩してしまうの」

 だから……アリアさんたちは、花畑に来れなかったそうだ。

 そんなフレーシアさんは、また別の瓶に蜜を集めているローズマリーさんに手を差し出すと、静かな口調でこう言った。

「ローズマリー。やっぱり私が変わるわ。あなたが蜜を採るのが下手なのを忘れていたわ。それだと蜜が勿体ないもの」

「そ、そう? わ、悪いわね」

 そう言ったローズマリーさんの顔はいつの間にか蜜でベトベトになっていて、彼女は照れたようにその蜜をペロリと舐めるのだった。
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