そして彼らは伝説へ―異世界転移英雄譚―

長月十六夜

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第1章 幕引きは唐突に

テルマテルは伝説の再来を望んでいる

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「ここまでが、私の語るべきテルマテルの争いと現状になります。これを踏まえて、最初の問いにお答えします。何故、皆さんがこのテルマテルに招聘しょうへいされることになったのか」

 一同はメーネの言葉に傾聴した。

「バラル神の出現とマリスティアの跳梁ちょうりょうによる破壊と殺戮は、底知れない絶望と厭世の気運を人類の心と行く末に深く刻み込んでいました。その末世的、世紀末的状況下において、人々は人類世界の救世主を求めた。そしてその願いは結実し、救世主は現れた」

 柚希は思わず唸った。

「最前メーネが話してくれた、無憂の天蓋ペール・ヴェールを作った救世主の女性!」

「はい。救世主によってバラルとマリスティアは討滅されました。これがテルマテルにおける救世主伝説の始まりです。救世主の御名はアルテミシア。彼女はテルマテルに無憂の天蓋ペール・ヴェールという加護を残し、その生涯を閉じた。
 しかし、先ほどお話ししたように、人類が原罪を贖わない限り、バラル神とマリスティアは幾度となく復活を繰り返し、人類に罰を与え続ける宿命にあります。幽明境ゆうめいさかいことにしたアルテミシアでしたが、人々の願いに応じ、幾度となく現世に転生してバラル神とマリスティアを討ち続ける道を選んだ。そして彼女の使命の一助とするべく、テルマテルという世界は『剣臣けんしん』と呼ばれる異界からの来訪神の力を欲した」

 来訪神と剣臣という聞き覚えのある名詞を、美兎は記憶を探るように繰り返す。

「それって確か、メーネや村長さんが言ってた……」

 その意味するところを推し量り、涼風は浮足立った。

「ちょっと待って。つまり――」

「皆さんは、バラル神とマリスティア討滅のために、このテルマテルに召喚されたのです」

 剣臣たる高校生達は瞠目し、息を呑んだ。またぞろ不安と憂慮の雲が厚く垂れこみ始めた。周章狼狽しながらも、詩音がその暗雲に立ち向かわんとする。

「討滅って、私達があの悪い神様と魔物を退治するってこと?」

 涼風もこれに続いた。

「私達、普通の高校生よ? 戦うなんて……そんなことできるわけない」

「いえ、お気付きかと思いますが、皆さんにはバラル神とマリスティア討滅のための力が既に備わっています。テルマテルの人々を凌駕する強靭な肉体、他を寄せ付けない身体能力、類稀な具現鋳造ぐげんちゅうぞうの力」

 颯磨が尋ねた。

「具現鋳造?」

「はい。ゴブリン達から皆さんを守護した九本の剣……あれは皆さんがそれぞれ固有に有する具現鋳造の力の結晶です。心より出づる強い意志が形を成した武器であり、バラル神やマリスティアを討ち滅ぼすことの出来る強大な力。これを持つ来訪神が剣臣と称される所以です」

 悪神や魔物から人類を守護するという重すぎる大役、そしてその大任を全うするためにいつの間にか与えられた強大な戦力。二重の衝撃が、異世界の境界を超えた彼らの摩耗した精神に追い打ちをかける。誰もが皆、鬱屈とした面持ちで、飲み込みがたい宣告の苦味を反芻はんすうし、苦悶に耐えていた。

 誰もが失意と途方に暮れる中、鷹介だけはいつものように飄々ひょうひょうとして冷静さを失っていなかった。

「異世界転移に付き物のチート能力ってことか。俺達は異世界人だからこそ、この世界の人類より強い力を与えられている訳だ。そしてバラルとマリスティアとかいう規格外に厄介な連中を滅ぼすには、俺達が必要だと。呼び寄せられた理由は分かった」

