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外伝4白銀の晶姫編
外伝4白銀の晶姫編-1
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01
―― 特地・アルヌス州・アルヌス ――
陸上自衛隊特地方面派遣部隊が演習場としている丘の中腹に、鈍色の塔とそれを囲む複雑な建造物が出現したのは、雨期も過ぎ、北から流れ込んでくる空気がその冷気を強めてきた頃であった。
折しもアルヌスの麓では、エムロイを祀る神殿ロゥリアに続いて、ハーディを祀る神殿ジゼラ、ダンカンを祀る神殿モタが次々竣工し、街外れの森ではワレハルンの木々がぐんぐんその背丈を伸ばし始めたのと同じ時期。
それぞれの神官達が布教活動する姿を見られるようになったこともあって、麓に住まう住民達は、その複雑な建造物を日本人達の造った何らかの神殿だろうと誤解したのである。
塔のてっぺんから立ち上る黒い煙と、無数の鉄管で構成されたそれは、確かに知らない者からすればそんな風に見えるかも知れない。
だがその実態は、特地で入手可能な原油を基に、ガソリン、軽油、重油等々を精製するための蒸留塔や貯蔵タンク、そしてそれらを繋ぐ鉄パイプ等で構成された石油精製プラントなのである。
「これより、第五次石油精製施設稼働実験を執り行う。担当者は位置につけ」
「おうっ!」
健軍一等陸佐の号令の下、隊員達が配置についていく。彼らは地下に掘られた待避壕にそれぞれ潜り込み、そこで担当の機材を操作するのだ。
「第一、第二圧力弁閉鎖! 冷却水循環正常」
「第一加熱釜、第二加熱釜、温度上昇率正常!」
「蒸留塔機能正常!」
「よし、今度こそうまくいったぞ! これでヘリが飛ばせる!」
健軍が握り拳を天に向けて突き上げた瞬間だった。非常ベルがけたたましく鳴り始め、あちこちに巡らされたパイプの継ぎ目から蒸気が噴出し始めた。
「冷却水の供給に異常発生! 温度が上がり続けます! これはまずい!」
「圧力釜耐久限界値を超えます」
「第一、第二パイプ破損!」
「燃料引火!」
「なんだ、どうなった!?」
健軍の問いに用賀二佐が答える。
「要するに、失敗ってことです」
その直後、鈍色の神殿は爆発し、炎に包まれた。
そしてアルヌスの空に向かって、黒々とした大きな煙が上っていった。
「あ~あ」
「また失敗したみたいニャ」
「大変だよねぇ」
音と光との若干の速度差により、アルヌスの街に爆発音が響くのは、街の住民が黒い煙を見て実験の失敗を悟った数秒後となる。
「来るぞ」
耳を塞ぐ住民達。
少しのタイムラグの後、腹の底から響くような爆音があたりに響き渡った。すると、それまで実験に気が付かなかった者達も振り返ってその失敗を知った。
銀髪の魔導師レレイ・ラ・レレーナも、その一人である。学徒達を率いて街を歩いていたレレイは、度重なる失敗に同情するように口元から小さな湯気を吐き出した。
学生の一人、スマンソン・ホ・イールが言う。
「また実験失敗。小さい蒸留器の稼働は成功してるんだから、あんな大きな物を無理して造らなくても研究は進められるだろうになあ」
スマンソンの声を背中に浴びたレレイは、振り返ると弟子に正対した。
「彼らは研究しているのではない。彼らが求めているのは効率化。小さい蒸留器では、無駄が多いから」
「レレイ先生。無駄って何ですか?」
「蒸留器は火を使う。そしてそのためには蒸留器で作った燃料油が必要」
「ああ、そっか。蒸留器を動かすために、できあがったばかりの油を使っちゃうから、効率化しないと手元に残る燃料油の量が少なくなっちゃうんだ」
「だから彼らは、施設を大型化して手元に残る燃料油を増やそうとしている」
「でも、それで施設を吹き飛ばしてたら、その方が無駄なような気がしません?」
「無駄を重ねても諦めずに技術を発達させていったから彼らの繁栄はある」
「でも、その技術って『門』の向こう側の彼らの故郷にあるんですよね。今の彼らはその恩恵を受けられない……」
「そう。知っているということと、できるということとの間には深い溝がある。それが現実。その意味で言えば彼らは今、私達と同じ立場にある」
レレイは再度振り返ると、紅蓮の炎に焼かれようとしている蒸留塔を見上げたのだった。
* *
「こりゃあ見事に壊れたな」
陸上自衛隊二等陸尉伊丹耀司は、立ち入り禁止のロープで囲まれた石油精製施設跡に立ち入ると、そんなことを呟いた。
囲いの中は、爆発によって流れ出た油が地面を覆い、煤で汚れた鉄パイプなどが散乱している。あちこちに黒いタール状の液体が染みついて、その上には消火の際に用いられた粉末や砂が積もっていた。
顔見知りの自衛官達がそれら油を吸った土を円匙で掻き集め、一輪車で運び出そうとしている。その鼻の曲がりそうな匂いに伊丹は顔を顰めた。
「おはようございます。伊丹二尉。起き抜けのナパームの匂いは格別ですね」
「ナパーム? ……はっ!」
伊丹はナフサ、ガソリン、軽油、重油が混合した凄まじい匂いを「ナパーム」とひとくくりにする隊員の言葉に、どう返したものかと一瞬戸惑った。
だが、そう言えばこの隊員は第四戦闘団、健軍一等陸佐の部下だったと思い返すと、その言葉の元ネタが映画『地獄の黙示録』に登場するキルゴア中佐の名台詞であることに気が付く。
ネタにはネタで返すのがおしゃれというものであり、当該隊員も伊丹がどんなネタ返しをするのか期待しているようだった。そこで伊丹は咄嗟にこう言った。
「俺は、朝目が覚めると『アルヌス。くそっ、俺はまだアルヌスにいる!』とか、思っちゃうね」
だが、その軽率な一言に、隊員は顔色を青ざめさせた。見れば彼ばかりでなく、周囲で作業していた隊員達のほとんどが手を止めてしまっている。
「あ、悪い悪い悪い」
伊丹は、自分の一言が隊員達の精神を逆なでするものだったと気付き、即座に頭を下げた。
先の台詞は、これまた同映画冒頭のベンジャミン・ウィラード大尉の名台詞が元ネタであり、良い感じで脳みそが膿んでいるウィラードが、任務をもらって早く地獄のようなジャングルで戦いたいと願う気持ちを表している。
しかし日本にいつ帰れるとも分からない自衛官達からすれば、故郷に帰りたいという意味で、目を覚ます度に似たようなことを考え苦渋を味わっているのだ。
おかげでこの台詞に妙に共感してしまって、冗談として笑い飛ばすことが難しかったのである。
「に、二尉……」
「す、すまない。多分、この匂いに頭がやられちまったんだと思う。悪かった。すまんかった。これこの通り」
率直な謝罪が功を奏したのか、それともへこへこと頭を下げる幹部自衛官の情けない姿に反感よりも同情心が湧いたのか、隊員達はすぐに伊丹の謝罪を受け容れ、仕事を再開した。
「ところで、二尉はなんでこんなところに?」
「お呼び出しをくらっちゃってさ。江田島さんは?」
「ああ、あの人か。あっちですよ」
伊丹は隊員に礼を言うと、水たまりならぬ黒い油たまりの中で足の踏み場を探した。
施設跡地では、石油精製施設の稼働実験に携わる隊員達により、何やらあちこちで現場検証めいたことが行われていた。その群れの中に、一際目立つブルーのデジタル迷彩服をまとった江田島二等海佐の姿を見つけた。
「江田島二佐!」
伊丹は江田島の名を呼んだ。すると江田島は片手を上げる仕草を返し、伊丹にそこで待つように指示を出すと、作業員に話しかけた。
「この部分の記録をとっておいてください」
「分かりました。二佐」
そして「後はお願いしますよ」と作業員に告げて伊丹に歩み寄った。
「やあ、伊丹二尉。待ってましたよ」
「一体何のご用ですか?」
「実は、少しばかり手伝って頂きたいことがありまして」
「手伝うって、何をです?」
「少し気になることがありましてねぇ。雑用のようなものだと思ってください」
「雑用なら……ご一緒にこっちに来ている海曹がいるんじゃなかったでしたっけ?」
伊丹は、雑用程度のことなら自分の部下を使ってくれと暗に拒絶した。
だが江田島は伊丹の仄めかしに気が付かないのか、それとも分かっていてあえて無視しているのか、こう返した。
「最近、彼は忙しそうにしてましてね。何かとつれないんですよ」
「前にも聞きましたけど、海自さんにどんな仕事があるんですか?」
「仕事ではありませんよ。どうやら大祭典の時に出逢いがあったようでして。おおかたその娘との逢い引きにかまけているのでしょう」
「で、俺に?」
「はい。お暇だと聞きましたから。ダメですか?」
「そりゃあまあ、江田島さんには世話になりましたからねぇ」
真っ向から問われると、伊丹としては嫌とは言えない。江田島には絶体絶命の窮地に陥っていたところを助けてもらった恩義があったからである。
* *
テュカの父、ホドリュー・レイ・マルソーを探す旅から帰ってきた伊丹の報告は、狭間陸将を代表とする陸自特地方面隊の幹部達を大いに悩ませるものとなった。
こともあろうに、現職自衛官幹部が他国の内戦に介入してその一方に荷担、戦闘行動に参加してしまったからである。
一般の個人であれば、非戦闘員たる子供達を守るためとして正当防衛を主張することもできただろう。しかし自衛官として、片方の陣営に属する形で戦ってしまったのはまずい。
伊丹は日本の国家機関に所属しており、その言動は政府のコントロール下になければならない。自らの判断で勝手に敵味方を選んで行動することなど、あってはならないのだ。
その意味では今回の行動は完全にアウトと言えた。伊丹は、自衛隊にとっても、そして日本政府にとっても、非常に厄介で面倒くさい問題を引き起こしたのである。
狭間は、二週間に及ぶ佐官級幹部達との侃々諤々の議論の果てに伊丹を出頭させると、喉を絞り上げるような声で告げた。
「この休暇を君が望んでいなかったことは重々承知している。渡航許可を出したのも私だ。だから些少のことならば、大目に見るつもりでいた。しかし、ここまでされては庇いようがないぞ」
「はい。覚悟してます」
