現実から逃げて僕は仮想にふける

Hugo Fitzgerald

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 心配ごとがあるのかもしれない。親を通じて高校で面倒事に巻き込まれていることを聞いていたのかもしれない。いくら幼馴染とはいえ、高校は別々に言ったのをあいつは不満を口にする。
「協力頼むなら出来るだけ早い方が良いと思ったら、こんな無茶する羽目になったんだ」
 と言ってみてどこか彼女に非難めいたニュアンスが有る事に気づく。今度こそ怒られるだろうと顔を見ると悲しげに顔を下げた彼女がいた。
「何でそんなに距離が有るの言い方をするのかな」
 ただそれだけだった。
 でもこの言葉の衝撃は大きかった。
 夏目漱石が言う様に幼少期から近い所にいる人物とは恋愛感情が芽生えないと僕は思う。確かに幼馴染が今の伴侶だという人もいる事は分かっている。

 でもね、僕にとって絶対に恋愛には発展しないだろうと確信めいたものが在ったんだ。

 別に彼女の事が嫌いだとか、見てくれがひどいというわけじゃないんだ。
 幼馴染はとても気持ちのいいさっぱりとした性格をしていると思うし、幼馴染としてのひいき目を抜いたところで彼女の事を可愛いという人は五万といるはずだ。
 なにせその事が学校でのトラブルをもたらしたぐらいだったわけだから。
 ただ、僕と彼女は分かれるべきだと思春期を過ぎたあたりから薄々感づいた。多分このまま、なあなあと二人一緒にくっついて、そして当たり前の様に結婚する未来がみえた時、そんなことはしてダメだと思ったわけだ。
 子供のころから距離が変わらないなんてことはありえないんだ。僕たちは体は成長しているわけで、心も解きやすい問題と壊れない壁にぶつかりながら育まれてきたはずなんだ。
 そしてその距離が永遠に続くなんて誰も知らない事で、今まで同じ距離を取り続けた事は一種の奇妙な事なんだ。
「ごめん、かなえ」
 今はこれが精いっぱいと心で呟きながら、僕はそう言った。
 それでも叶は話を続ける。
「だってさ中学の最後にさ、いきなりみんなと違う高校に行くって言って。
 そのまま理由も言わないで高校行ったと思ったら、いじめにあって学校休んでいるってきいたんだよ。私、昔から知っているから心配なんだよ」
「理由は幾つか言ったけど納得してないんだね」
 それもしょうがない事かもしれない。一緒の高校に行くと思っていた人が自分の隣から離れて、そしていじめという厄介ごとにあっていると聞いたなら、元々不満に思っていた叶の限界をついに超えたのかもしれない。
「私ね、話を聞くつもりで来たの。だから聞かせて、話さないなら手伝えない」
 話して、と言われても困る。話す事なんて何もないからだ。
 何も彼女が触ることなく彼女がもとで起きた事件、正確には彼女をダシにして行われた裏工作に僕は満々と引っ掛かった。首謀者も同時にその時それなりのしっぺ返しを負ったのだが。
「話す事は無いよ。君が言ういじめは簡単に収まって、もう絶対に起こらないことになっている。
 話すにしても僕だけの口からは言えない所がある。結局教師だって止めればそれでいいんだ。起きた後に物事を考えて、それで手打ちにしたい訳なんだよ」
 いくらか暴論だけどそれでもこれは幾つかの事実だ。
 これに関するいじめは必ずこの先に起こりえないし、そして僕だけの情報は余りにも不確かな事しか耳に入っていない。
 だってさ、たかだか結構やばい物を持った連中に囲まれて、しょうがないから火災報知機を作動させてリーダー格の人物を掴みながら三階の窓からプールに落ちただけなんだ。
 SNSの投稿からで僕を少し懲らしめる旨が書かれていただけ。
 訳が解らないよ、まったく。
「終わってからなら話せる」僕はそう言った。
「今では無理なの?」叶は強く問い詰めてくる。
 正直に話すことは出来ても必ず納得してもらえる訳では無い。そして、今回は大体の人がその一部を見て「だからなんだ」と首を傾げるしかないのだ。
「姉さんが帰ってきたら話すよ。姉さんも学校から話を聞いているし、僕とはまた別の話を聞いているかもしれない。僕だけの話を聞くだけだとたぶん何も信じて貰えないだろうから」
「そんなことはないよ。よっぽどおかしくなければね」
「今回はよっぽどおかしい件なんだ」
 それ以降叶は喋るのを止めた。彼女の性格から考えるとこのままもういいと言って、家に帰ってしまうのかと思った。
 叶はとても綺麗だと僕も思う。よく手入れされた長い黒髪に輝く瞳と優美な端正な顔立ち。そして美人特有の白い肌にほんのり朱に染まった頬。
 常住坐臥確かに人目に置かれるそういうう美しさと気品がある。でも、よく見るとどこかそういう型に嵌っていないように見えるんだ。どこか子供っぽくね、たぶん恥じらいのある女子ならば座るときにスカートが見えないように押さえて座るよね。でも彼女の場合は決まった一連の動作の中でそういう風になる勢いのある座り方をする。
 こういうところを見ていると自然とそう思ったんだよ。
 そんな僕の予想に反して彼女は足早に階段を上り始めた。驚いた僕は慌てて僕の部屋に入る彼女の事を追って階段を上った。
 部屋に入ると彼女はVRヘッドを膝の上に持ち、物憂げの眼差しで溝を指でなぞっていた。
「さあ、早く始めましょう。時間が惜しいわ」
 僕にVRヘッドを渡し、パソコンに向かった。
「これを見てればいいのね。何かあったときどうすればいいの?」
「このVRヘッドの側面にinterruptのボタンを押して。そしてら意識は戻る」
「戻らなかったら?」
 戻らなかったら、たぶんそんなことは起きるはずがないのだ。決められた範囲で決められてことしか出来ないこれでは。
「十中八九起きると思うよ。でも万が一駄目だったらそのプログラムをこのギアに送信し直してもう一度ボタンを押して」
 ディスプレイに表示されている文字列は簡単に言えば離脱だけのプログラム。
「後は好きに僕の部屋の本でも読んでて」
 無造作に本は床に置かれたり、開放的なアルミのラックにスプロールに収められている。兄が好んで残した純文学の本から姉の趣味による二十世紀の海外小説と有名な論文が適当に存在する。
 ぽつり、本棚を見ながら叶は呟いた。何で信じられるのかな?
「僕は叶の事を信じているよ」
 僕の答えが正しいか分からない。でも彼女が間接的に聞きたい答えは言ったはずだ。
 僕は叶の事が好きで、信頼していると。
 そして、僕の意識は電脳とデジタルにダイブした。
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