 言いにくそうに声を上げたのは悟志だった。

「でも、戦うってことは、怪我をしたり、もしかしたら死んでしまったりすることもあるってこと……だよね?」

“戦って死ぬ”という、彼らの日常と常識から最も遠い言葉を、誰もが無意識に受け入れまいと拒んでいた。生身と生身の命のやり取りに漠然とすらイメージを持てない彼らは、その言葉の意味を考えることすら忌避していた。それは鷹介も例外ではない。

 度重なる心理的酷遇こくぐうに耐えかねたとでも叫ぶように、テーブルを強く叩く音が室内に響き渡る。誰もがビクリと体を震わせて、呼吸荒く立ち上がっていた梢を見やった。

「……意味分かんない。何で私達が戦わなきゃいけないのよ。勝手に呼びつけといて……納得できない」

 柚希が狼狽えながらも梢を宥めようとする。

「こ、梢、落ち着いて――」

「みんな分かってるの!? 世界を救うだとかご大層なこと言っているけど、戦うってことは死んじゃうかもしれないのよ。最前みたいに!」

 梢の怒声に一同は口をつぐんだ。それは梢の憤りに満ちた形相に臆した者もいたが、激情とともに吐露された梢の本心に誰もが同調している事情もあった。

 不安と悲観から生み出された梢の憤懣を和らげようと、メーネは慰撫に努めようとした。

「お気持ちは分かります。しかし、皆さんにはテルマテルの人々が持ち得ない力がある。マリスティアを退け、人類を守護できる力が――」

「そんなものいらない! 私は戦いなんて嫌! 見ず知らずの人達を助ける義理なんてないし、この世界のために命を懸ける理由もない!」

 梢は肩を震わせて、絞り出すかのような慟哭どうこくを漏らす。

「早く私達を元の世界に帰してよ……。この世界に来たのも、危険な目に遭わなきゃいけないのも、全部アンタの所為よ。私はこんなところで死にたくない! 絶対に、生きて元の世界に戻るんだから!」

 激高した梢は、一同が制止するのも振り切って室内を飛び出していった。

 美兎と悟志が慌てて梢を追う。茫然とするメーネに、玲士朗が声を掛けようと近づいたが、当惑のあまり言葉を失ってしまう。彼に向けられた固く、冷ややかなメーネの瞳は、類稀なる色の美しさも相まって、まるで作り物のような無機質さだった。
 
「……悪いけど、今日のところはお開きにしてもいいか」

 聖鳥卵色ロビンズ・エッグ・ブルーの瞳は徐々に生気を取り戻し、やがて悲哀の重みに耐えかねてメーネは目を伏せた。

「もちろんです。皆さんも疲れているでしょうから、ゆっくり休んでください。その……ごめんなさい」

 一揖いちえんしたメーネは足早に辞去した。悄然とした背中にかける言葉が見つからず、その場にいる誰もが拱手傍観きょうしゅぼうかんすることしかできなかった。

 沈黙が辺りに降りかかり、雪のように音もなく堆積たいせきしていく。目に見えぬ重みを振り払い、自らを鼓舞するように大きく深呼吸をして、柚希が席を立った。玲士朗は柚希の気持ちを察していた。

「……行くのか?」

「うん」

 揺るぎない決意に満ちた表情だった。メーネをあのままにして放っておける柚希ではないし、こうなった柚希を掣肘することは誰にもできない。玲士朗は肩を竦め、お人好しな幼馴染のお節介に苦笑した。