さすがの伊丹も、伸ばした背筋に冷や汗を感じざるを得なかった。だが、どんな結果になろうとも、テュカの泣き顔や生まれたばかりの彼女の妹、そしてパルミアの人達の顔を思い浮かべて、後悔だけはするまいと決めていた。
ここで悔いることは、彼女達を助けなければ良かった、パルミア側が敗れ、女子供が蹂躙され、奴隷とされるのを黙って見ていれば良かったということになる。
我が身可愛さに、彼女達を助けなければ良かったなどと考えることだけは、いくらなんでもしてはいけないと思ったのだ。人として。
「君の処分は、日本との連絡が回復したら正式に下されるだろう。だが厳しい結果が出ることだけは覚悟しておくように」
最終的に決定される処分は、免職であろうことが狭間より示唆された。
「だからその前に辞表を出せ」
伊丹の前に居並ぶ佐官級幹部達は口を揃えて言った。
伊丹もそうしようと思った。もし伊丹が処分を受けたら、テュカは自分のせいだと自身を責めるに違いない。彼女にそう思わせないためにも、自ら辞表を提出して自分の意思で辞める形にした方がよい。
だがその時、反対の声を上げたのが江田島であった。
会議室に押し入ってきた江田島は、突然の横やりを快く思わない佐官達の抗議を聞き流して、最高指揮官たる狭間に語りかけた。
「伊丹二等陸尉の行動は、確かに問題に見えます。しかしそれが『門』再開通に不可欠な物資を調達するためだったとしたらどうでしょうか?」
「な、なんだと?」
これには佐官達もどよめいた。『門』の再開通は特地派遣部隊に課された任務の中でも最優先課題であり、また隊員生存のためにも絶対必要条件である。たとえ上官から動くなと命令されていたとしても、その方法が目の前に転がってきたら飛びついて確保しなければならないのだ。
従って伊丹の今回の行動がそれに該当すると言われれば、厳しい意見を口にしていた佐官達も耳を貸さないわけにはいかない。
「レレイさん、どうぞ」
江田島に促されてレレイが歩み出た。そして皆の注目を浴びる中、レレイは抑揚に欠けたいつもの口調でこう告げた。
「『門』を開くための材料としてガラスが必要。だけどこの世界にガラスの製法はない。だからガラスの製造法を一から研究しなければならないと思われていた」
「そのことは報告を受けて知っている。我々としてもその研究を可能な限り支援するつもりでいた」
「だけど、知っているということとできるということは異なる。貴方達には知識はあっても技術はない。例えば坩堝はどう扱えばよい? 窯の煉瓦はどのように積み上げればよい? どうやってこちらの求める形状に成形する?」
「それを言われてしまうと、グゥの音も出ないな」
「だけど、今回の旅でイタミがガラス製造の技術を知っている部族を見つけた」
「なに、本当か!?」
「どうしてそれを早く言わん!」
今度は伊丹が注目を浴びることとなり、流汗滂沱する。
「え、でも、その、どんな関係が?」
江田島が、伊丹に喋らせまいとするかのように解説を再開した。
「レレイさんからガラスが必要だということを予め聞いていた伊丹二尉は、旅先で『ラァスィ』と呼ばれるガラスブロックで造られた宮殿を発見して、これだ! と思ったのです。しかし、こちらの世界ではガラスは貴重品で、その製法は堅い秘密で守られています。我々の世界でもかつて絹や鏡の製法が、国家機密として外部に知られないようにされていました。それを考えれば、不思議なことではありません。教えて下さいと頼んでも易々と教えてくれるものではない。それなりの関係というものを築く必要がある。それもかなり好意的なものでなければ……」
狭間は机に覆い被さるような勢いで身を乗り出すと「その通りだ」と力強く頷いた。
「しかし、これから戦いが始まり、下手をすると非戦闘員が傷つけられてしまうかも知れないという状況なのに、それを見捨てて冷たく立ち去ってしまう人間が、果たして好意を得ることなどできるでしょうか?」
「む、無理だな」
幹部の一人として同席していた健軍は、苦虫を噛みつぶしたような表情で頷き、江田島の論説の正しさを認めた。
「時間があればゆっくりと友好を深めていくことはできます。しかし我々にそのような時間がないのは皆さんもご承知の通り。伊丹二等陸尉は苦渋の選択を強いられることとなりました。その後、彼がどう振る舞ったかは伊丹二尉の報告の通りです。伊丹二尉の活躍によって、フロート族族長の陰謀が暴かれた。そうして我々は、ガラスの製造技術を得る可能性を手に入れたのです。そうでしたよね伊丹二尉?」
「え? えっ!?」
突然、江田島に話を振られた伊丹は答えに窮した。
すると江田島が両手を広げるオーバーアクションで皆に告げた。
「皆さん、伊丹君はそうだと言ってます」
「いや、ちょっと待て……今のはどう見たって、そんなこと考えてもいなかったという顔を……」
空自の神子田が呟くも、久里浜が頭を叩く。
「しっ、黙ってろ」
「でも……」
「いいから」
空自幹部の会話に被せるように健軍は言った。
「だが、いかにガラスの製法を手に入れるためとはいえ、今回の伊丹の行動は……」
「独断での行動は確かに問題です。ですがアルヌスから遠く離れた地で、いちいち報告に戻って対応を相談している余裕がなかったことを考えれば、致し方なかったのではないでしょうか? 我々は今、特殊な状況下にあるということをもう一度思い出すべきです。防衛大臣からの『あらゆる行動を許可する』という言葉を柔軟に解釈して適用すべきなのではないでしょうか?」
「し、しかしだな……」
江田島は話の相手を狭間に絞った。
「現状を顧みてください。我々は祖国との繋がりを断たれて、多くのことにおいて建前通りに運用できないでいます。例えば、麓の街に行ってみれば、刀剣や弓などで武装した自警団の姿を見ることができますが、これは本来ならば銃砲刀剣類所持等取締法違反、さらに警備業法違反です」
「乙種や丙種の害獣が跳梁している現状を顧みれば、仕方のないことだ。獰猛な動物がいる場所を往来するのに丸腰を強いたら、このアルヌスに商人達が寄りつかなくなってしまうからな」
「そうです。さらに言えば帝国から支払われる賠償金、これは本来手をつけることなく財務省に引き渡すべきもののはず。しかし我々はこれに手をつけている」
「それも分かっている。だが……」
「そうです。仕方がないんです。そろそろ認めませんか? この特地世界に孤立している我々は組織を維持し生存していくために、仕方がないという理由で、多くのことについて見て見ぬ振りを積み重ねていることを」
「……」
江田島のこの言葉を聞いて、多くの幹部達が深々とため息をついた。
「狭間陸将は、伊丹二尉に休暇と渡航許可を与える際、同時に北方の様子を探ってくるよう命令しておられますね」
「そうだが」
「ガラスの存在を確認。その入手可能性の拡張のための現地における世論工作。……彼がその行動を決断したとき、彼は任務遂行中であったとは言えないでしょうか?」
「いや、いくらなんでもそれはこじつけに過ぎる!」
「さて、ここでレレイさんからの報告です。朗報ですよ」
するとレレイが内懐から一通の書簡を取り出す。
「ここに旧ヤルン・ヴィエットの三部族長会議長からの手紙がある。イタミの名でガラス職人の招聘を願ったことへの返事」
「そ、それで!?」
まるで号令でもかかったかのように幹部達は一斉に立ち上がった。
その鬼のような形相は、レレイが目を丸くして一歩後ずさったほどだ。
手紙がレレイから江田島を経て、健軍へと手渡される。
「一佐、読めるんですか?」
用賀二佐の言葉に健軍は重々しく「うむ」と頷く。
「ヴィフィータちゃんから習ったんだろ。どうせ」
「黙れ」
健軍は神子田の揶揄に噛みつくような顔で返すと、ゆっくり羊皮紙の文書を開いた。
「健軍君、何と書いてあるのかね?」
健軍は狭間の問いに答えるために急いで手紙に目を走らせていたが、突然顔を上げて伊丹を睨み付けた。
「伊丹、お前向こうで何をやった?」
「えっと……報告した通り……のはずですが……」
「シルヴィアとかいう族長が、とんでもなくお前を褒め称えているぞ」
「健軍君、とんでもなくとはどんな感じかね?」
狭間が早く内容を教えろと急かした。
「例えば伊丹がいなければ自分は野獣に襲われて死んでいたとか、何の罪もないパルミアの人々が傷つけられるのを伊丹が防いだとか……だからイタミ卿のたっての願いなら、国や部族を傾けるようなことになろうと全力で助力するとか。非常に難しかったが、フロートの部族長を何とか説き伏せて国家機密の技術を提供するよう取りつけたとか、挙げ句の果てに、イタミ卿は何時こちらに戻ってきてくれるのか……といった感じで、言葉の端々にまるでラブレターみたいな美辞麗句がちりばめられています」
伊丹は乾いた笑い声を上げることしかできず、狭間は眉根を寄せた。
「ガラス製法の提供はありがたいが、重要な機密にしては、扱いが安易に過ぎる気がする。あとでとんでもない条件がついてくる可能性は?」
「ええと、無いと思います」
「伊丹君。シルヴィアっていうのはどういう人間なのかね?」
「えっと……一言で言うなら、とにかく惚れっぽい子でした」
伊丹のシルヴィア評は、少し辛辣だ。
伊丹に助けられるやコロッと惚れ、ホドリューに優しくされると簡単に靡いてしまうという、気が多くて衝動的で状況に流されやすく、何に対してもブレまくる娘であったからだ。
しかしそんな彼女も、国民のために戦争を防ぐという信念だけは、危なげながらもなんとか貫き通していた。
ところが、ここに来て国家機密を提供するなんて言い出してしまうのはどういうことだろうか? 地方の弱小部族にとって、こういった名産品の製造技術は宝だ。ガラス製法技術の独占によって何人の民を養うことができるか。それを安易に流出させるのは、国に対する裏切りに等しいとも思えた。
シルヴィアの申し出が社交辞令と修辞を含んだ表現ということを差し引いても、やっぱりブレるという点では一貫している娘さんなのかもしれない。
とはいえ、そのシルヴィアがガラス職人を貸すと決断してくれたのだから、感謝こそしても悪く言う理由はない。伊丹は「ま、良い子でした」と彼女についての評価をまとめ、裏で何か悪辣なことを考えているという可能性はないだろうと告げた。そして自分達の恩人としてシルヴィアの名を深く銘記するよう狭間に求めたのである。
「ならばありがたく受け取るしかないな」
立ち上がっていた幹部自衛官達は、狭間の言葉を聞いて脱力したように静かに腰を下ろしていった。
「これで『門』が開くのか」
「建造はこれから。でも懸案だった材料が揃った」
レレイが答えると、あちこちから安堵のため息がこぼれた。
その厳しさの抜けた顔を見れば、彼らがどれだけ『門』の再開を待ち望んでいるかが分かる。
そしてこの朗報の前にあって、伊丹の行動は、『門』再開のために必要だったという江田島の弁護は俄然説得力を増した。というより『門』が開くなら、伊丹の多少の逸脱行動などどうでも良いことのように思われたのだ。
「いかがでしょうか? 枝葉末節の些細なことにこだわったりせず、四方丸く収める方向でこの問題を見ることにしませんか?」
意訳すると「みんなで幸せになりましょう」である。江田島のこの一言がダメ押しになった。
「どうします?」
「まあ、そういう事情があったのなら、報告の際にその旨を申し添えても良いと思うが」
幹部達は消極的にではあるが、「伊丹の今回の行動は独断による危険な行動だが、『門』を開いて日本との連絡を再開するためには必要な措置であった」とする江田島の提案を、受け容れることにしたのである。
無論、この問題は政治マターとして扱われるものだから、この場で全て決着がつくものではない。だが、今彼らが置かれている特殊な状況下では、現場からの意見が大きな影響力を持つ。
「忘れるな、伊丹。あくまでも『門』が無事に開いたならばの話だぞ」
「それまでお前は処分保留の身の上なんだ。大人しくしているんだぞ、分かったな」
それは、あくまでも『門』が開いたらという条件付きではあったが、幹部達の態度決定はこうして保留されることとなったのである。
これを問題の先送りとも言う。あるいは、みんなもう疲れ切っていて、面倒くさいことは考えたくなかっただけなのかも知れない。
* *
江田島は伊丹に語った。
「まぁ、『門』が開かなければ我々の人事は凍結されたままです。つまり貴方の今回の行動が、本当の意味で問題になるのは『門』が開いた時だけなのです。そして『門』の再開通がなったらなったで、それに貢献した貴方の活躍もクローズアップされるのは必定。今回のことも華々しい成功の文脈内のささやかな逸脱として受け止められるはずです。ま、いざとなったら私もコネクションを使って力の及ぶ限り貴方の弁護をさせていただきますから、心配は要りませんよ」
伊丹は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。なんとお礼を言ったらよいか」
「お礼なんて結構です。恩に着せるつもりはありませんので、私の依頼を断ってくださってもよいのですよ」
にんまりと笑う江田島を前にして、伊丹は開き直った気分で言った。
「そういうわけにはいかないです。お手伝いさせていただきます」
どうやら伊丹の反応は江田島の目論見通りだったようである。江田島は伊丹が後ろに続いてくることを疑う様子すら見せずに、歩き始めたのだった。
江田島は背後の伊丹に向かって語りかけた。
「実は、私も、自分が同じ状況に巻き込まれたらどう振る舞っただろう、と考えてみました。理不尽な理由で始まった戦争。負ければ女子供などの非戦闘員が蹂躙される可能性大。戦況を膠着させ時間を稼げば、戦争を止められる可能性があり、自分にその力がある……アフリカなどの部族紛争で似たような状況が考えられますね。例えばスーダンなどがそうです。任務を帯びて現地に派遣されたとして、宿営地を設けていたなら話は簡単で、守りたい者を内懐に抱え込んでしまえばいい。そうすれば誰にも文句をつけられない正当防衛の状況を作ることができる。ですが、あの時貴方は個人でしかなかった」
「江田島さんは、考えた結果どんな結論を出したんですか?」
「自衛官としては、あくまでも問題に関わるのを避けるというものでした。たとえ休暇であり個人で行動していたとしても、私達は日本という国家の腕の一本と見なされます。私達制服組に国の意思を独断で決める権利はない。それは主権者たる国民が決めることです。ですから何としても、状況に巻き込まれるのを避けなければならないのです。そのことは貴方にもう一度申し上げておきたい」
「そうですよね」
「ただ、そうした場合、私はおそらく自衛隊を辞めています」
「どうしてですか?」
「非戦闘員が傷つけられるのを黙って見過ごした自分を、許せないからです。私は艦というものが好きで海上自衛官となる道を選んだ。でもそれを、人間として為すべきことを為さなかった理由にしたくない。だから貴方の選んだ道は、自衛官としては間違っているかも知れませんが、尊いことだったと思うのです。それゆえに、ほんの少しばかり庇ってみたいと思いました」
「…………」
「私のしたことは、言うなればそんなささやかな自己満足から出たものなのです」
この江田島の言葉に、伊丹は殊勝にも頭を下げたのだった。
伊丹は江田島に連れられ、プラントの隣に建てられた業務用テントに赴いた。中に入ってみると、テーブル上に、焼け焦げた鉄パイプが何本も並べられている。
「これは?」
「今回の事故の原因です」
「江田島さんは、こういうの分かるんですか?」
「多少のことは……というのも、艦というのは、実はこういうものの集合体だからです」
「で、俺はどんなことをすればよいんですか? このパイプを片付けることとか?」
「そうではありません。そんなことなら、それこそ誰にでもできることです」
江田島は伊丹に鉄パイプの一つを見せた。
「これをご覧なさい。このパイプ、縦に亀裂が入っているでしょう」
「え!? ええ。そうですね?」
「これらの部品の多くは、地元の鍛冶屋さんに頼んで作ってもらったものです。ただ、彼らの中には、このように鉄などの硬い金属で中が空洞の物体を作ったことのある方はほとんどいません。ですから今は手探りで作ってもらっている状態なんです」
「で、できあがったのがこれ?」
「はい。こちらの世界でもこうした管状の……例えば水道管などは作られているんですが、銅や鉛などの柔らかい金属板を丸めてハンダ付けするという製法が採られているのだそうです。ただ、今回は厚みのある鉄を使っています。そのため同じ製法でやると強度の面でどうにも具合が良くない」
「ってことは、それが事故の原因?」
「私はそう考えています」
江田島は入荷されたばかりの新品の鉄パイプを伊丹に見せた。
望遠鏡のようにして中を覗くと、ところどころ亀裂が走っているのが見える。表面から見れば綺麗に繋いだつもりでも、内側ではくっついていないのだ。
「あらら、これじゃあ圧力がかかった時に吹き飛んでも仕方がないですね」
「そうです。しかし問題はそれだけではありません……」
江田島はテントの端に置かれた箱に手を伸ばし、伊丹の前に置いた。その中には数本の鉄パイプが入っていた。
「これは?」
「裂け方をご覧なさい」
見るとそれらのパイプには、縦の裂け目はなく、何か鋭角な物体の角に叩きつけたかのように横に亀裂が入っていた。
「製法の未熟さが原因なら、この鉄パイプも縦に裂けているべきです。しかしこの亀裂の入り方は全く違う。斧か何かで殴打されたようにしか見えない」
他のパイプは、内側から外側に力がかかったことによる亀裂なのに対して、こちらは外から内に力がかかったことを示すように凹んでいるのだ。
「ってことは、誰かが意図的に?」
「はい。私はこれを事故現場で発見した瞬間、何者かによる破壊工作を確信しました」
「それならすぐに警備態勢を強化しないと……」
「いえ、現段階では、このことは伏せておくようにというのが狭間陸将のご指示です。現在、狭間陸将以外でこれを知っているのは私と貴方だけです」
「どうして秘密に?」
「第一に、事故の直接の原因が、この鉄パイプの破損ではないからです。第二として陸将は隊員達の心理的な要因を挙げられました」
「隊員達の心理……ですか?」
「はい。故郷から切り離されて長くなったせいか、隊員達の士気の維持がいよいよ難しくなってきています。隊員達が不良行為に走らないのは、街の住民達との関係が良好だからと言っても過言ではありません。しかし、そんな時に何者かによる妨害工作を知ったとしたら、隊員達の疑念や憤りはどちらの方向に向かうと思いますか?」
「妨害している敵……ですよね」
「しかし、その敵の姿が見えないとなるとどうでしょう? 街に紛れ込んでいる誰か……という目で見てしまう。すなわち、不特定多数が相手になってしまいます」
「住民混在の戦闘は、敵味方の区別に神経を使うからキツいですよね」
「見てはっきりと区別できないならなおさらそうです。人間というのは単純な生き物ですから、坊主が憎ければ袈裟まで憎くなる。自分を取り囲む不特定多数の中に敵がいるかも知れないと思い始めると、その不特定多数全体を嫌悪し、敵視し始めてしまいます。そのような態度が隊員達の言動として現れることだけは避けたい」
「確かに問題ですね」
人間というのは、良く思われている相手に対しては良くしたいと思うが、自分を嫌っている相手には嫌悪感を返すのが自然だ。自衛官達の態度が攻撃的なものになれば、街の住民も自衛官に良くない感情を抱くようになってしまう。
「互いに疑心暗鬼に陥ってトラブルが起き、憎しみ合う。そんなことが起こらないようにしたい。そのためには我々だけで、せめて敵がどのような存在なのかという目星くらいはつけておきたいのです。お願いできますか?」
「なるほど」
伊丹は少し考えた。事の重大さは理解できるが、果たして自分に、江田島の期待に応えられるようなことができるか分からなかったからである。
だが、伊丹は立候補したわけではない。自分を使うことにしたのは江田島の側だ。ならば自分にできることをすればよいと理解した。