 室内を出ていく柚希を誰も引き留めないし、いぶかる者もいない。長い付き合い故に、皆誰もが柚希の気持ちも考えもお見通しだった。

 柚希が出て行ってからしばらくして、鷹介は憮然と呟いた。

「梢の所為で、帰る方法を聞きそびれたな」

 詩音が呆れて溜息を吐いた。

「今日のところは許してあげたら? 梢だって精神的に限界だったんだから」

「癇癪持ちほど打たれ弱いってのは真実だったってことだ」

「……前々から思ってたけど、鷹介って妙に梢に手厳しいわよね」

「昔から馬が合わねぇんだよ。知ってるだろ」

 颯磨は唇を軽く歪める。

「その割には梢のこと、よく助けてる気がするけど。気が合わないだけに気になっちゃうんだね」

「あー、わかったわかった。もう何も言わんから勘弁してくれ」

 両手を上げて早々に降参の意思を示し、鷹介は不貞腐れるように頬杖をついた。

 喜怒哀楽の感情を如実に表に出す梢と、“心ががらんどう”と仲間達から揶揄からかわれるほど感情の起伏が見えない鷹介。一方は熱しやすく、一方は冷め切っている。正反対故に相性が悪いと豪語し、梢とは犬猿の仲であるというのが鷹介の認識であり、梢の方でもそうだろうという確信があっただけに、いがみ合う関係性を特別なものと邪推じゃすいされるのははなはだ面倒くさいようだった。

 涼風がゆっくりと席を立とうとするのを見て、詩音が声を掛けた。

「涼風、休む?」

「うん、ちょっと限界みたい」

「無理もないわね。朝から学園祭ではしゃいだって言うのに、ゴブリンに襲われたり、3D映画張りの映像見せられたり……体力が持たなくて当然」

「最後まで付き合えなくて、ごめん。みんなはまだ残るの?」

「私達もすぐ休むと思う。そうよね?」

 誰にでもなく同意を求める詩音に、玲士郎と颯磨が応える。鷹介はまだ不貞腐れて目線を合わせようとしなかった。

「じゃあみんな、また明日」

 疲労の所為か、挙措と表情に普段の軽快さを感じない涼風を見送って、颯磨が小さく溜息を吐く。

「涼風も大分憔悴してるね」

 詩音も気掛かりらしく、表情を曇らせた。

「あんなに不安そうな涼風、初めて見たかも。でも、それだけメーネの話は衝撃的だったってことよね」

「そうだね。でも、おかげでこの村の人達の慇懃さにも、ゴブリンに襲われたことにも納得できたよ。一方で俺達は歓待できる救世主御一行様であり、もう一方では神を冒涜する憎き背教者集団ってことだ」

 村人達の玲士朗達『剣臣』に対する歓待は、脅迫じみた無言の期待にも感じられて、正直、気が重い。だが、ゴブリン達から一方的な敵意を持たれることもまた愉快ではない。異世界テルマテルに来てからというもの、心休まる事がないだけに、これからの展望に不安を抱くのは仕方がないことだろう。

 玲士朗は、異世界生活での不安に勝る目的が見出せないか、考え込んでいた。

「――メーネの語った伝説が事実なら、俺達と同じように異世界へやってきた人達が、過去何人もいるってことだよな。もしそんな人達がいたなら、どうやって元の世界に戻ったのか、伝承なり言い伝えなりがあるかもしれない」

「そうね。明日、その辺りのことをメーネに訊いてみましょう。剣臣の責務云々はともかく、元の世界に戻る希望が見えれば、私達の身の振り方も少しは定まるでしょうし」

「それについては異論はないが、先に確かめないといけないこともある」

「何だよ、確かめることって」

 玲士朗が尋ねると、鷹介は頭を掻いた。

「その……なんだ、お前ら、体調はどうだ?」

 久し振りに会って距離感を計りかねている親戚のような態度に、玲士朗達から間の抜けた声が上がる。

「だから、体調だよ。心身の健康。慣れない争いごとに首を突っ込んじまったからな。特に玲士朗」

 名指しされた玲士朗は当惑して言葉に窮す。鷹介は耐えかねたというように、投げやりに溜息を吐いた。

「具現鋳造とかいう訳分からん力を実際に使ったのはお前だけだろ」

「あー……うん、そうだな……特に身体は問題ない。力も、反射神経も、足の速さも格段に良くなって、刀の使い方も身体が覚えているというか、まるで自分の身体じゃないような気分がして戸惑いはしたけど」