「はい。分かりました」
* *
狭間は、会議室にずらりと並ぶ佐官達を見渡した。
担当者の用賀二等陸佐がパワーポイントを用いて、炎上する石油プラントの写真を次々と壁に映し出していく。
「第一次石油精製施設稼働実験……爆発炎上」
「第二次石油精製施設稼働実験、爆発炎上」
次々と写真を替えながら、用賀二佐は言い放った。
「第三次、第四次と爆発炎上を繰り返し、第五次も爆発して終わったわけです」
用賀はそう報告して腰を下ろし、現場総指揮者の健軍が集まった者に語りかけた。
「石油精製施設などと呼んでいても、実際の規模は街のガソリンスタンド程度だ。千葉や川崎にある本格的な施設で働いている者が見たら、きっとおもちゃにしか思わないだろう。だが、これが我々陸上自衛隊特地派遣部隊にとっては、枯渇寸前の燃料を安定的に手に入れるための手段である。第六次実験を成功させるために、皆からの忌憚のない意見を聞きたい」
狭間陸将が額に深く刻まれた皺を揉みほぐしながら用賀二佐に尋ねた。
「今回の失敗の原因はなんだね?」
「部品加工の精度、材料の品質の不均等、工作技術の問題、計測装置の精度不足等々です」
「いくら知識があっても、形にする加工技術なしでは、化学工業設備は成り立ってはいかないということか?」
「そういうことです。実際、この仕事を担当してみて嫌と言うほど思い知りました。鉄パイプ一本つくるのにも、日本の技術者達は気の遠くなるほどの技術を駆使しているんだってことを……」
「どうしたらよい?」
「麓の街にいる職人の技術が向上するのを待つしかないのが現状です」
「この世界の鉄加工は鍛造が主流だったよな?」
「そうです健軍一佐。鋳造が一般化するのを待ってはいられません。なのでこちらから技術的な提案をしていこうと思っとります」
「火縄銃方式だったな……」
狭間は額に手を当てた。
戦国時代の日本では、真っ赤に焼いた鉄をトンテンカントンテンカンと鉄槌で叩く鍛造方式で火縄銃を作っていた。
真金に細い鉄をぐるぐると巻きつけ、焼いて叩いて鍛着、一体化させ、後で真金を引き抜くことで中が空洞な銃身ができるというやり方だ。
この方法なら、アルヌスにいる鍛冶職人達でも真似できる。自衛隊が要求する強度の鉄パイプを生産することが可能になるだろうと思われていた。
「だがそれは、この特地住民に鉄砲の造り方が伝わってしまうことを意味する」
技術は一度伝わればどんどん拡散していく。帝国軍が銃砲火器を装備した軍隊を揃える状況も、そう遠くない未来に起こりうると考えなくてはならない。
もちろんその程度で日本の優位性が即座に崩れるわけではない。だが、それを良しとするかは熟考しなければならない。
日本を振り返ってみても、明治維新からわずか四十年でロシアに勝利するまでに近代化できた。技術の伝授は、我が身を傷つける諸刃の剣と考えねばならないのだ。
「陸将! 小さな蒸留機を用いた精製はうまくいってるんです。こうなったらそれを百台程増強して精製していったら、必要量を確保できるのではありませんか?」
会議室の末席にいた柘植二佐からの声に、用賀二佐が答えた。
「それは我々も考えた。だが小型の蒸留器では効率が悪い」
「効率なんて数でカバーできるだろ?」
「極端なたとえ話だが、百リットルの燃料を精製するのに五十リットルの燃料を使ったら、手元に残るのは半分だ。もし百リットルの燃料を必要とすると、原油は倍の量が必要で、それを運ぶトラックは倍の燃料を食い、運転したり警備する隊員も倍が必要で、タイヤの消耗も倍となる……」
「油田のあるエルベ藩王国は遠いですからね」
「だからこそ、百リットルの燃料を作るのに必要な燃料を十リットル、五リットルへと減らす石油精製施設の稼働が望まれるのだ」
「しかし陸将、『門』再建の目処が立ったと聞きます。ならば石油精製施設は不要なのでは?」
柘植二佐が手を挙げた。
「『門』の再開通にどれだけの時間がかかるか分からないからな。いついつまでに必ず成功するという保証がない以上は、燃料確保の手段は保持しておきたい」
「今年は冬が来るみたいですしね」
「去年は雨季と乾季しかなかったと思ったが、今年は四季があるようだ」
幹部達の言葉に狭間は「うむ」と頷いた。
「カトー先生によれば、地震と同じで世界が歪んでいた影響による異常気象らしい。どれだけ寒くなるか予想もつかないから、暖房のことを考える必要もある」
「では?」
「火縄銃方式の鉄パイプ製造技術の提供を許可する。ただし技術の拡散を極力防ぎたいと思うので工夫して欲しい」
すると用賀二佐も既に考えていたのか、答えをすぐに返してきた。
「地元の鍛冶職人を対象に、クローズドなギルドを設立させるやり方を考えてみます」
「うむ。この特地に我々の科学技術や知識をやたらと持ち込まないと、ロゥリィさんとの取り決めにもある。そのあたりも彼女に確認しておいてくれたまえ。いいな?」
「はい。分かりました」
会議を終えて廊下にぞろぞろと出てくる燃料生産委員会の幹部達。そんな幹部達の流れに逆らって、江田島と伊丹は会議室へと向かっていた。
「江田島です」
「おう、江田島君か」
狭間は会議室に残って書類を見ていた。だが、江田島の姿を確認すると書類を脇に押しやった。
「なんだ、伊丹も一緒か?」
「ちょうど、暇そうにしてましたので、彼に手伝ってもらうことにしました。何か問題がありますか?」
「いや、特にない。伊丹ならば、暇そうにあちこちうろうろしてても誰も怪しんだりはしないだろうからな」
「ええ、実に得がたい人材だと言えます」
「で、どうだったかね、調査の結果は?」
「今回も妨害工作の痕跡がありました。ただ妨害工作がなくても失敗したでしょうけれど……」
腕を組んで考え込む狭間。
「どうしたらいいかな? 江田島君」
「本来なら警戒を厳にすべきでしょう」
「そうだ。だが、敵の目的が分からない」
「我々の存在そのものが目障りだという者がしていることならば、石油精製施設に対する破壊工作で収まっているはずがありませんからね。いずれ別の何かがターゲットになるでしょう」
伊丹が手を挙げた。
「破壊の対象が今のところ石油精製施設に限られているのは、つまりどういうことでしょうか?」
「何らかの意思表示だろう」
「それ以上のことをしないのは、失敗すると分かっているからですね?」
「その通りだ、江田島君。それはつまり石油精製施設の稼働が成功しそうになった時に、妨害活動が本格化するということでもある」
「石油精製施設を動かしたら壊すぞ……か。環境保護団体の仕業だったりして」
特地にそんな団体が存在するはずがないと分かっていて伊丹は軽口を叩いた。
だが、狭間は真顔で頷いた。
「そうかも知れんな」
「え?」
伊丹が疑問を差し挟む隙もなく江田島が続けた。
「いずれにせよこのままにしておくわけにはいきません。なんらかの対処を行うべきです」
「そうだ。これが我々の存在が気にくわない者の企てなら、いずれ手がける『門』再建がターゲットにされる可能性もあるのだからな。江田島君、苦労をかけるが、そこのところをなんとか探ってほしい。伊丹二等陸尉、江田島君に協力することを命じる」
伊丹は戸惑いつつも、ピンと背筋を伸ばした。
「はっ、分かりました!」
「陸将。そこで提案があるのですが……と、その前に、『門』再建の準備は現在どうなっているでしょう?」
「この間レレイさんに聞いた話では、設計図を引き終えたところだそうだ。あとは資金の手当てや、物資の準備を進めていくだけだ。無理をすれば今すぐにでも始められなくもないが、彼女はとにかく慎重派だからな……それがどうしたのかね?」
「やればできるという状況なら、『門』再建の開始を公表しましょう」
「危険なのではないか?」
「危険を避けていては敵の意図は見えません。それに、私が見たところ隊員達の士気の下がり方が、殊のほか酷くなっているように見受けられます。隊員達に希望を与えたいと思います」
伊丹は「そう言えば……」と、迂闊な冗談で顔色を変えた隊員達を思い浮かべた。
「『門』再建計画を囮にして敵をあぶり出すと?」
「はい。このままでは我々特地派遣部隊の組織を健全に保つことも難しくなりますので」
「私は敵への備えを万全に講じた上で、レレイさんに『門』再建に取りかかってもらいたかった」
「ご配慮は当然です。しかし石油精製施設と違い、『門』建設の予定地はこのアルヌス駐屯地の中。妨害を企図する者がいても、人員や装備が危害を受ける恐れは低いかと思います」
「分かった。安全への配慮を前提にするなら君の計画に乗ってもいい。伊丹君、すまんがレレイさんをここに呼んで来てもらえるか? 『門』再建については私から話をしようと思う」
「あ、はい」
伊丹はすぐに会議室から出て行った。
その背を見送った狭間がぽつりとこぼす。
「レレイさんに無理を強いることになる。彼女はきっと良い顔をしないぞ」
「良い顔も何も表情の乏しい娘ですから。とはいえ彼女は聡いので、我々の求めにきっと応じてくれますよ。何しろそれ以外の選択肢はないんですから」
狭間は江田島をジロリと睨んだ。
「君も阿漕な男だ」
「三人娘は扱うのが難しい。ですが動かすことはそう難しくありません。彼の生殺与奪権を我々が握っている限りは誘いに乗ってくれます。問題は、彼が今回の旅で我々の想像以上のことをやらかしたことでしょう。後始末が思いやられます」
「私だって彼があそこまで大胆なことをするとは思わなかった。幹部達を納得させる方法に苦慮したよ」
「あれで充分だと思いますが」
「はっ、馬鹿にするのもほどほどにしろ。みんな礼儀正しいから欺されたフリをしてくれているだけだ。伊丹自身だって薄々気が付いているはずだぞ」
「そうなのですか?」
「どうして自分ばかりが、と考えていけば、必然的にたどり着く結論だ。とにかくこの件の提案者は君だ。本件に付随して発生する面倒の始末も君がつけろ。私が反対したことは決して忘れるな。いいな?」
「ええ、分かっておりますとも……」
江田島は恭しく頷いたのだった。
『門』の再建計画が、アルヌス協同生活組合から公表されたのは、その数日後のことであった。
―― 特地・アルヌス州・アルヌス ――
陸上自衛隊特地方面派遣部隊が演習場としている丘の中腹に、鈍色の塔とそれを囲む複雑な建造物が出現したのは、雨期も過ぎ、北から流れ込んでくる空気がその冷気を強めてきた頃であった。
折しもアルヌスの麓では、エムロイを祀る神殿ロゥリアに続いて、ハーディを祀る神殿ジゼラ、ダンカンを祀る神殿モタが次々竣工し、街外れの森ではワレハルンの木々がぐんぐんその背丈を伸ばし始めたのと同じ時期。
それぞれの神官達が布教活動する姿を見られるようになったこともあって、麓に住まう住民達は、その複雑な建造物を日本人達の造った何らかの神殿だろうと誤解したのである。
塔のてっぺんから立ち上る黒い煙と、無数の鉄管で構成されたそれは、確かに知らない者からすればそんな風に見えるかも知れない。
だがその実態は、特地で入手可能な原油を基に、ガソリン、軽油、重油等々を精製するための蒸留塔や貯蔵タンク、そしてそれらを繋ぐ鉄パイプ等で構成された石油精製プラントなのである。
「これより、第五次石油精製施設稼働実験を執り行う。担当者は位置につけ」
「おうっ!」
健軍一等陸佐の号令の下、隊員達が配置についていく。彼らは地下に掘られた待避壕にそれぞれ潜り込み、そこで担当の機材を操作するのだ。
「第一、第二圧力弁閉鎖! 冷却水循環正常」
「第一加熱釜、第二加熱釜、温度上昇率正常!」
「蒸留塔機能正常!」
「よし、今度こそうまくいったぞ! これでヘリが飛ばせる!」
健軍が握り拳を天に向けて突き上げた瞬間だった。非常ベルがけたたましく鳴り始め、あちこちに巡らされたパイプの継ぎ目から蒸気が噴出し始めた。
「冷却水の供給に異常発生! 温度が上がり続けます! これはまずい!」
「圧力釜耐久限界値を超えます」
「第一、第二パイプ破損!」
「燃料引火!」
「なんだ、どうなった!?」
健軍の問いに用賀二佐が答える。
「要するに、失敗ってことです」
その直後、鈍色の神殿は爆発し、炎に包まれた。
そしてアルヌスの空に向かって、黒々とした大きな煙が上っていった。
「あ~あ」
「また失敗したみたいニャ」
「大変だよねぇ」
音と光との若干の速度差により、アルヌスの街に爆発音が響くのは、街の住民が黒い煙を見て実験の失敗を悟った数秒後となる。
「来るぞ」
耳を塞ぐ住民達。
少しのタイムラグの後、腹の底から響くような爆音があたりに響き渡った。すると、それまで実験に気が付かなかった者達も振り返ってその失敗を知った。
銀髪の魔導師レレイ・ラ・レレーナも、その一人である。学徒達を率いて街を歩いていたレレイは、度重なる失敗に同情するように口元から小さな湯気を吐き出した。
学生の一人、スマンソン・ホ・イールが言う。
「また実験失敗。小さい蒸留器の稼働は成功してるんだから、あんな大きな物を無理して造らなくても研究は進められるだろうになあ」
スマンソンの声を背中に浴びたレレイは、振り返ると弟子に正対した。
「彼らは研究しているのではない。彼らが求めているのは効率化。小さい蒸留器では、無駄が多いから」
「レレイ先生。無駄って何ですか?」
「蒸留器は火を使う。そしてそのためには蒸留器で作った燃料油が必要」
「ああ、そっか。蒸留器を動かすために、できあがったばかりの油を使っちゃうから、効率化しないと手元に残る燃料油の量が少なくなっちゃうんだ」
「だから彼らは、施設を大型化して手元に残る燃料油を増やそうとしている」
「でも、それで施設を吹き飛ばしてたら、その方が無駄なような気がしません?」
「無駄を重ねても諦めずに技術を発達させていったから彼らの繁栄はある」
「でも、その技術って『門』の向こう側の彼らの故郷にあるんですよね。今の彼らはその恩恵を受けられない……」
「そう。知っているということと、できるということとの間には深い溝がある。それが現実。その意味で言えば彼らは今、私達と同じ立場にある」
レレイは再度振り返ると、紅蓮の炎に焼かれようとしている蒸留塔を見上げたのだった。
* *
「こりゃあ見事に壊れたな」
陸上自衛隊二等陸尉伊丹耀司は、立ち入り禁止のロープで囲まれた石油精製施設跡に立ち入ると、そんなことを呟いた。
囲いの中は、爆発によって流れ出た油が地面を覆い、煤で汚れた鉄パイプなどが散乱している。あちこちに黒いタール状の液体が染みついて、その上には消火の際に用いられた粉末や砂が積もっていた。
顔見知りの自衛官達がそれら油を吸った土を円匙で掻き集め、一輪車で運び出そうとしている。その鼻の曲がりそうな匂いに伊丹は顔を顰めた。
「おはようございます。伊丹二尉。起き抜けのナパームの匂いは格別ですね」
「ナパーム? ……はっ!」
伊丹はナフサ、ガソリン、軽油、重油が混合した凄まじい匂いを「ナパーム」とひとくくりにする隊員の言葉に、どう返したものかと一瞬戸惑った。
だが、そう言えばこの隊員は第四戦闘団、健軍一等陸佐の部下だったと思い返すと、その言葉の元ネタが映画『地獄の黙示録』に登場するキルゴア中佐の名台詞であることに気が付く。
ネタにはネタで返すのがおしゃれというものであり、当該隊員も伊丹がどんなネタ返しをするのか期待しているようだった。そこで伊丹は咄嗟にこう言った。
「俺は、朝目が覚めると『アルヌス。くそっ、俺はまだアルヌスにいる!』とか、思っちゃうね」
だが、その軽率な一言に、隊員は顔色を青ざめさせた。見れば彼ばかりでなく、周囲で作業していた隊員達のほとんどが手を止めてしまっている。
「あ、悪い悪い悪い」
伊丹は、自分の一言が隊員達の精神を逆なでするものだったと気付き、即座に頭を下げた。
先の台詞は、これまた同映画冒頭のベンジャミン・ウィラード大尉の名台詞が元ネタであり、良い感じで脳みそが膿んでいるウィラードが、任務をもらって早く地獄のようなジャングルで戦いたいと願う気持ちを表している。
しかし日本にいつ帰れるとも分からない自衛官達からすれば、故郷に帰りたいという意味で、目を覚ます度に似たようなことを考え苦渋を味わっているのだ。
おかげでこの台詞に妙に共感してしまって、冗談として笑い飛ばすことが難しかったのである。
「に、二尉……」
「す、すまない。多分、この匂いに頭がやられちまったんだと思う。悪かった。すまんかった。これこの通り」
率直な謝罪が功を奏したのか、それともへこへこと頭を下げる幹部自衛官の情けない姿に反感よりも同情心が湧いたのか、隊員達はすぐに伊丹の謝罪を受け容れ、仕事を再開した。
「ところで、二尉はなんでこんなところに?」
「お呼び出しをくらっちゃってさ。江田島さんは?」
「ああ、あの人か。あっちですよ」
伊丹は隊員に礼を言うと、水たまりならぬ黒い油たまりの中で足の踏み場を探した。
施設跡地では、石油精製施設の稼働実験に携わる隊員達により、何やらあちこちで現場検証めいたことが行われていた。その群れの中に、一際目立つブルーのデジタル迷彩服をまとった江田島二等海佐の姿を見つけた。
「江田島二佐!」
伊丹は江田島の名を呼んだ。すると江田島は片手を上げる仕草を返し、伊丹にそこで待つように指示を出すと、作業員に話しかけた。
「この部分の記録をとっておいてください」
「分かりました。二佐」
そして「後はお願いしますよ」と作業員に告げて伊丹に歩み寄った。
「やあ、伊丹二尉。待ってましたよ」
「一体何のご用ですか?」
「実は、少しばかり手伝って頂きたいことがありまして」
「手伝うって、何をです?」
「少し気になることがありましてねぇ。雑用のようなものだと思ってください」
「雑用なら……ご一緒にこっちに来ている海曹がいるんじゃなかったでしたっけ?」
伊丹は、雑用程度のことなら自分の部下を使ってくれと暗に拒絶した。
だが江田島は伊丹の仄めかしに気が付かないのか、それとも分かっていてあえて無視しているのか、こう返した。
「最近、彼は忙しそうにしてましてね。何かとつれないんですよ」
「前にも聞きましたけど、海自さんにどんな仕事があるんですか?」
「仕事ではありませんよ。どうやら大祭典の時に出逢いがあったようでして。おおかたその娘との逢い引きにかまけているのでしょう」
「で、俺に?」
「はい。お暇だと聞きましたから。ダメですか?」
「そりゃあまあ、江田島さんには世話になりましたからねぇ」
真っ向から問われると、伊丹としては嫌とは言えない。江田島には絶体絶命の窮地に陥っていたところを助けてもらった恩義があったからである。
* *
テュカの父、ホドリュー・レイ・マルソーを探す旅から帰ってきた伊丹の報告は、狭間陸将を代表とする陸自特地方面隊の幹部達を大いに悩ませるものとなった。
こともあろうに、現職自衛官幹部が他国の内戦に介入してその一方に荷担、戦闘行動に参加してしまったからである。
一般の個人であれば、非戦闘員たる子供達を守るためとして正当防衛を主張することもできただろう。しかし自衛官として、片方の陣営に属する形で戦ってしまったのはまずい。
伊丹は日本の国家機関に所属しており、その言動は政府のコントロール下になければならない。自らの判断で勝手に敵味方を選んで行動することなど、あってはならないのだ。
その意味では今回の行動は完全にアウトと言えた。伊丹は、自衛隊にとっても、そして日本政府にとっても、非常に厄介で面倒くさい問題を引き起こしたのである。
狭間は、二週間に及ぶ佐官級幹部達との侃々諤々の議論の果てに伊丹を出頭させると、喉を絞り上げるような声で告げた。
「この休暇を君が望んでいなかったことは重々承知している。渡航許可を出したのも私だ。だから些少のことならば、大目に見るつもりでいた。しかし、ここまでされては庇いようがないぞ」
「はい。覚悟してます」
さすがの伊丹も、伸ばした背筋に冷や汗を感じざるを得なかった。だが、どんな結果になろうとも、テュカの泣き顔や生まれたばかりの彼女の妹、そしてパルミアの人達の顔を思い浮かべて、後悔だけはするまいと決めていた。