「俺が訊いてるのはそういうことじゃねぇよ」

 鷹介の言葉に、玲士朗はさらに困惑した。鷹介は視線こそ逸らしていたが、神妙なお面持ちで告げた。

「悩むな、とは言わないが、気に病むなよ。血は流れたけど、結果的にメーネと柚希は五体満足で無事だ。なら、それで十分じゃねぇか」

 ゴブリンとの戦闘から、ずっとモヤモヤと心の端でわだかまるものを見透かされていたことに、玲士朗は驚きを禁じ得なかった。

 鷹介は自らの右手をじっと見つめた。握りしめた拳は痙攣したように小刻みに震え、未だ拭い去れない恐怖の残滓ざんしに怯えているようだった。

「……拳が当たった時の、自分と相手の境界線が壊れるようなあの感触は不快だった。相手を傷つけることが、こんなにも嫌なものだとは想像できなかったよ。身体は強くなっても、心持ちまでは急に強くならないもんだ」

 鷹介の神妙な呟きに同意するように、颯磨も苦笑を見せる。

「私も、こんなに居心地の悪い気持ちって初めて。でも、後悔はないわ。みんな無事だったんだもの」

 優しく、穏やかな詩音の言葉は、しかし静かな力強さを秘めていた。ここにいる友人達もまた、自分と同じ心の葛藤を抱え、向き合っているのだと知って、玲士朗は肩の荷が下りる心持ちがした。

 独りじゃない。その言葉がどれだけ心強く、勇気づけられるものか。少年少女達は、この日ほどそれを強く感じたことはなかった。

 颯磨は皮肉的な笑みを浮かべて、鷹介を見た。

「でも、言い出しっぺの鷹介は相変わらず泰然自若って感じだね」

「俺は一々悩まないようにしてるだけだ。こんなところに来ちまったこともゴブリンと戦ったことも、まぁいろいろと思うところはあるが――」

 言いながら、鷹介は椅子から立ち上がり、出口に向かっていく。

「これが現実みたいな夢なのか、夢みたいな現実なのか明瞭とさせるためにも、俺は寝る。じゃあな」

 鷹介の背中を見送りながら、玲士朗は思わず呟いた。

「アイツ、意外と俺達のことを気に掛けてるんだな」

「何でも器用にこなすのに、そういうところは不器用なんだよ。血も涙もないように見えるけど、鷹介も人間だからね。冷えた血でも血には違いないというか」

「颯磨も結構、容赦ないこと言うわね……」

 そうかな、と笑顔でとぼけ、颯磨も席を立った。

「じゃあ、悪いけど俺も休むことにするよ。メーネと梢のことは柚希達に任せる。二人も早く休んだ方がいいよ」

 残された玲士郎と詩音は顔を見合わせた。詩音は柔和な笑みを浮かべる。

「今日は大活躍だったわね玲士朗。私、感心してるわよ」

「おだてるなよ。無我夢中だっただけだ」

 時間が経つにつれて冷静さを取り戻すと、果たしてあの戦闘は現実のものだったのか、実感が乏しい。鍔迫り合ったゴブリンの傷みや苦しみ、憎しみの感情を刀を通して感じたような気もするが、そう感じていた心の一部が摩耗してしまったかのように、希薄な印象しか残っていない。あの時は一心不乱だっただけに、落ち着いてみればこんなものなのだろうか……。

 物思いに耽る玲士朗の背後に回り、詩音が背中をひっぱたいた。女性らしい細腕から意外にも強い衝撃が放たれて、玲士朗は思わずむせかえる。

「あ、ごめん。元気づけようと思ったんだけど……。そっか、これが剣臣の力ってやつか」

 玲士朗が恨めしそうに詩音を睨んだ。

「あのなぁ……」

「くよくよするな玲士朗! 思春期の高校生は悩むのが仕事みたいなところがあるけど、悩むならみんなで悩みましょう。アンタ一人で抱えるものでもないわ。竹馬ナインは晴れて強敵との初試合に臨むことになりそうなんだから。一蓮托生、持ちつ持たれつ、死なば諸共よ」

 豪放磊落ごうほうらいらくな高笑いをしながら、詩音は室内を後にする。それが殊更誇張したパフォーマンスであることは玲士朗も承知していたが、計算された滑稽さには笑みを零さずにはいられなかった。
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