ここで悔いることは、彼女達を助けなければ良かった、パルミア側が敗れ、女子供が蹂躙され、奴隷とされるのを黙って見ていれば良かったということになる。
我が身可愛さに、彼女達を助けなければ良かったなどと考えることだけは、いくらなんでもしてはいけないと思ったのだ。人として。
「君の処分は、日本との連絡が回復したら正式に下されるだろう。だが厳しい結果が出ることだけは覚悟しておくように」
最終的に決定される処分は、免職であろうことが狭間より示唆された。
「だからその前に辞表を出せ」
伊丹の前に居並ぶ佐官級幹部達は口を揃えて言った。
伊丹もそうしようと思った。もし伊丹が処分を受けたら、テュカは自分のせいだと自身を責めるに違いない。彼女にそう思わせないためにも、自ら辞表を提出して自分の意思で辞める形にした方がよい。
だがその時、反対の声を上げたのが江田島であった。
会議室に押し入ってきた江田島は、突然の横やりを快く思わない佐官達の抗議を聞き流して、最高指揮官たる狭間に語りかけた。
「伊丹二等陸尉の行動は、確かに問題に見えます。しかしそれが『門』再開通に不可欠な物資を調達するためだったとしたらどうでしょうか?」
「な、なんだと?」
これには佐官達もどよめいた。『門』の再開通は特地派遣部隊に課された任務の中でも最優先課題であり、また隊員生存のためにも絶対必要条件である。たとえ上官から動くなと命令されていたとしても、その方法が目の前に転がってきたら飛びついて確保しなければならないのだ。
従って伊丹の今回の行動がそれに該当すると言われれば、厳しい意見を口にしていた佐官達も耳を貸さないわけにはいかない。
「レレイさん、どうぞ」
江田島に促されてレレイが歩み出た。そして皆の注目を浴びる中、レレイは抑揚に欠けたいつもの口調でこう告げた。
「『門』を開くための材料としてガラスが必要。だけどこの世界にガラスの製法はない。だからガラスの製造法を一から研究しなければならないと思われていた」
「そのことは報告を受けて知っている。我々としてもその研究を可能な限り支援するつもりでいた」
「だけど、知っているということとできるということは異なる。貴方達には知識はあっても技術はない。例えば坩堝はどう扱えばよい? 窯の煉瓦はどのように積み上げればよい? どうやってこちらの求める形状に成形する?」
「それを言われてしまうと、グゥの音も出ないな」
「だけど、今回の旅でイタミがガラス製造の技術を知っている部族を見つけた」
「なに、本当か!?」
「どうしてそれを早く言わん!」
今度は伊丹が注目を浴びることとなり、流汗滂沱する。
「え、でも、その、どんな関係が?」
江田島が、伊丹に喋らせまいとするかのように解説を再開した。
「レレイさんからガラスが必要だということを予め聞いていた伊丹二尉は、旅先で『ラァスィ』と呼ばれるガラスブロックで造られた宮殿を発見して、これだ! と思ったのです。しかし、こちらの世界ではガラスは貴重品で、その製法は堅い秘密で守られています。我々の世界でもかつて絹や鏡の製法が、国家機密として外部に知られないようにされていました。それを考えれば、不思議なことではありません。教えて下さいと頼んでも易々と教えてくれるものではない。それなりの関係というものを築く必要がある。それもかなり好意的なものでなければ……」
狭間は机に覆い被さるような勢いで身を乗り出すと「その通りだ」と力強く頷いた。
「しかし、これから戦いが始まり、下手をすると非戦闘員が傷つけられてしまうかも知れないという状況なのに、それを見捨てて冷たく立ち去ってしまう人間が、果たして好意を得ることなどできるでしょうか?」
「む、無理だな」
幹部の一人として同席していた健軍は、苦虫を噛みつぶしたような表情で頷き、江田島の論説の正しさを認めた。
「時間があればゆっくりと友好を深めていくことはできます。しかし我々にそのような時間がないのは皆さんもご承知の通り。伊丹二等陸尉は苦渋の選択を強いられることとなりました。その後、彼がどう振る舞ったかは伊丹二尉の報告の通りです。伊丹二尉の活躍によって、フロート族族長の陰謀が暴かれた。そうして我々は、ガラスの製造技術を得る可能性を手に入れたのです。そうでしたよね伊丹二尉?」
「え? えっ!?」
突然、江田島に話を振られた伊丹は答えに窮した。
すると江田島が両手を広げるオーバーアクションで皆に告げた。
「皆さん、伊丹君はそうだと言ってます」
「いや、ちょっと待て……今のはどう見たって、そんなこと考えてもいなかったという顔を……」
空自の神子田が呟くも、久里浜が頭を叩く。
「しっ、黙ってろ」
「でも……」
「いいから」
空自幹部の会話に被せるように健軍は言った。
「だが、いかにガラスの製法を手に入れるためとはいえ、今回の伊丹の行動は……」
「独断での行動は確かに問題です。ですがアルヌスから遠く離れた地で、いちいち報告に戻って対応を相談している余裕がなかったことを考えれば、致し方なかったのではないでしょうか? 我々は今、特殊な状況下にあるということをもう一度思い出すべきです。防衛大臣からの『あらゆる行動を許可する』という言葉を柔軟に解釈して適用すべきなのではないでしょうか?」
「し、しかしだな……」
江田島は話の相手を狭間に絞った。
「現状を顧みてください。我々は祖国との繋がりを断たれて、多くのことにおいて建前通りに運用できないでいます。例えば、麓の街に行ってみれば、刀剣や弓などで武装した自警団の姿を見ることができますが、これは本来ならば銃砲刀剣類所持等取締法違反、さらに警備業法違反です」
「乙種や丙種の害獣が跳梁している現状を顧みれば、仕方のないことだ。獰猛な動物がいる場所を往来するのに丸腰を強いたら、このアルヌスに商人達が寄りつかなくなってしまうからな」
「そうです。さらに言えば帝国から支払われる賠償金、これは本来手をつけることなく財務省に引き渡すべきもののはず。しかし我々はこれに手をつけている」
「それも分かっている。だが……」
「そうです。仕方がないんです。そろそろ認めませんか? この特地世界に孤立している我々は組織を維持し生存していくために、仕方がないという理由で、多くのことについて見て見ぬ振りを積み重ねていることを」
「……」
江田島のこの言葉を聞いて、多くの幹部達が深々とため息をついた。
「狭間陸将は、伊丹二尉に休暇と渡航許可を与える際、同時に北方の様子を探ってくるよう命令しておられますね」
「そうだが」
「ガラスの存在を確認。その入手可能性の拡張のための現地における世論工作。……彼がその行動を決断したとき、彼は任務遂行中であったとは言えないでしょうか?」
「いや、いくらなんでもそれはこじつけに過ぎる!」
「さて、ここでレレイさんからの報告です。朗報ですよ」
するとレレイが内懐から一通の書簡を取り出す。
「ここに旧ヤルン・ヴィエットの三部族長会議長からの手紙がある。イタミの名でガラス職人の招聘を願ったことへの返事」
「そ、それで!?」
まるで号令でもかかったかのように幹部達は一斉に立ち上がった。
その鬼のような形相は、レレイが目を丸くして一歩後ずさったほどだ。
手紙がレレイから江田島を経て、健軍へと手渡される。
「一佐、読めるんですか?」
用賀二佐の言葉に健軍は重々しく「うむ」と頷く。
「ヴィフィータちゃんから習ったんだろ。どうせ」
「黙れ」
健軍は神子田の揶揄に噛みつくような顔で返すと、ゆっくり羊皮紙の文書を開いた。
「健軍君、何と書いてあるのかね?」
健軍は狭間の問いに答えるために急いで手紙に目を走らせていたが、突然顔を上げて伊丹を睨み付けた。
「伊丹、お前向こうで何をやった?」
「えっと……報告した通り……のはずですが……」
「シルヴィアとかいう族長が、とんでもなくお前を褒め称えているぞ」
「健軍君、とんでもなくとはどんな感じかね?」
狭間が早く内容を教えろと急かした。
「例えば伊丹がいなければ自分は野獣に襲われて死んでいたとか、何の罪もないパルミアの人々が傷つけられるのを伊丹が防いだとか……だからイタミ卿のたっての願いなら、国や部族を傾けるようなことになろうと全力で助力するとか。非常に難しかったが、フロートの部族長を何とか説き伏せて国家機密の技術を提供するよう取りつけたとか、挙げ句の果てに、イタミ卿は何時こちらに戻ってきてくれるのか……といった感じで、言葉の端々にまるでラブレターみたいな美辞麗句がちりばめられています」
伊丹は乾いた笑い声を上げることしかできず、狭間は眉根を寄せた。
「ガラス製法の提供はありがたいが、重要な機密にしては、扱いが安易に過ぎる気がする。あとでとんでもない条件がついてくる可能性は?」
「ええと、無いと思います」
「伊丹君。シルヴィアっていうのはどういう人間なのかね?」
「えっと……一言で言うなら、とにかく惚れっぽい子でした」
伊丹のシルヴィア評は、少し辛辣だ。
伊丹に助けられるやコロッと惚れ、ホドリューに優しくされると簡単に靡いてしまうという、気が多くて衝動的で状況に流されやすく、何に対してもブレまくる娘であったからだ。
しかしそんな彼女も、国民のために戦争を防ぐという信念だけは、危なげながらもなんとか貫き通していた。
ところが、ここに来て国家機密を提供するなんて言い出してしまうのはどういうことだろうか? 地方の弱小部族にとって、こういった名産品の製造技術は宝だ。ガラス製法技術の独占によって何人の民を養うことができるか。それを安易に流出させるのは、国に対する裏切りに等しいとも思えた。
シルヴィアの申し出が社交辞令と修辞を含んだ表現ということを差し引いても、やっぱりブレるという点では一貫している娘さんなのかもしれない。
とはいえ、そのシルヴィアがガラス職人を貸すと決断してくれたのだから、感謝こそしても悪く言う理由はない。伊丹は「ま、良い子でした」と彼女についての評価をまとめ、裏で何か悪辣なことを考えているという可能性はないだろうと告げた。そして自分達の恩人としてシルヴィアの名を深く銘記するよう狭間に求めたのである。
「ならばありがたく受け取るしかないな」
立ち上がっていた幹部自衛官達は、狭間の言葉を聞いて脱力したように静かに腰を下ろしていった。
「これで『門』が開くのか」
「建造はこれから。でも懸案だった材料が揃った」
レレイが答えると、あちこちから安堵のため息がこぼれた。
その厳しさの抜けた顔を見れば、彼らがどれだけ『門』の再開を待ち望んでいるかが分かる。
そしてこの朗報の前にあって、伊丹の行動は、『門』再開のために必要だったという江田島の弁護は俄然説得力を増した。というより『門』が開くなら、伊丹の多少の逸脱行動などどうでも良いことのように思われたのだ。
「いかがでしょうか? 枝葉末節の些細なことにこだわったりせず、四方丸く収める方向でこの問題を見ることにしませんか?」
意訳すると「みんなで幸せになりましょう」である。江田島のこの一言がダメ押しになった。
「どうします?」
「まあ、そういう事情があったのなら、報告の際にその旨を申し添えても良いと思うが」
幹部達は消極的にではあるが、「伊丹の今回の行動は独断による危険な行動だが、『門』を開いて日本との連絡を再開するためには必要な措置であった」とする江田島の提案を、受け容れることにしたのである。
無論、この問題は政治マターとして扱われるものだから、この場で全て決着がつくものではない。だが、今彼らが置かれている特殊な状況下では、現場からの意見が大きな影響力を持つ。
「忘れるな、伊丹。あくまでも『門』が無事に開いたならばの話だぞ」
「それまでお前は処分保留の身の上なんだ。大人しくしているんだぞ、分かったな」
それは、あくまでも『門』が開いたらという条件付きではあったが、幹部達の態度決定はこうして保留されることとなったのである。
これを問題の先送りとも言う。あるいは、みんなもう疲れ切っていて、面倒くさいことは考えたくなかっただけなのかも知れない。
* *
江田島は伊丹に語った。
「まぁ、『門』が開かなければ我々の人事は凍結されたままです。つまり貴方の今回の行動が、本当の意味で問題になるのは『門』が開いた時だけなのです。そして『門』の再開通がなったらなったで、それに貢献した貴方の活躍もクローズアップされるのは必定。今回のことも華々しい成功の文脈内のささやかな逸脱として受け止められるはずです。ま、いざとなったら私もコネクションを使って力の及ぶ限り貴方の弁護をさせていただきますから、心配は要りませんよ」
伊丹は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。なんとお礼を言ったらよいか」
「お礼なんて結構です。恩に着せるつもりはありませんので、私の依頼を断ってくださってもよいのですよ」
にんまりと笑う江田島を前にして、伊丹は開き直った気分で言った。
「そういうわけにはいかないです。お手伝いさせていただきます」
どうやら伊丹の反応は江田島の目論見通りだったようである。江田島は伊丹が後ろに続いてくることを疑う様子すら見せずに、歩き始めたのだった。
江田島は背後の伊丹に向かって語りかけた。
「実は、私も、自分が同じ状況に巻き込まれたらどう振る舞っただろう、と考えてみました。理不尽な理由で始まった戦争。負ければ女子供などの非戦闘員が蹂躙される可能性大。戦況を膠着させ時間を稼げば、戦争を止められる可能性があり、自分にその力がある……アフリカなどの部族紛争で似たような状況が考えられますね。例えばスーダンなどがそうです。任務を帯びて現地に派遣されたとして、宿営地を設けていたなら話は簡単で、守りたい者を内懐に抱え込んでしまえばいい。そうすれば誰にも文句をつけられない正当防衛の状況を作ることができる。ですが、あの時貴方は個人でしかなかった」
「江田島さんは、考えた結果どんな結論を出したんですか?」
「自衛官としては、あくまでも問題に関わるのを避けるというものでした。たとえ休暇であり個人で行動していたとしても、私達は日本という国家の腕の一本と見なされます。私達制服組に国の意思を独断で決める権利はない。それは主権者たる国民が決めることです。ですから何としても、状況に巻き込まれるのを避けなければならないのです。そのことは貴方にもう一度申し上げておきたい」
「そうですよね」
「ただ、そうした場合、私はおそらく自衛隊を辞めています」
「どうしてですか?」
「非戦闘員が傷つけられるのを黙って見過ごした自分を、許せないからです。私は艦というものが好きで海上自衛官となる道を選んだ。でもそれを、人間として為すべきことを為さなかった理由にしたくない。だから貴方の選んだ道は、自衛官としては間違っているかも知れませんが、尊いことだったと思うのです。それゆえに、ほんの少しばかり庇ってみたいと思いました」
「…………」
「私のしたことは、言うなればそんなささやかな自己満足から出たものなのです」
この江田島の言葉に、伊丹は殊勝にも頭を下げたのだった。
伊丹は江田島に連れられ、プラントの隣に建てられた業務用テントに赴いた。中に入ってみると、テーブル上に、焼け焦げた鉄パイプが何本も並べられている。
「これは?」
「今回の事故の原因です」
「江田島さんは、こういうの分かるんですか?」
「多少のことは……というのも、艦というのは、実はこういうものの集合体だからです」
「で、俺はどんなことをすればよいんですか? このパイプを片付けることとか?」
「そうではありません。そんなことなら、それこそ誰にでもできることです」
江田島は伊丹に鉄パイプの一つを見せた。
「これをご覧なさい。このパイプ、縦に亀裂が入っているでしょう」
「え!? ええ。そうですね?」
「これらの部品の多くは、地元の鍛冶屋さんに頼んで作ってもらったものです。ただ、彼らの中には、このように鉄などの硬い金属で中が空洞の物体を作ったことのある方はほとんどいません。ですから今は手探りで作ってもらっている状態なんです」
「で、できあがったのがこれ?」
「はい。こちらの世界でもこうした管状の……例えば水道管などは作られているんですが、銅や鉛などの柔らかい金属板を丸めてハンダ付けするという製法が採られているのだそうです。ただ、今回は厚みのある鉄を使っています。そのため同じ製法でやると強度の面でどうにも具合が良くない」
「ってことは、それが事故の原因?」
「私はそう考えています」
江田島は入荷されたばかりの新品の鉄パイプを伊丹に見せた。
望遠鏡のようにして中を覗くと、ところどころ亀裂が走っているのが見える。表面から見れば綺麗に繋いだつもりでも、内側ではくっついていないのだ。
「あらら、これじゃあ圧力がかかった時に吹き飛んでも仕方がないですね」
「そうです。しかし問題はそれだけではありません……」
江田島はテントの端に置かれた箱に手を伸ばし、伊丹の前に置いた。その中には数本の鉄パイプが入っていた。
「これは?」
「裂け方をご覧なさい」
見るとそれらのパイプには、縦の裂け目はなく、何か鋭角な物体の角に叩きつけたかのように横に亀裂が入っていた。
「製法の未熟さが原因なら、この鉄パイプも縦に裂けているべきです。しかしこの亀裂の入り方は全く違う。斧か何かで殴打されたようにしか見えない」
他のパイプは、内側から外側に力がかかったことによる亀裂なのに対して、こちらは外から内に力がかかったことを示すように凹んでいるのだ。
「ってことは、誰かが意図的に?」
「はい。私はこれを事故現場で発見した瞬間、何者かによる破壊工作を確信しました」
「それならすぐに警備態勢を強化しないと……」
「いえ、現段階では、このことは伏せておくようにというのが狭間陸将のご指示です。現在、狭間陸将以外でこれを知っているのは私と貴方だけです」
「どうして秘密に?」
「第一に、事故の直接の原因が、この鉄パイプの破損ではないからです。第二として陸将は隊員達の心理的な要因を挙げられました」
「隊員達の心理……ですか?」
「はい。故郷から切り離されて長くなったせいか、隊員達の士気の維持がいよいよ難しくなってきています。隊員達が不良行為に走らないのは、街の住民達との関係が良好だからと言っても過言ではありません。しかし、そんな時に何者かによる妨害工作を知ったとしたら、隊員達の疑念や憤りはどちらの方向に向かうと思いますか?」
「妨害している敵……ですよね」
「しかし、その敵の姿が見えないとなるとどうでしょう? 街に紛れ込んでいる誰か……という目で見てしまう。すなわち、不特定多数が相手になってしまいます」
「住民混在の戦闘は、敵味方の区別に神経を使うからキツいですよね」
「見てはっきりと区別できないならなおさらそうです。人間というのは単純な生き物ですから、坊主が憎ければ袈裟まで憎くなる。自分を取り囲む不特定多数の中に敵がいるかも知れないと思い始めると、その不特定多数全体を嫌悪し、敵視し始めてしまいます。そのような態度が隊員達の言動として現れることだけは避けたい」
「確かに問題ですね」
人間というのは、良く思われている相手に対しては良くしたいと思うが、自分を嫌っている相手には嫌悪感を返すのが自然だ。自衛官達の態度が攻撃的なものになれば、街の住民も自衛官に良くない感情を抱くようになってしまう。
「互いに疑心暗鬼に陥ってトラブルが起き、憎しみ合う。そんなことが起こらないようにしたい。そのためには我々だけで、せめて敵がどのような存在なのかという目星くらいはつけておきたいのです。お願いできますか?」
「なるほど」
伊丹は少し考えた。事の重大さは理解できるが、果たして自分に、江田島の期待に応えられるようなことができるか分からなかったからである。
だが、伊丹は立候補したわけではない。自分を使うことにしたのは江田島の側だ。ならば自分にできることをすればよいと理解した。
「はい。分かりました」
* *
狭間は、会議室にずらりと並ぶ佐官達を見渡した。
担当者の用賀二等陸佐がパワーポイントを用いて、炎上する石油プラントの写真を次々と壁に映し出していく。
「第一次石油精製施設稼働実験……爆発炎上」
「第二次石油精製施設稼働実験、爆発炎上」
次々と写真を替えながら、用賀二佐は言い放った。
「第三次、第四次と爆発炎上を繰り返し、第五次も爆発して終わったわけです」
用賀はそう報告して腰を下ろし、現場総指揮者の健軍が集まった者に語りかけた。
「石油精製施設などと呼んでいても、実際の規模は街のガソリンスタンド程度だ。千葉や川崎にある本格的な施設で働いている者が見たら、きっとおもちゃにしか思わないだろう。だが、これが我々陸上自衛隊特地派遣部隊にとっては、枯渇寸前の燃料を安定的に手に入れるための手段である。第六次実験を成功させるために、皆からの忌憚のない意見を聞きたい」
狭間陸将が額に深く刻まれた皺を揉みほぐしながら用賀二佐に尋ねた。
「今回の失敗の原因はなんだね?」
「部品加工の精度、材料の品質の不均等、工作技術の問題、計測装置の精度不足等々です」
「いくら知識があっても、形にする加工技術なしでは、化学工業設備は成り立ってはいかないということか?」
「そういうことです。実際、この仕事を担当してみて嫌と言うほど思い知りました。鉄パイプ一本つくるのにも、日本の技術者達は気の遠くなるほどの技術を駆使しているんだってことを……」
「どうしたらよい?」
「麓の街にいる職人の技術が向上するのを待つしかないのが現状です」
「この世界の鉄加工は鍛造が主流だったよな?」
「そうです健軍一佐。鋳造が一般化するのを待ってはいられません。なのでこちらから技術的な提案をしていこうと思っとります」
「火縄銃方式だったな……」
狭間は額に手を当てた。
戦国時代の日本では、真っ赤に焼いた鉄をトンテンカントンテンカンと鉄槌で叩く鍛造方式で火縄銃を作っていた。
真金に細い鉄をぐるぐると巻きつけ、焼いて叩いて鍛着、一体化させ、後で真金を引き抜くことで中が空洞な銃身ができるというやり方だ。
この方法なら、アルヌスにいる鍛冶職人達でも真似できる。自衛隊が要求する強度の鉄パイプを生産することが可能になるだろうと思われていた。
「だがそれは、この特地住民に鉄砲の造り方が伝わってしまうことを意味する」
技術は一度伝わればどんどん拡散していく。帝国軍が銃砲火器を装備した軍隊を揃える状況も、そう遠くない未来に起こりうると考えなくてはならない。
もちろんその程度で日本の優位性が即座に崩れるわけではない。だが、それを良しとするかは熟考しなければならない。
日本を振り返ってみても、明治維新からわずか四十年でロシアに勝利するまでに近代化できた。技術の伝授は、我が身を傷つける諸刃の剣と考えねばならないのだ。
「陸将! 小さな蒸留機を用いた精製はうまくいってるんです。こうなったらそれを百台程増強して精製していったら、必要量を確保できるのではありませんか?」
会議室の末席にいた柘植二佐からの声に、用賀二佐が答えた。
「それは我々も考えた。だが小型の蒸留器では効率が悪い」
「効率なんて数でカバーできるだろ?」
「極端なたとえ話だが、百リットルの燃料を精製するのに五十リットルの燃料を使ったら、手元に残るのは半分だ。もし百リットルの燃料を必要とすると、原油は倍の量が必要で、それを運ぶトラックは倍の燃料を食い、運転したり警備する隊員も倍が必要で、タイヤの消耗も倍となる……」
「油田のあるエルベ藩王国は遠いですからね」
「だからこそ、百リットルの燃料を作るのに必要な燃料を十リットル、五リットルへと減らす石油精製施設の稼働が望まれるのだ」
「しかし陸将、『門』再建の目処が立ったと聞きます。ならば石油精製施設は不要なのでは?」
柘植二佐が手を挙げた。
「『門』の再開通にどれだけの時間がかかるか分からないからな。いついつまでに必ず成功するという保証がない以上は、燃料確保の手段は保持しておきたい」
「今年は冬が来るみたいですしね」
「去年は雨季と乾季しかなかったと思ったが、今年は四季があるようだ」
幹部達の言葉に狭間は「うむ」と頷いた。
「カトー先生によれば、地震と同じで世界が歪んでいた影響による異常気象らしい。どれだけ寒くなるか予想もつかないから、暖房のことを考える必要もある」
「では?」
「火縄銃方式の鉄パイプ製造技術の提供を許可する。ただし技術の拡散を極力防ぎたいと思うので工夫して欲しい」
すると用賀二佐も既に考えていたのか、答えをすぐに返してきた。
「地元の鍛冶職人を対象に、クローズドなギルドを設立させるやり方を考えてみます」
「うむ。この特地に我々の科学技術や知識をやたらと持ち込まないと、ロゥリィさんとの取り決めにもある。そのあたりも彼女に確認しておいてくれたまえ。いいな?」
「はい。分かりました」
会議を終えて廊下にぞろぞろと出てくる燃料生産委員会の幹部達。そんな幹部達の流れに逆らって、江田島と伊丹は会議室へと向かっていた。
「江田島です」
「おう、江田島君か」
狭間は会議室に残って書類を見ていた。だが、江田島の姿を確認すると書類を脇に押しやった。
「なんだ、伊丹も一緒か?」
「ちょうど、暇そうにしてましたので、彼に手伝ってもらうことにしました。何か問題がありますか?」
「いや、特にない。伊丹ならば、暇そうにあちこちうろうろしてても誰も怪しんだりはしないだろうからな」
「ええ、実に得がたい人材だと言えます」
「で、どうだったかね、調査の結果は?」
「今回も妨害工作の痕跡がありました。ただ妨害工作がなくても失敗したでしょうけれど……」
腕を組んで考え込む狭間。
「どうしたらいいかな? 江田島君」
「本来なら警戒を厳にすべきでしょう」
「そうだ。だが、敵の目的が分からない」
「我々の存在そのものが目障りだという者がしていることならば、石油精製施設に対する破壊工作で収まっているはずがありませんからね。いずれ別の何かがターゲットになるでしょう」
伊丹が手を挙げた。
「破壊の対象が今のところ石油精製施設に限られているのは、つまりどういうことでしょうか?」
「何らかの意思表示だろう」
「それ以上のことをしないのは、失敗すると分かっているからですね?」
「その通りだ、江田島君。それはつまり石油精製施設の稼働が成功しそうになった時に、妨害活動が本格化するということでもある」
「石油精製施設を動かしたら壊すぞ……か。環境保護団体の仕業だったりして」
特地にそんな団体が存在するはずがないと分かっていて伊丹は軽口を叩いた。
だが、狭間は真顔で頷いた。
「そうかも知れんな」
「え?」
伊丹が疑問を差し挟む隙もなく江田島が続けた。
「いずれにせよこのままにしておくわけにはいきません。なんらかの対処を行うべきです」
「そうだ。これが我々の存在が気にくわない者の企てなら、いずれ手がける『門』再建がターゲットにされる可能性もあるのだからな。江田島君、苦労をかけるが、そこのところをなんとか探ってほしい。伊丹二等陸尉、江田島君に協力することを命じる」
伊丹は戸惑いつつも、ピンと背筋を伸ばした。
「はっ、分かりました!」
「陸将。そこで提案があるのですが……と、その前に、『門』再建の準備は現在どうなっているでしょう?」
「この間レレイさんに聞いた話では、設計図を引き終えたところだそうだ。あとは資金の手当てや、物資の準備を進めていくだけだ。無理をすれば今すぐにでも始められなくもないが、彼女はとにかく慎重派だからな……それがどうしたのかね?」
「やればできるという状況なら、『門』再建の開始を公表しましょう」
「危険なのではないか?」
「危険を避けていては敵の意図は見えません。それに、私が見たところ隊員達の士気の下がり方が、殊のほか酷くなっているように見受けられます。隊員達に希望を与えたいと思います」
伊丹は「そう言えば……」と、迂闊な冗談で顔色を変えた隊員達を思い浮かべた。
「『門』再建計画を囮にして敵をあぶり出すと?」
「はい。このままでは我々特地派遣部隊の組織を健全に保つことも難しくなりますので」
「私は敵への備えを万全に講じた上で、レレイさんに『門』再建に取りかかってもらいたかった」
「ご配慮は当然です。しかし石油精製施設と違い、『門』建設の予定地はこのアルヌス駐屯地の中。妨害を企図する者がいても、人員や装備が危害を受ける恐れは低いかと思います」
「分かった。安全への配慮を前提にするなら君の計画に乗ってもいい。伊丹君、すまんがレレイさんをここに呼んで来てもらえるか? 『門』再建については私から話をしようと思う」
「あ、はい」
伊丹はすぐに会議室から出て行った。
その背を見送った狭間がぽつりとこぼす。
「レレイさんに無理を強いることになる。彼女はきっと良い顔をしないぞ」
「良い顔も何も表情の乏しい娘ですから。とはいえ彼女は聡いので、我々の求めにきっと応じてくれますよ。何しろそれ以外の選択肢はないんですから」
狭間は江田島をジロリと睨んだ。
「君も阿漕な男だ」
「三人娘は扱うのが難しい。ですが動かすことはそう難しくありません。彼の生殺与奪権を我々が握っている限りは誘いに乗ってくれます。問題は、彼が今回の旅で我々の想像以上のことをやらかしたことでしょう。後始末が思いやられます」
「私だって彼があそこまで大胆なことをするとは思わなかった。幹部達を納得させる方法に苦慮したよ」
「あれで充分だと思いますが」
「はっ、馬鹿にするのもほどほどにしろ。みんな礼儀正しいから欺されたフリをしてくれているだけだ。伊丹自身だって薄々気が付いているはずだぞ」
「そうなのですか?」
「どうして自分ばかりが、と考えていけば、必然的にたどり着く結論だ。とにかくこの件の提案者は君だ。本件に付随して発生する面倒の始末も君がつけろ。私が反対したことは決して忘れるな。いいな?」
「ええ、分かっておりますとも……」
江田島は恭しく頷いたのだった。
『門』の再建計画が、アルヌス協同生活組合から公表されたのは、その数日後のことであった。
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